209話 黒水晶
パッとみただけで何か怪しい物が見つかったら苦労しない。
よく分からない文字が書いてある本に子供向けと思われるような絵本、果ては食器まで。
あまりに統一感の無い物の置き方がされており、ジャンク品でもあさっているような気分になる。
「……あれ」
部屋の端に移動しながら棚を探っていると、その棚に隠れるような位置に置いてある箱を見つけた。
一見なんの変哲もない木箱なのだが──妙に気になってそれを開けてみる。
「うわっ、なにこれっ!?」
ふたを開けて目にとびこんできたのは大量の黒い物体。それを見てトワが頓狂な声を出す。
一瞬、炭かと思ったがそうでもないらしい。僅かに透明になっていてガラスのような感触がする。
──クリスタル……?
「リーダー、何かみつかったんすか?」
トワの声をきいたのかアイネがわたわたと走り寄ってきた。
俺の肩に顎をのせるような体勢でアイネが木箱をのぞきこんでくる。
突然の急接近に少し心臓が高鳴るのを感じた。
「いや、えっと……」
「あ、これ……先輩!」
それも束の間、アイネはすっと俺から離れてスイを呼びに行く。
「……ん、アイネ?」
「これっ! 最後にレシルがかざしてたクリスタルと似てないっすか?」
そう言いながらアイネは木箱の中にあるクリスタルの一つを取り出してスイに見せる。
それにぐっと顔を近づけて目を細めるスイ。
「これは……リーダーの召喚クリスタルとは違いますよね」
「あぁ。召喚クリスタルではないのは確かだと思う」
念のためソウルサモンを使ってみるが反応が無い。
というか、召喚クリスタルにしては形があまりにも歪すぎる。色は確かに似ているのだが、妙に刺々しい凹凸がいくつもついているのだ。こんなものは召喚クリスタルには無い。
「最後にレシルがいなくなった時の光から考えるなら……もしかして、誰かを転移させる類の物でしょうか。ほら、最初に私達がバラバラになった時も……」
「うーん。なんとも無さそうな感じなんすけどね……」
クリスタルを手に取りあちこちの方向からじっとそれを見つめるアイネ。
彼女の言う通り形こそ妙な感じではあるが特に何かあるといったものには見えない。
──なら、なんでそんなものが大量に?
レシルがここで生活していたのであれば、そんな物を大量にとっておく意味が分からない。
もともと遺跡にあった物なのかもしれないが……やはり警戒は解けなかった。
「あっ、こっちにもあったよ。ほらー!」
「おっ、トワちゃんお手柄っすね!」
「でしょでしょっ」
そんな俺の内心とは対照的にアイネとトワは朗らかに笑っている。
どうやら棚の上にも木箱があったようだ。アイネが棚をのぼってその箱を持ってくる。
「ふーむ。こっちはなんか立派なものに入ってるね」
「どれどれ……」
木箱に捨てられるように詰め込まれていたさっきのものとは違い、その木箱の中には大量の四角いガラスのケースが並べられておりその中に黒いクリスタルが入っていた。
まるで宝石をしまっているかのような扱い方にただならぬものを感じる。
「……とにかくこれは持って帰りましょうか。トワ」
「アハハッ、そだね。ここなら人にみられないもんね」
スイのアイコンタクトを受けてトワがそのクリスタルがしまわれているケースに手を触れた。
彼女が使う物体を異空間に収納する空間魔法──アイテムポーチ。それによってクリスタルがガラスのケースごとフェードアウトするように消えていく。
すると──
「……ん?」
「っ!?」
ドシン、という揺れが走った。
すぐさま剣を抜き周囲を見渡すスイ。
「あ、あれ? なに? なんなの、この揺れ」
「──!? みんな、外へっ!」
「りょ、了解っす!」
怒声に近い声色でスイが叫ぶ。
その声に体を叩かれたように部屋から飛び出すアイネ。
「……え?」
徐々に強くなっていく振動。
あまりに急に訪れたその異変に若干、トワの反応が遅れた。
「トワッ!」
「きゃっ!?」
小さな悲鳴を無視してトワを握りしめる。
直後、俺が今いる部屋が崩れ落ちてきた。
「う、うっそーっ!」
「くっ……」
なんとか身を乗り出して部屋から出る。
先ほどまで俺達が居た場所が完全に天井で潰されたのはそこから一秒も経たない時だった。
「だ、大丈夫ですかっ!」
「怪我はっ!?」
「う、うん……ごめんごめん……」
スイとアイネが顔を強張らせながら話しかけてきた。
申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるトワ。
「なんだ、どうした、何が起きた!? ゲリラライブか!」
「敵が来襲してきたと言われても驚かないような嫌な音が聞こえてきたんだけどこれは戦闘開始という理解で正しいのかな」
と、ジョニーとフレッドが血相をかえてこちらの方に走り寄ってくる。
「い、いえ……ここを調査してたら……んあっ!?」
それに答えようとした瞬間、再び振動が走った。
しかもそれはさっきの振動よりも大きい。
同時に聞こえてくるのはピシピシと何かが割れる音。
「……え、もしかして……」
まさかと思いつつ周囲を見渡してみる。
すると、先ほどまで新築に近い見た目を誇っていた石の壁に大量のヒビが入っているのが見えた。
「いけないっ! トワ、転移魔法をっ!!」
「えっ!? でも──」
スイがそう叫ぶもののトワは戸惑いの表情を見せている。
それもそのはず、さっき試そうとして失敗したばかりなのだから。
だがスイがそれを知るはずも無い。
「早くっ!」
「あぁーっ! じゃあ皆、こっちに来てっ!」
「え? な、何が起きて……え?」
「クッチャクッチャクッチャクッチャ」
「時間がありません! トワの言う通りにしてくださいっ!」
皆、何をするつもりなのかという怪訝な顔をしているが答えている余裕は無い。
トワは俺達が全員近くにいることを確認するとぎゅっと目を瞑り半ばやけくそといった感じで声を張り上げる。
「いくよっ!! とりゃああああっ!!」
白い光が俺達を包んだのは、その直後のことだった。