210話 帰還
「こ、ここは……?」
見慣れた転移の光が消えても少しの間、俺は周囲を眩しく感じてしまった。
とはいえここが遺跡の外であることは予想していたしすぐに把握できた。
「え、ちょっ! リーダーッ!」
と、アイネが俺の裾をぐいぐいと引っ張ってくる。
何事かとその方向を見てみると──
「……嘘だろ」
完全に倒壊したフルト遺跡が目にとびこんできた。
まさに大地震の被害を受けたかのような凄まじさに思わず息をのむ。
同時に、もしトワの転移魔法が発動しなかった場合にどうなっていたか──そんなことを想像してしまい体中に鳥肌が立つのを感じた。
「できた……」
小さな自分の両手を見つめながらトワはパチパチと瞬きをしている。
その点については俺も驚いていた。
──さっきはできなかったのに何故……?
「ちょっ、ちょっ!? なに、何がおきたのっ!?」
「……この現象は最初に遺跡に入った時と同様のものだと理解する事はできる。問題はそこではなく、何故この現象が引き起こされたかという点にあるよね」
すかさずとんでくるエイミーとフレッドの追求。
──さて、どうしたものだろう……?
フレッドはともかくエイミーは口が軽そうな印象を受ける。
もしトワの能力のことが広まったらどうなるだろう。
思い出されるのはシュルージュギルドでのポルタンとの会話だ。
俺のレベルが100以上だと分かった時、国王に連れて行かれるとかそんな話題になっていた記憶がある。
もしトワに特殊な能力があると知れ渡ったら──トワが連れて行かれることもありえるのではないだろうか。
戦闘能力を備えた俺なら自衛ができるとしてもトワはどうだろう。
転移魔法が使えるから大丈夫だとは思っていたがさっき使えなかったこともある。
──今は黙っておいた方がいいか……
そんな結論に至り、俺は話しをはぐらかすことにした。
「と、とりあえず……カーデリーに戻りましょうか……」
「リーダーさぁん! いったい何が起きたんですかぁ?」
「その妖精が何か魔法を使ったような印象があったのだが、それとこの現象に因果関係があるのか僕達にも理解できるような説明を望みたい」
「えっと……そうですね……」
だが流石に苦し紛れに過ぎたか。
俺の言葉では全く話しの矛先を変えられそうにない。
「そんなことよりこの有様をどう報告すりゃあいいんだ? こんなんじゃ調査しなおすってこともできそうにないぜ」
そんな俺に助け舟を出してくれたのはジョニーだった。
もっとも、彼がそれを意図しているようにはみえなかったが。
「そうですね……リルトさん。ゴーレムの解体はどのぐらいまでできましたか?」
だがそれは話しを切り替えるには絶好のタイミングだった。
狙ったようにスイが声をあげる。
「ほ、殆ど時間が無かったのでコアと思わしき部分は回収できませんでした……でも、体の一部なら一応……」
「十分です。よくあの短時間でやってくれました」
リルトの手にはボロボロの岩の塊が握られている。
それは、見ただけではゴーレムの体の一部だとはとても思えないような形状をしていた。
おそらくかなり乱暴にゴーレムの死体を削り取ったのだろう。
「とにかくこれ以上の調査は不可能でしょうから戻りましょうか。馬車にいる間に簡単な報告書を作るので協力してください」
颯爽とそう仕切るスイのリーダーシップに感心しながら、俺は皆と一緒に馬車に向かって歩いて行った。
†
「……なるほどね。だいたい把握できたわ。生存者は……無いというべきだろうね。その状況なら」
カーデリーギルドの地下の部屋にて、ハナエがふぅとため息をついた。
カーデリーギルドに帰還した俺達はハナエに事の顛末を語った。
トワの転移魔法の事だけは馬車の中でスイとこっそり相談し隠すことにしたが、それ以外の事実は事細かに伝えたはずだ。
いろいろな事がありすぎてうまく言葉をまとめることが俺にはできなかったのだが──その辺り、スイは完璧に対応していた。
むしろ殆どスイ一人が報告書を書き上げ口頭での質問にも対応しており、後の皆はスイの言葉に頷くことぐらいしかしていない。
たしかに、レシルの事に関しては一番長く交戦していた彼女がメインに報告せざるを得ないのだが……
それでも、特にスイが仕切ろうとしたというのではなく、自然と皆がスイに視線を送り、代表して話すのを頼んいるような状況があることから、皆がスイの事を頼りにしているのがよく分かる。
──ほんと、凄いな……
ここまで圧倒的な事務処理力を見せつけられると自虐すらできない。
「とにかくご苦労さん。これはギルドが預かって調べてみることにするよ」
テーブルに並べられているのは、リルトがとってきたゴーレムの体の一部と、俺達がとってきた黒いクリスタルの入った木箱だ。
ゴーレムの体の方はともかく、クリスタルの方は何も関係していない可能性もあるが──遺跡が崩壊してしまったこともある。しばらくはこれらの調査を行うことになったらしい。
「んあぁ~……ほんと疲れましたぁ。散々な目にあいましたよぉ。報酬ははずんでほしいですぅ」
ある程度、話しがまとまったタイミングを見計らってエイミーが大きなあくびをした。
殆ど報告はスイが行っていたとはいえ、それを後ろからじっと見つめているのも疲れるものだ。
その気持ちはハナエも良く分かっているのだろう。苦笑いを浮かべながらエイミーにこたえる。
「ハハハ、そうさね。これが意味あるものだったら考えておいてやるよ。しかしねぇ……」
ふと、ハナエはテーブルに置いてある羊皮紙を手に取り、さっと目を通す。
「レシル、だよね。同性同名の冒険者なら何人か上がってきたけどねぇ。とても話しにきくような実力があるとは思えないようなレベルだし……ギルドで把握している中でそんな人間はやっぱいないよ。うん」
──まぁ、そりゃそうだよな……
正直、そこの点についてはアテにしてなかったのでなんとも思わなかった。
「…………」
ふと、俺はアイネが強張った表情をしていることに気が付いた。
他の皆に隠れるような位置にいるものの、まるで魔物に遭遇したかのような敵意を瞳に宿している。
その視線の先はどうもエイミーの方に向かっているようにみえた。
──何かあったのだろうか?
そうでなくても、彼女の表情を見ていると放っておくことはできない。
俺はアイネに声をかけてみることにした。
「アイネ?」
「え、えっ? なんすか?」
俺の言葉に、体をびくりと震わせるアイネ。
そのオーバーな反応に思わず恐縮してしまう。
「いや……なんか怒ってるように見えたから」
「そ、そうすか? そんなことないすよ」
ニッと歯を見せて笑ってくるアイネ。
しかしかなり無理して作っている感じが否めない。
少し心配になってじっとアイネの事を見つめていると、アイネは俺から逃げるように視線をそらした。
「さて、いい感じに書類もまとまっているし今日は解散してくれて結構だよ。報酬の支払いは明日までには済ませておくから。何かわかったらまた招集がくるかもしれないけどよろしくね」
そんな中、ハナエがパンパンと手を叩きながら朗らかな声でそう言った。
その言葉で今までスイの後ろで黙っていたジョニーが一気に立ち上がる。
「ならばここで俺が奏でようっ! 苛烈なクエストから帰還し自由に酔う勇者達に贈る祝勝の歌をっ! ロックン──」
「アンタは黙らんかっ!!」
最後まで言葉を続ける前にハナエの拳がジョニーの持っているしゃみせ──もとい、エレキギターを打ち砕いた。
「あぁあああああああっ!! オレの! オレのエンジェリカがあああっ!! 魂のエレキギターがあっ!!」
「そんじゃお疲れさん。今日はありがとね」
絶叫をあげるジョニーを前に、ハナエは特に悪びれることもなくにこやかに笑って俺の肩を叩いて部屋を出て行った。
割と壮絶な壊れ方をしているが──その態度を見ていると感覚が麻痺してきそうになる。
「さて、今日も無事に帰還する事ができた喜びを分かち合おうじゃないか。エイミー、今日の夜は空いているかい?」
「え? そうですねぇ……」
「んぬうううう! エイミーッ! そんな筋肉の無い男と一緒にいっても幸せにはなれんぞっ!!」
「クッチャクッチャクッチャクッチャ………」
「ハァハァ……ポイドラ……任務が終わったからってそんなに食べたら……アハァッ!」
残ったのは中々強烈な個性をかもしだすカーデリーギルドのメンバー達。
一度、ちらりとエイミーと視線があった気がしたが特にここに留まってやることも見つからない。
「……とりあえず外に出ようか」
そう声をかけると、スイ達は苦笑しながら頷く。
こうして、カーデリーの自由時間が始まった。