213話 それなら
「ほらリーダー、どうすか? ほらほらっ!」
俺の方に顔を寄せ感想を求めてくるアイネ。
普段、アイネが露出度がかなり低い服を着ているせいだろうか。
見えている腕、足、うなじ、おへそ、胸の谷間……その全てが俺から思考能力を奪っていく。
「……あ……おぅ……いや、凄いよ……うん……」
「あれ? なんできょどってるんすか?」
「そりゃその服ならそうなるよ、アイネ……」
ふと、スイの声が背後から聞こえてきた。
ふり返ると少し恥ずかしそうに体をもじもじさせながらこちらを見ているスイの姿が目に入る。
「へー、それがスイちゃんの私服かぁ。アハハッ、イメージ通りだし、すっごく可愛いよっ!」
「え、えぇ……まぁ……」
スイが着ていたのは上半身が白、下半身が金のラインが入った黒のスカートになっているワンピースだった。
肩にはスカートに合わせるような色合いの黒のボレロを羽織っている。
一言で言うなら軍服風のワンピースと言ったところか。
「そうだな。清楚って感じがして可愛いと思うよ」
確かにアイネが言う通り、堅苦しい感じはぬぐえない。
それでも、同じ黒でもアイネと違ってかなり落ち着いた黒で、少なくとも色気を全面に押し出したような服装ではない。
テカテカ光を反射するような生地ではないし素直に可愛いという言葉が口を出てしまう。
「えへ……そ、そうですか……? こ、これ……実はギルドからの支給品なんですけど、ちょっとお気に入りで──」
「えーっ!? これだって清楚じゃないっすか!」
スイの前に立ちふさがってアイネがそう不満を口にする。
──コイツ、本気で言ってるのか……?
俺の内心を察したのだろう。
スイが無言でため息をつく。
「そ、そうだな……うん、凄く可愛いと思いますよ……ほんとに……」
「なんすかそれえーっ! なんで微妙な反応!?」
若干涙声になりながら叫ぶアイネ。
──や、やばいな……
アイネだって自分なりに可愛くなりたくてこの服を選んだんだろうし、それをむやみに否定などしたくない。
それに落ち着いて邪心を払ってみれば、普通にファッションとしてありそうな服ではないか。
「い、いや……その、すごく可愛いよ。本当に。でも、その……目のやり場に困るっていうか……」
「へ?」
俺の言葉にきょとんと首を傾けるアイネ。
だがすぐに俺の言葉の意味を理解したのだろう。
みるみるうちに顔を赤くして俺から一歩後ずさる。
「うええっ!? このタイミングで、そういうふうにウチを見るんすか!?」
「ち、ちがっ! そういうつもりじゃ──」
──いや、そういうつもりで見ちゃったけど。
ふと、少しの間恥ずかしそうにしていたアイネだったが、急にハッと息をのんでスイの方に顔をむける。
「ならウチの勝ちじゃないっすか! どうっすか先輩、リーダーはウチの服の方が好みって言ってるっす! やっぱウチ、センスいいんすよ!」
──へ?
そんなこと言ってないはずなのだが。
「んなぁ!? なんでそうなるのっ! 明らかに私の方が自然に褒めてくれたじゃんっ!」
「それだけトキメかなかったってことっすよ。察しが悪いっすねー。つまりリーダーはウチの方にドキドキしたってことっすよ!!」
「いっ──!」
アイネの言葉にスイの顔が一気に青ざめていく。
──いや、オーバーすぎない?
「そ、そんなっ! リーダー、わ……私って、トキメかないんでしょうかっ!」
「え? え!?」
「あ、あの……も、もしかしてさっきのって……お、お世辞でした……?」
「いやっ、そんなことは──」
「じゃ、じゃあなんでアイネと反応が違うんですっ!?」
若干涙声になりながら俺の方に走り寄ってくるスイ。
さっきまでキビキビとハナエに報告していた人間と同一人物とは思えない程、狼狽してしまっている。
「アハハハハハッ、なんかバチバチしてきたねー」
「お前、他人事だとおもって──!」
「アハハハハハッ」
俺をあざ笑うように、トワはビュンビュンと高速で飛び回り俺の手から逃げていく。
……もはや是非もなし。
「お、落ち着けって! その、二人とも凄くいいと思うよ! 方向性が全然違うから優劣はつけられないけど……俺はどっちも大好きだっ!」
「いっ!?」
「う……」
半ばヤケクソになりながら叫ぶ。
その直後。小さな二人の息を吸う音と同時に一気に空気の振動が止まった。
──これ、隣室から苦情こないかな?
それがあまりにも気まずくて。そんなことを考えて気を紛らわせる。
そんな俺の意識を引き戻そうとするかのように、二人は同時に口を開いた。
「リーダーはこういうのもお好みなんですか?」
「リーダーはこんなのも好みなんすか?」
同じような仕草でぐいっと顔を近づけてくる二人。
「え……そ、そうですね……」
助けを求めようとトワに視線を送るがニヤニヤしているだけで何もしてこない。
「あー……好み、かな……うん……」
とりあえず好みじゃないという答えはありえないということは分かる。
それに、アイネの服だって最初はびっくりしたが──まぁ、慣れてくれば普通に可愛いし……
──慣れれば、だが……いや、慣れるかな、これ……
「そ、それなら……」
「んじゃ……」
ふと。スイとアイネが視線を交わして頷き合う。
そしてキッと俺の方に視線を移すと──
「服を買いに行きましょう!」
「服を買いに行くっす!」
全く同じ動作、全く同じタイミングで声を出す。
「お、おう……」
迫力すら感じるその息の合いように俺は思わず一歩後ずさりした。