212話 お披露目
――だが。はっきりと俺の目を見てくるアイネの視線がその感覚を壊してくる。
波のように浮き沈みする現実感。そのせいで、俺は呆けた返事しかすることができなかった。
「もぅ、何ぼーっとしてるんすか? そんなにウチらが着てる服に興味ないんすか?」
そんな俺に対し、腰に手を当てて不満げに頬をふくらませるアイネ。
──いけない、変な誤解をさせたか……
「えっ、いや、そういう訳じゃなくて……えっと……どんな感じなのかなって想像してただけ……」
「っ──!」
ふと、俺の言葉にスイが自分を抱きかかえるような仕草をする。
何を思ったのか不思議になって首を傾げていると、スイはおそるおそるといった口調で話しかけてきた。
「リ、リーダー……な、なんか変な想像してないですよね?」
「へ? いや、そういうことじゃないぞっ!!」
「……ほんとですよね?」
アイネの言葉を否定するためとっさに妙な言い訳をしてしまったのがまずかったか。
羞恥心と懐疑心に満ちたその視線は、レシルに投げかけられたもの程ではないにせよ、結構心を抉るものがある。
「んで、んで? アイネちゃんのもってる服ってどんな感じなの?」
そんな空気を壊してくれたのはトワだった。
そんなことより──と言いたげにうずうずと体を震わせている。
「よくぞきいてくれたっす! 披露するから待ってるっす!」
その反応に気を良くしたのだろうか。
アイネはガッツポーズをしながら元気よくそう答えると更衣室の方へかけこんでいった。
「はぁ……」
そんなアイネを見てスイが若干憂鬱そうにため息をつく。
──そんなに凄いものなのか?
ここまでくると逆にかなり期待してしまう。
「スイちゃんも着替えてきたら? どうせならまだ見たことない服がいいな」
「え、えぇ……!?」
トワの言葉にスイが目を丸くした。
もともと着替えるつもりなのだからそんな反応をすることはないと思うが──
「そうだな。どんなものか気になる。アイネは地味って言ってたけど前のもかなり可愛かったし……」
「いっ──!」
言った後で俺は自分の思慮の足りなさに気づいた。
こんなことを言ってしまってはかなり着替えづらいではないか。
唇を一文字に結んで絶句するスイを前に、俺はたどたどしく言葉を紡いでいく。
「あ、あー……でもまぁ、今のままでもいいんじゃ……ないでしょうか……」
「えーっ! ボク、スイちゃんの服も気になるよ!」
「いや……お前……」
ニヤニヤと笑うトワ。
こういう確信犯みたいなことをするのは彼女の悪い癖だ。
しかし今回の事態を招いたのは俺自身だし何も言えない。
「……った……すか……?」
「え?」
と、ぼそりとスイが何かを呟く。
うまく聞き取れなくて反射的に首を傾げると──
「か、か……かわいかった、ですか……?」
スイは顔を真っ赤にしながら上目使いで俺の事を見つめてきた。
──え、なにその表情……
正直反則だと思う。
「……うん」
その様子があからさまに可愛らしくて。
前に彼女が着ていた服の事を言っているのか自分でも分からなくなってきた。
ぐるぐるした頭の中で半ば本能的にスイの言葉を肯定する。
「そ、そうですか……では……」
照れ隠しなのだろうか。
不自然な程に淡々とした声色でそう返事をするとスイは更衣室にすたすたと歩いていく。
「ふふーん、たらしだねー」
「ほっとけ……」
ちょんちょんと俺の頬をついてくるトワ。
そんな彼女を前にして、俺の方こそそんなバレバレの照れ隠しをしてしまった。
†
数分後。
バタバタとした足音と共に現れたアイネを見て、俺は絶句していた。
「じゃじゃーん! どうっすか!」
「……っ!?」
「ほらほら。これ、可愛くないっすか?」
俺の前でくるくると踊るように体を回転させるアイネ。
両手を前に広げてだきつくようなポーズをとっている。
「お、おぉ……!」
アイネが着ていたのはレースつきのタンクトップとホットパンツだった。
普段アイネが着ている服とは対照的に露出度がかなり高く、すらりとした細い生足が視線を誘う。
……と、これまでならまだしも。問題はその材質だ。
レースといえばひらひらで……なんというか、柔らかいイメージがあったのだがアイネの服は違う。
真っ黒なのだ。革のように光る黒の布に、大人の女性の下着についているようなひらひらがついている。
タンクトップはかなり小さくおへそが完全に見えるタイプだ。胸をぎゅっと寄せておりその谷間も良く見える。
……そして、そのタンクトップがヒョウ柄というのもインパクトが強い。というか、むしろそこがメインか。
アイネは黒猫の獣人族ということもあって、まさに女豹のようなオーラが出ている気がする。
それとアイネのあどけない顔と無邪気な笑顔は――なんというか、ものすごいギャップになっている。
似合っているのか似合っていないのか……どちらかというと似合っていないような気がするが……
……とりあえず確信する。
スイの言う通り、たしかにこのセンスは、おかしい……
「うっはー! なにその服! 可愛いじゃんっ!」
「でしょ、でしょう?」
──可愛い、のか……?
はしゃぐトワの言葉には疑問を感じぜざるをえない。
いや、まぁ、無駄に色気というか、なんとも口にするのが憚られるような感情が沸いてくる服装だとは思うが。
どちらかというと艶めかしいとかそういう感じだろうか……