21話 魔物の楽器
この世界にきてから六日目。ギルドの仕事も少しこなれてきた。
食堂での作業はだいたい覚えることができたし、ノートによるメモも完成しつつある。
結局この世界での文字は解読できないままだったが指示を待たなければ何もできないということはなくなってきたはずだ。
そんな俺を見て、アインベルは俺に納品されたアイテムの整理を教えてくれた。
ギルドでは様々なクエストを発注しているが、やはりその中でも花形なのは魔物の討伐クエストだ。
トーラ周辺ではそこまで魔物の数は多くないが、それでもいないというわけではない。
俺みたいな戦えない人間が安心して薬草を採りにいくことを含め、安全に別のところへ移動するためには魔物の討伐が欠かせない。
そこでギルドではクエストという形でその討伐をしてくれる者を募集しているのだ。
納品されるのは主に討伐をした、という証になる証拠品だ。すなわち魔物の身体の一部ということになる。
大きなギルドであればターゲットを討伐した際にこれをカウントしてくれる魔法を付与されたギルドカードによってそれを把握するらしいがトーラはそうではなかった。
──いったいどんなものを渡されるのだろう、とんでもないグロテスクなものが納品されるのではないか。
そう戦慄する俺にアインベルは笑いながら答えてくれた。
――大丈夫だ、そういうのを避けるためにギルドにはルールがある、と
最初はその意味がよく分からなかったが納品されたものをみて、なるほどと思った。
今日、納品された中にはアーマーセンチピードの体の一部があった。しかし納品されたものはその首とかじゃなくて、ヤツの体を覆っている鎧のような甲殻だ。
正直、これが魔物の体の一部分と言われなければ気づかなかった。言われてみても確かにこんな鉄っぽいものをつけていたなぁ、ぐらいにしか思わない。
しっかりと討伐数が分かるように同じ部位の鎧が納品されている。
そこまであのモンスターを観察したことはないのではっきりと思い出せないが、どうやらこの納品されているものはアーマーセンチピード一体につき一つしかとれないものらしい。ムカデの部位をこういうのは適切ではないかもしれないが胸辺りを覆っている甲殻は他の部位に比べて厚くなっているのだ。
モンスターごとに何を納品しなければならないかルールが定められているとのことだ。
「──こうやってみるのは大丈夫なんだけどなぁ」
初日のことを思い出し、ため息をつく。
当然だがゲームをやっている際、モニターの画面超しで映像として出てきたアーマーセンチピードに俺はあそこまで恐怖したことはない。
自分のキャラが負けるなんてことは絶対になかったし、そもそも負けても俺自身はダメージが無いからだ。それはアーマーセンチピードに限らない。
昔、芸人がバンジージャンプをし、その見ている視点がカメラでうつされているというバラエティ番組を見た事を思い出す。
見ている分には他人事ですまされるが、あれを自分がやれと言われたら絶対にできないだろう。
自分で現実に体験するということがいかに大変なことか、身をもって知った気がする。
そんな事を思いながら受付のカウンターでアーマーセンチピードの体の欠片を見つめていた時だった。
「昆虫系統の魔物は苦手なんですか?」
ふと、聞こえてくるスイの声。
横にはいつも通りアイネの姿があった。
やっほー、と笑いながら手を振ってくれている。
「う~ん、俺もはっきり自覚してなかったんですけどね。もうアイツは見たくないです」
それを聞いて苦笑いを浮かべるスイ。
それもそのはず。彼女が手に持っているのは今まさしく俺が見ていたアーマーセンチピードの体の欠片と同じものだった。おそらく、納品にきたのだろう。
「最近、ムカデの数が多いっす。この辺りは安全っすけど、ちょっとファルルドの森の方にいくと凄いっすよ」
「……あんま想像したくないですね」
後頭部に手をあててあっけらかんとそういうアイネに、俺はかわいた笑いを出すことしかできない。
するとアイネは少しニヤニヤと笑みを浮かべた。
──もしかしなくても、いじりたいんだろうな。悪魔みたいな笑顔だ。
「新入りさんはムカデ嫌いっすか。先輩に助けられたんすよね。どんな顔してたっすかぁ?」
「よく覚えてないけど、落ち着いてたよ」
スイは優しく笑みを見せながら平然とそう言いかえす。
──もしかしなくても、かばってくれているんだろうな。天使みたいな笑顔だ。
「ふぅん。新入りさんの面白い顔、みたかったっすねぇ」
「アイネ、性格悪すぎだよ……」
はぁ、とため息をつくスイ。
……しかし、こういってはなんだがアイネの気持ちも分からなくはない。
普段、ギルドのおっさん達にかわれている側に二人はいるみたいだし、からかう相手がほしいのだろう。それを察して俺は自分から恥を暴露することにした。
──もともと、彼女達に見栄を張るほどかっこいいことしてないしな。
「あはは、ぶっちゃけ震えることしかできませんでしたよ。必死に『たすけてええええっ』て叫んでたし。超みっともない顔してたと思います」
「へぇ、どんな感じっすか?」
予想通りアイネは食いついてきた。
アイネを止めようとするスイに気にしてませんから、と声をかける。
「こんな感じですかね、うあああーー」
一応ここはギルドの中だし声をおさえつつ、俺は顔の筋肉をゆがませた。
それを見てアイネが声をあげて笑いだす。
「ぶっははははっ! 新入りさん、にらめっこ絶対勝てるじゃないっすかっ! あっはははっ!」
「ちょっ、しつれ……ふふっ……いや、そうじゃなくて……」
スイも少し笑っている。すごく気にしているみたいだが逆にうれしく感じていた。
自分と会話することで相手が笑ってくれる、というのは気分がいい。
お笑い芸人になりたいって人の気持ちが少しだけ分かった気がした。
「それ、俺があずかりますよ」
ふと、一応まだ仕事中だった事を思い出す。
話のこしを折るような言い方だったかもしれないが、いつまでもスイに魔物の欠片を持たせておくのも少しかわいそうに感じたのだ。
すると少しだけスイが眉をひそめる。心配してくれているのだろう。
「大丈夫ですか?」
「はい。こうしてみればただの鉄くずですから」
「んー、まぁ原型ないっすからねぇ。ほい」
スイはアイネと一緒に魔物の欠片を手渡してきた。
あのムカデを覆っていた鎧の欠片が納品確認専用の広いテーブルの上に置かれていく。
──いったい、この二人は何匹倒してきたんだろう。
「お……」
ふと、俺はあることに気づいて身を乗り出した。
アイネが不思議そうに首をかしげる。
「ん? どっかしたっすか?」
「いや、これって、こう……」
……全然仕事とは関係ないのだが。
この鉄くずのような魔物の欠片は衝撃を加えるとカンと音がなる。
その音のなり方がどれも違うのだ。俺は並べられた魔物の体を中指の第二関節を使って叩いていった。
「おーっ! なんか楽器みたいっすね!」
アイネが小さくぱちぱちと拍手を送ってくれた。
うまく音の高さ順に並べれば楽器として使えるかもしれない。
そして同じようなことをスイも考えているようだった。
「へぇ……微妙に音が違うんですね。ドレミファソラシドって感じで並べてみましょうか」
「おっ先輩グッドアイディア」
――この世界にもドレミファソラシドは通用するのか。
と、そんなことに気を取られている俺を呼び寄せるかのように、アイネがぽんと手をあわせ、早速一つの欠片を叩く。
若干、さっきの音より低い。
「……ん、これってドじゃないっすか?」
「え? ミじゃない?」
早速意見が割れた。むぅ、と口をとがらせるアイネ。
しかし一つの音をきいただけでそれが何の音なのか分かるほど俺は絶対音感に恵まれているわけではない。
仕方ないのでとりあえず一オクターブを口ずさみ、正解を探っていくことにした。
「えっと、ドレミファソラシド……ん? ファじゃないですか?」
なんとなく、そう思ったのでそういってみる。
「アイネ……全然違うじゃん……」
「うぇ~!? ウチがあってるかもしれないのに! ていうか、先輩も違うじゃないっすか」
「いや、別に俺は音感に優れているわけじゃないですし」
「でもなんとなく、貴方が正解な気がします。なんとなくですけど」
何故かスイは俺の方を信頼しているようだった。
不満げに表情を曇らせるアイネ。
「じゃあこれはなんすか? こんなに高い音ドレミファソラシドじゃ作れないっす」
「いや、多分オクターブがずれていると思います。こっちに置いておきますか」
とりあえず一オクターブを完成させてみたいのでアイネが新たに叩いた欠片は隅におくことにした。
「じゃあこれは? これ、ソでしょ」
「いや……シじゃないですかね」
「え、ラじゃないですか?」
──意見があわないなぁ。俺を含めて三人とも音痴なのか?
そんな事を考えていた時だった。
「おーい、新入り。仕事はどうした」
背後から肩に手を置かれる。アインベルだ。少し呆れたような声色をしている。
──しまった、仕事中だった……
「あっ! す、すいませんっ! すぐに整理しますっ」
すぐに頭をさげて数を確認しようとする。二人も申し訳なさそうにこっちを見ていた。
──俺が言いだしっぺなんだから気にすることないのになぁ。
と、アインベルはそんな俺達を見て豪快に笑いだす。
「ナッハハハ、かまわんかまわん。すでに殆ど終わっておるしな。最初からあがっていいと言うつもりで来たんだが、あまりにもお前らが楽しそうにしてるんでの」
そう言いながら並べられた欠片を眺める。
「ちなみにな、魔物の体から楽器をつくるなんてのはそう珍しいことではないぞ。この村にも職人がいるからな。店も出しておる」
その言葉に、スイは僅かに目を見開き口元に手をそえる。
「それは初耳ですね……」
俺も初耳だ。トーラをそこまで詳しく探索したことはゲームの中でもない。
そもそも、あまり戦闘に役立たないことに関してはゲームでは詳しく描写されていなかった。
「まぁスイもアイネも戦闘要員だからな。時々納品された魔物の欠片を届けることがあるんだが。興味があればいってみるといい」
そう言いながらアインベルはアイネに視線を移した。
と、アイネはニカッと笑みを浮かべると今度は俺に視線をうつす。
「なるほど、トーラで知らないことがあったとは……早速行ってみるっす、ね」
「え?」
──今から?
ついそんな言葉が出そうになる。既に日は落ちはじめ暗くなりかけているのだ。
帰ってくるのが遅くなりかねない。俺はともかく二人は大丈夫なのだろうか。
そんな疑問を察知したのかスイが口を開いた。
「迷惑でなければ、ご一緒しませんか。そういえばトーラを案内したことってなかったですよね。それも兼ねて」
どうやら二人ともかなり乗り気らしい。
インドア派の俺にとってはかなりアクティブに見える。
しかし、日本にいた時と違い今の体はかなり運動慣れしているようだ。あまり疲れているとは感じないしここで断る理由もないだろう。
「なら行ってみましょうか。面白そうですしね」
嬉しそうに笑うスイを見て、少しワクワクする自分がいた。