216話 営業トーク
スイは大陸の八英雄とまで言われる実力者だ。
顔が知られても全く不思議でもなんでもないのだが──カーデリーギルドで組んだパーティの中にはスイの顔を知らない人もいたし、シュルージュみたいに悪目立ちをしているわけでもない。
そのせいで、スイの顔が割れていることに必要以上に驚いてしまった。
「なるほどなるほど! ご事情お察しいたします。それでどうでしょう? 最近はこのスカートにカーディガン、そしてバッグを合わせたコーディネートが流行しているのですが。彼女達なら最先端をいけますよっ!」
そんな俺の対応をどんなふうに受け取ったのか。
店員は大げさにうんうんと頷くと商品の方を指さす。
──最先端かぁ……
頭の中で、その服をスイやアイネに着せてみる。
店員が指さしたのはビビット色のかなり目立つ服だ。
スイはこういう感じの服はあまり好きではなさそうだが……それでも似合うと言えば似合うだろう。
ふと、スイとアイネの周囲の客が遠巻きに二人をちらちらと見つめているのが目に入った。
──この人の言うこともあながち嘘じゃないかもな……
二人に向けられているのは、ちょっとした憧憬の眼差し。
それが少しだけ誇らしい。そんなことを思った瞬間──
「前の方はこのように結んで着たりもします。あと、このようにダボダボしたタイプも流行っておりまして──」
「え……」
「また白のパンツに合わせるのも流行っていますね。あの子達のようにメイクをあまりしない方ですとまっさらなトップスも──」
俺が買うかもしれないと見込んだからだろうか。店員が怒涛の営業トークをぶつけてきた。
善意なのか、商売戦略なのか。こちらが思考する余裕を奪うがためにやっているのではないかと思うほどのマシンガントーク。
正直、あまりこういう接客をされるのはあまり好きではない。
しかしそれをはっきりと告げられる程、勇気も度胸も無いわけで──
「……やです」
と、俺の気持ちを代弁するかのような言葉が高い声で放たれた。
「えっ……?」
「そっ、それ、やです……」
視界の下に小さな手が入ってきた。
少しかすれた、そして震えた声で、その声の主は言葉を続ける。
「わ、私……あ、あんまり強い色の服、やです……」
声の正体はクレハだった。
いつの間にこっち側にきていたのだろう。
「あらこれは失礼しました。ではこのようなコーデ──」
あるいは最初から俺の傍にいたのだろうか。店員はたいして驚いた様子を見せていない。
むしろ、より張り切った感じでより早口に商品の説明をしはじめてきた。
「お、お兄さん……」
クレハが俺のコートをぎゅっとつかむ。
……その姿を見て、俺はパチンと自分の頬を叩いた。
人見知りの彼女にとって、さっきの一言を言うためにどれほどの勇気がいるだろうか。
「……あ、じゃあここら辺のから選んで試着させてもらっていいですか。後でもっていきますので」
途中でかまないように、なるべくゆっくりと話すように心がける。
「かしこまりました。お待ちしておりまーす」
すると店員は意外な程にあっさりとひいてくれた。
──なんだ、拍子抜けだな……
売りつけてやろうとか、そういうタイプの人でなくて安心した。
しかし、クレハの表情は暗いままだ。
「……ここら辺のも、やです」
何度も首を横に振って俯いてしまう。
どうもここに並べられているのは彼女の趣味にあわないようだ。
「えと、クレハ……さん? どういうのがいいですか?」
「…………」
なるべく優しい声色でそう話しかけたつもりだったのだが、クレハは俯いたまま答えてくれない。
ただ、俺のコートをぎゅっとつかんでいる所からみると俺と話す気が無い訳ではなさそうだ。
周りの人の多さのせいで、少し怯えてしまっているのだろう。
とはいえ、いつまでもこうしている訳にはいかない。周囲を見渡し、クレハが好きそうな服を探していく。
「えと、じゃあ──あんなふうなのは?」
クレハの手をひいて、あるマネキンの前まで移動する。
先ほどのビビット色が強い服とは異なり、このマネキンが着ているのは落ち着いた色の服だ。
茶色のケープに薄い黄色のワンピース。その色合いはミハが着ていた剣士の恰好と良くにている。
お姉ちゃんっ子なクレハなら、ミハと好みも同じになりそうだが……どうか。
「これ……」
あまり表情を変えないままマネキンに近づくクレハ。
しばらくの間、彼女はじっとそれを見つめ続ける。
「…………」
「え、えと。クレハさん?」
「っ!?」
俺が声をかけるとクレハは俺から跳ねるように飛び退いた。
「……えと、あのっ!」
体をもじもじさせながらも、クレハは真っ直ぐ俺の事を見ている。
そんな彼女の様子を見ていたら流石に俺だって彼女の言いたいことに察しはつく。
「着てみたいですか?」
「っ……」
俺の言葉に、ぶんぶんとクレハが首を縦に振る。
クレハのサイズがあるかどうかは微妙だが……同じデザインの服なら俺でも探せそうだ。
無論、俺に金がある訳ではないので買ってあげるわけにはいかないが──試着だけでもさせてくれないものだろうか。
──流石に図々しいかな……
「あれーっ! リーダー君、どこにいるかと思ったらっ!」
「クレハちゃんにだけ服選んであげるって、不平等じゃないっすかぁ?」
と、俺の耳に不満に満ちた声が届く。
スイとアイネがいくつかの服をかごにいれ、少し不満そうに俺を見ていた。
「あ、あぁ。ごめん、邪魔しちゃいけないと思って……」
「んなわけないじゃないっすか。ほら」
言い訳する間もなく、アイネが俺の手首をつかむ。
何をするのか──と手をひくアイネを見ていると、その代わりと言わんばかりにシラハが元気よく声をあげた。
「とりあえず、試着するです。はいっ!」