211話 私服?
「はーっ! 疲れたっす!!」
そう言いながら大きく背伸びをし、アイネはベッドに倒れこんだ。
カーデリーギルドを出た俺達は、シャルル亭に行き、今晩をすごすことになった。
今後どうするかはまだ詳しく決まっていない。一応、ポルタンから出されたクエストはクリアしたことにはなっているのだろうが──カーデリーギルドの悩みの原因は、全く解消できていないのだ。
結局、フルト遺跡は崩壊し、生存者の存在も絶望的という結果になってしまったし、どうにも後味が悪い。
「そうだね。今回はほんとに……」
そのせいだろうか。スイの表情はやや曇っている。
せめて、提出したクリスタルやゴーレムの体の一部から何かが分かればいいのだが──
得体の知れない少女との戦闘、帰還途中での報告書の作成。その時はキビキビとしていたが緊張が解けたせいだろう。スイの顔には、疲労が色濃く出ている。
「アハハッ、なんか色々あったしねー。でもこれからは自由時間でしょ。どうするの?」
若干暗くなりそうな空気を察知してか、トワが明るい声で話しかけてきた。
そんなトワにふっとほほ笑んでスイは返事をする。
「いつもなら訓練……って言いたいんですが今日は疲れましたしね……とりあえず私は着替えようかなと思います。今回はかなり汗をかいたので……」
「あ、ウチもウチも。ちょっと血もついてるし」
道着のようなオレンジの服をぺらりとめくってその箇所を見せてくるアイネ。
……まぁたしかに服の裏は血で染まっている箇所があったのだが。
それよりも彼女の小さなおへそに視線が釘付けになってしまったのは俺が愚かなせいだろうか。
ベッドに寝転んだまま自分のおへそを見せるアイネの姿が妙に艶めかしく感じる。
「え、えっと……大丈夫か?」
既に傷は治っているはずだが──ヒールをかけることで一応、カモフラージュをしておく。
するとアイネが無邪気な笑顔を返してきてくれた。
──アイネってちょっと小悪魔っぽいところあるよなぁ……
意識せず男心をくすぐる仕草をする事が多いというか、なんというか。
意識してそういう仕草をしようとすると照れるくせにどうなっているのだろう。
「……アイネ。もしかしてあの服を着るの?」
ふと、スイが呆れたようなため息をつく。
きょとんとした顔で首を傾げるアイネ。
「あの服ってどれっすか?」
「どれって……アイネがトーラで師匠から貰ってた服……」
「それ以外の何があるってんすか」
「……はぁ」
もう一度、深くため息をつくスイ。彼女にしては珍しい露骨に嫌味な仕草。
それが腑に落ちなくてスイに声をかけてみた。
「ん? どうかしたのか?」
「えっと……」
俺の方に視線を移すと、スイはほとほと困ったように苦笑いを浮かべる。
「……その、アイネは……というか、師匠もだけど……私服のセンスがおかしいから……」
「そんなことないっすよ! 皆、可愛いって言ってるっす!」
スイの言葉にくってかかるようにアイネが体を跳ね起こす。
──どういうことだ?
普通、可愛い服は誰が見ても可愛いものだと思うのだが。
……いや、そもそもそれ以前にだ。
「そういえば二人の私服ってあんまり見ないよな」
俺が見ている二人の服はいつも同じだ。
それこそずっと同じ魔術師のコートを着ている俺が言えたことではないのだが。
「ふふっ、いつも戦闘服か寝巻ぐらいしか着ませんからね。でも一着はお見せしたと思いますよ」
「あぁ。トーラを出た時に着てた服か」
たしか黒い上着に胸元に小さなリボンをつけた女子高生の制服のような服だったはずだ。
だが、あれ以外にはいつもスイは鎧姿、アイネは道着姿だった気がするが──
「あれ以外にも服を持っているのか?」
「えぇ。一応、着替えはありますよ。ですが冒険者は休日でも戦闘服を着ているものだと思います。見た目以上に着心地がいいので……」
「へぇ……」
「…………」
ぜひ見てみたいという期待の眼差しを送っているのは俺だけではない。
トワもキラキラした視線を送っている。
それに気づくと、スイは少し顔を赤らめて視線をそらした。
と、アイネがその視線を遮るように前に立つ。
「どれも地味なんすよ先輩のはっ! 私服ならもっとはしゃがないとっ!」
「はしゃぐって……アイネ、貴方のは──」
「知ってます? 先輩の私服って魔法学校の制服指定されているヤツとかっすよ。もう堅苦しくって堅苦しくって……」
わざとらしく両手をひらひらとあげながらため息をつくアイネ。
魔法学校というワードだとか制服って一般流通しているものから選ぶのかとか、色々な疑問はあったが──なるほど、確かに前見たスイの服は、アイネの言う通り、私服にしては堅苦しい服だったかもしれない。
そんな事を考えているとスイが言い訳をするようにわたわたと両手をふって声をあげる。
「か、堅苦しいって……べ、別に私、ファッションとかに興味無いし……」
「はぁ~……ウチらが戦闘服以外の服着るなんて、なかなか無いじゃないっすか。せっかくトーラを出たんだし、こーゆー時ぐらい可愛くみせたらいいのに……せっかく先輩はスタイルいいんだから……」
「ぅ……」
顔を赤く染めながら一歩下がるスイ。
……時々忘れそうになるが彼女達は年頃の少女だ。可愛くみせたいとかファッションに興味があるとか、いわゆる女の子っぽい一面があっても全く不思議ではない。
不思議ではないのだが──なにぶん、そういった事に関して俺は疎すぎる。
というか、そういう会話をしている女の子達の近くに自分がいるという事に現実感が湧かない。
まるでギャルゲーでもやってるかのような気分だ。スイとアイネが画面の向こうにいるような妙な感覚がある。
「ね、リーダーもそう思うっすよね?」
「……え?」