218話 意地
「…………」
「…………」
――だが。
スイとアイネが不審人物でも前にしているかのごとく、半目になりながら視線を俺に向けていることにきづき、俺は手をひいた。
「…………」
――体が硬直して良く動かない。
別に後ろめたいことなんてないはずなのに、ものすごい罪悪感と背徳感が胸を締め付けてくる。
そんな俺にアイネは唇を尖らせてぼやくように話しかけてきた。
「……んで、ウチらは?」
「え?」
その言葉の意味が分からず、ついトワに視線を移してしまう。
するとトワは呆れた表情でクレハの方を指さしながら片手で何かを言っているようなジェスチャーをする。
それでようやく、俺は二人が求めていた言葉に気が付いた。
「えっ! あっ、だからそれは、いいと思うっ!」
そういえば彼女達に服の感想をまだ伝えていなかった。
それにも拘わらず後からきたクレハにそれを言うのはあまり嬉しくない態度だったのではないか。
──そう推理してみたのだが、どうだっ!
「ご、ごめんなさい……なんかお見苦しいものを……すぐに着替えますのでっ……」
どうやらその推理は当たっていたようだ。
……ただ、ちょっとそれに気づくのは遅すぎたらしい。
スイは、がっくりと落ち込んだ表情で試着室に戻ろうとトボトボと歩き出す。
「見苦しくないっ! 見苦しくないって! すごくいいと思うっ!」
……どちらかというと男の浪漫的な意味での方が強い気がするが。
そこを敢えてさらけ出す程俺もバカではない。
アイネも慌てた様子でスイの言葉を否定する。
「そっすよ! それじゃまるでウチのセンスも変って言い方じゃないっすか」
「へ、変だって! 絶対変だよアイネ! こ、こんな肌が出るのなんて──絶対変だって!」
「そんなことないっすよ、ほらリーダー。こんなすべすべの肌見せないなんてもったいないと思わないっすか? ほら、ほら」
「や、やめっ──うぅっ、うあぁっ!?」
……まただ。また『正体不明』の金縛りが俺を襲う。
スイのすらりとした肌がアイネの指で撫でまわされ小刻みに痙攣する様は、俺の体に熱を帯びた電流を流していく。
声を必死にこらえるスイの様もまた──
──だめだ! なに考えているんだ俺はっ!
鉄の理性と不屈の精神でそれをなんとか打ち破り、俺はアイネの手をつかんだ。
「ちょっ、ちょっと待って! ほら、えっと──少し落ち着こうぜ、な?」
「ちぇー……」
不満げに唇をとがらせるアイネだったが、素直にスイから手を離す。
それを見てほっと息をついた。これ以上、あのスイの声をきいていたら本格的にお店の雰囲気をぶち壊すことにもなるし、なにより俺の頭がおかしくなりそうだった。
……少し、もったいなかったかもしれないが。もはや是非も無し。
「だいたい、んなこといったら先輩のセンスだって変っすよ。とてつもなく地味っていうか、なんていうか……」
「そ、そんなことないもん……」
「似合ってると思うけどな、俺は」
「そっすかー?」
あまり気に入ら無さそうなアイネの様子に、スイがしょんぼりと俯く。
アイネの着ている服に対しては変とは全く思わない。地味と言われればそうかもしれないが──所詮、ファッションなんて顔で決まるものだろう。
アイネなら何を着ても大抵可愛くなってしまう。むしろ地味な感じが清楚さをアピールしてくれていて良い味を出しているようにも思える。
「……うーん」
ふと、クレハがくぐもった声を出した。
シラハが怪訝な顔で首を傾げる。
「クレハ? どうしたの?」
「え? い、いや……何も……」
シラハの声にクレハは気まずそうに顔を伏せる。
そんな彼女に、トワはにこにこと笑いながら話しかけた。
「そうだ、シラハちゃんとクレハちゃんはどう思う? リーダー君はあんなだし、ちゃんと答えてあげてよ」
あんなとはなんだ、とトワに言い返そうとも思ったが的確にスイとアイネに喜んでもらえるような感想が言える自信も無い。
すがるような気持ちでシラハに視線を移す。
すると、彼女は無邪気な笑顔を浮かべながらはきはきと答えてくれた。
「私はとってもかわいいと思います。はいっ! お二人ならおねーちゃんみたいなアイドルになれると思います!」
「にゃはは。ありがとっす」
「アイドルなんて、そんな……」
照れ臭そうに笑う二人。
スイも言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうだ。
しかし──
「……私、嫌です」
その表情はクレハの一声で一変する。
不気味な程に冷めた声色をあげたクレハに皆の視線が集中した。
そんな中、クレハはスイを指さして淡々と話し続ける。
「肩とか、脇とか露出して……そこが目立つポイントなのに、下半身のラインが目立ちすぎて視線がぶれます……アピールポイントが絞れてなくて、全体がかえってボケる感じがします……」
「んなっ!?」
アイネがひきつった顔で息をのむ。
しかしクレハの追撃は止まらない。
「そもそも、そーゆー服……多分、胸がおっきくないと似合わないです……」
「いっ!?」
──そこ、言っちゃうの!?
サイドのシースルーレースはともかく、開かれた胸の部分は確かにスイ程の大きさだと悲しくなるものがあるのは……否定できない。
そこについては敢えて見ないようにしていたのだが──クレハの猛攻は続く。
「あと、アイネお姉さんの服は黒とか灰色が多すぎて全体的に色があせて見えます。なんか組み合わせを考えるのを手抜きしてる感じがして嫌です……」
「うぐっ!」
「あと、そーゆー服着るなら……もう少し脇をしめたり、つま先の向きを意識したポーズをとらないと……かえってガサツに見えます……」
「ぎにゃああっ!!」
この間、僅か数十秒。
そんな僅かな時間でクレハはトーラギルドのエースと大陸の英雄の膝を折った。
──うわぁ、やべぇな……
あまりに無慈悲な蹂躙に俺はスイとアイネを直視する事ができない。
「アハハ……凄い所に伏兵がいたね……」
トワが乾いた笑い声をあげながら頬をかく。
一気に張りつめた空気の中、シラハが若干怒ったように声をあげた。
「もうクレハッ! 適当なこと言っておねーさん達を……」
「いえ、いいのです。いいのですよ。シラハさん」
しかし、シラハの言葉をスイが遮る。
その瞳には静かだが確かに闘志の炎が宿っていた。
「そっす。いいんすよ。これで……ふふっ。どうせリーダーははっきり言ってくれないんすから……」
静かにそう声を出しながらスイ達が俺をきっと睨む。
──え、俺?
「いや、俺はそんなこと──」
「っ!!」
俺が声をあげようとした瞬間、スイの眼差しがさらに鋭く変化する。
「……リーダー、私、このままでは終われません」
「その通りっす! こうなったら意地でも──」
一度、視線を交わすスイとアイネ。
そして二人はビシッと俺に指を突きつけ、高らかに宣言した。
「リーダーに可愛いって思ってもらいます!」
「リーダーに可愛いって思ってもらうっす!」
──いや、言ったのクレハだぞ!?
どこか理不尽に感じつつも、二人の気迫がそれを声に出す事を許してくれなかった。