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214話 姉妹を連れて

「あっ! おねーさん達! 着替えられたのですかっ!」


 シャルル亭を出ようとロビーに移動した俺達は、そこにいたシラハに真っ先に声をかけられた。

 そのあからさまなキラキラとした憧憬の眼差しに、スイが若干顔を赤くする。


「はい。今回の戦闘は厳しかったですから。オートメンテも発動させたかっ──」

「という建前で可愛い服を着てみたいんす! どっすか!」

「っ──!?」


 スイの言葉を遮って両手を広げるアイネ。

 それに対しスイは目をぎょっと見開いて絶句してしまう。

 だがシラハはたいして気にした様子をみせないままパチパチと手をたたきはじめた。


「はいっ! すっごく可愛いですっ! とっても似合ってますよ。はいっ!」

「にゃははーっ、シラハちゃん分かってるっすねぇ。もうほんと愛しいっす。うりうりー」

「あ、えへへ……」


 両ひざをついてシラハの頭を抱きかかえるようにしながら撫で繰り回すアイネ。

 嬉しそうに目を細めるシラハと並べてみると、本当に姉妹のようだった。

 アイネがミハと話している時も似たような印象を受けたのを思い出す。


 ──やはり猫耳は偉大だな。うん。


 獣人族の偉大さを思い知った気がした。


「あ、そうだ。シラハちゃん。ここら辺で服を売ってるところないですか?」


 ふと、アイネがシラハの両肩をつかみながら顔を離す。

 するとシラハはきょとんとした顔でスイとアイネのことを交互に見た。


「あれ? 皆さん、服を買いに行くのですか?」

「そっす。こんな感じの服、売ってるところないっすか?」

「そーですねー……えーっと……服……服……あれ?」


 視線を上にそらしてぼんやりと呟きはじめるシラハ。

 しかしあまりピンと来ていないようだ。十秒ほど経っても何も言葉が続かない。

 それを見かねて声を出そうとした、その時──


「こ、この宿を出て右側……二つ目の角を左に曲がるとあります……」


 背後から少女の声がかかる。


「クレハッ! どうしたの?」


 それに真っ先に反応したのはシラハだった。

 跳ねるような動作でアイネの肩の上に顔をのせる。


「……お兄さんを見かけたから。ちょっと様子を見ようと思って……」


 そこで言葉を詰まらせクレハは着ていたローブに顔をうずめる。

 彼女はかなりの人見知りだったはずだが──俺達が困っていると見て話しかけてくれたのだろう。


「あ、お世話になっております」

「…………」


 スイがそう話しかけるも、怯えたような表情を見せるだけで何も答えない。

 若干気まずそうに苦笑しながら俺を見るスイ。


「あははっ、ごめんなさい。クレハはちょっと人見知りで……」

「あ、あの子がクレハちゃん? 確かにミハさんに似てるっすねー。シラハちゃんもだけど」


 ふと、クレハがぴくりと耳を動かした。


「あ……お姉ちゃんのこと、知ってるのですか……?」


 そういえばクレハが話しをしてくれるようになったのはミハの名前を出したからだったか。


「はい。シュルージュでは本当にお世話になりました。ありがとうございます」

「アハハッ、本当にね。優しくてかわいい人だったよ!」

「おせわさまっす!」


 と、その事をスイ達に伝えるまでもなく彼女達は明るく笑いながらクレハにお礼を告げていく。

 その言葉に少しずつクレハの表情が柔らかくなっていくのが見て取れた。



 ──これは意外になんとかなるかも……?



「クレハ、何をやって──ん?」


 ふと、ロビーに渋い男性の声が響く。

 その瞬間、クレハが体をびくりと震わせた。

 

「おや……クレハが接客を?」


 出てきたのは五十歳程に見えるやせ形の男性だった。

 奇妙な三角型にまとめられた顎髭に深い目の彫り、ふわりとパーマがかかった髪。

 年配のバーテンダーといった感じで、シラハが着ているメイド服と対比すると執事さん、といった雰囲気が出ていた。


「あ、えっと……あ……その……お、お仕事……も、戻りま……」


 その男性に気づくとクレハはおどおどと視線を泳がせながら言葉を紡ぐ。

 そんな彼女に対し、男は穏やかにほほ笑むと優しく彼女の頭を撫でた。


「いや、大丈夫だよクレハ。君の好きなようにやりなさい」

「あ、で、でも……えっと……べ、別にそんな接客とか……そういうのじゃなくて……」

「それでもいいから。落ち着きなさい」


 ぽん、と軽くクレハの頭を叩いて男は俺達に視線を移す。

 そして丁寧にお辞儀をすると男はゆっくりとした口調で挨拶をしてきた。


「これは失礼。私は当宿で主に料理人をしております。ケンゾー・コタケヤマです」

「ど、どうも……」


 そういえばハナエがここの料理人は自分のダンナだとか言っていた気がする。

 もしかしなくても目の前のこの男性がそうなのだろう。

 ハナエと違ってまさに西洋人といった顔つきで、名前とのギャップが物凄いのだが──


「え、えと……ご、ごめんなさいケンゾーさん。すぐお仕事に戻ります……」

「いやいや、待ちなさい」


 ケンゾーは逃げるように去ろうとするクレハの肩をつかむ。

 そしてそのまま俺達の方に穏やかにほほ笑みかけながら話しかけてきた。


「すみません、クレハとどういうお話しをしていたのかきかせてもらえますか」

「え……? いや、服を買いに行こうと思って……それで、場所をきいていたんですけど……」


 そう俺が答えるとシラハがぴょんとジャンプしてきた。


「みなさん、もっと可愛くなるみたいですっ! はいっ!」

「ほぅ、そうですか。それはそれは青春ですね」


 ケンゾーの言葉に照れ臭そうにスイがほほ笑む。

 彼の穏やかな声色はきいていてとても心地が良い。

 まさに優しい父というものを具体化したような感じだ。

 

「……ふむ。ところで、シラハとクレハはどうだ?」

「え?」

「……?」


 ふと、自分達に投げかけられた視線にシラハとクレハが首を傾げる。

 するとケンゾーは腰を落として彼女達に視線を合わせ、ぽんぽんと頭を軽く叩いた。


「君達も可愛くなりたいと思わないのかな」

「え……」


 きょとんとしながら目を丸くする二人。

 だがすぐにシラハの方が目を輝かせてはしゃぎだす。


「なりたいですっ! はいっ! お姉さんみたいにアイドルになるのが夢ですからっ!」

「…………」


 クレハの方も言葉にはしてないがシラハと同じような表情をしていた。


「ふふっ、そうかそうか」


 それを見て満足そうにケンゾーはほほ笑むと改めて俺達の方に視線を移す。


「すいません。もしよろしければ二人を服屋に連れていってくれませんか」

「え?」


 唐突な提案に頓狂な声が出てしまった。

 そんな俺に少し苦笑いを浮かべながらケンゾーは話しを続ける。


「実はこの二人はまだ幼いのに働きづくめでしてね。同年代の友達もいないし、特にクレハに至っては人見知りで……」


 その言葉にクレハに皆の視線が自然と集中する。

 ほぼ反射的な動作でシラハの後ろに回り込み体を隠すクレハ。

 だが、それでもこちらを見ようとはしてくれているみたいで顔だけがひょっこり出ている。


「……しかしクレハはどうも君達とは話しができそうだ。是非、この子達に年相応の遊びをさせてやりたいのです。お邪魔かとは思いますが……」


 暖かな表情でシラハとクレハを撫でるケンゾー。

 クレハも少し不安そうな顔をしているがケンゾーに撫でられていることで安心しているようだ。

 ケンゾーは獣人族ではないし顔も全然似ていないのだが、その様子を見ていると本当の親子のようだった。

 そんな彼の言葉を受け、即座にトワが反応する。


「へーっ、いいじゃない! 連れて行ってあげようよ!」

「もちろん。二人がよければ断る理由がありません」

「皆で可愛くなりにいくっすよー!」


 念のため、といった様子で皆が俺の方に視線を移した。

 当然、断る理由などない。頷いてアイコンタクトを返す。


「で、でもケンゾーさん。今日のお仕事……」


 だが、クレハの方はとんとん拍子に進む話しに戸惑っているようだった。

 少し不安そうにケンゾーの服を引っ張っている。


「そのぐらいは私がやるといつも言っているだろう。既に料理の下準備はできている。私一人でも十分にまわせるよ」

「……でも」

「ふむ、もしかして私が信用できないかな。これでもこの街のギルドマスターの夫だよ」

「え、えと……じゃあ……」


 ケンゾーの言葉にシラハはほっとしたようにため息をつく。

そしてシラハとクレハは一瞬、視線を交わし合うと俺達の方を向いてぺこりとお辞儀をした。


「今日はよろしくお願いしますっ! はいっ!」

「……お、お願いしますっ……」


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