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20話 切り替え弁当

 と、心の中でなんとかアーロンへの信頼を上げようと俺が努力する中、聞き覚えのある声が耳に届いてきた。


「あら? 噂をすればなんとやらね……」


 少し苦笑いを浮かべるアーロン。

 多分、俺も同じような表情をしていたと思う。


「こんにちは。探してました」

「これからウチらはご飯っす! 一緒にどうっすか?」


 振り返ると、そこには予想通りスイとアイネの姿があった。

 二人とも小さな包みを手に持っている。どうやらこれからお弁当を食べるようだ。

 しかし、アーロンは首を横に振る。


「そうね……私は遠慮しておくわ。これから薬草を届けないといけないし」

「えっ? あ、そ、そうですよね……ごめんなさい……」


 一瞬、怪訝な顔で首をかしげるがすぐにスイはぺこりと頭をさげた。

 まぁ仕方がない、今は仕事中なのだ。

 せめてこの薬草をギルドに届けてからだったら一緒にいることもできたのだが。

 と、アーロンが俺の肩をつんつんと叩いてくる。


「はい」

「え?」


 手のひらをこちらに向けるアーロン。その意味が分からず、俺は首をかしげる。


「……だから、その薬草こっちにちょうだい」


 察しが悪いわねぇ、と付け足しながら苦笑するアーロン。


 ──え、俺は?


 足元に置かれている薬草をいれた袋とアーロンを交互に見る。


「いや、俺は……」


 と、俺が声をあげようとするとアーロンが物凄い勢いで俺の方に近寄ってきた。

 そのまま肩を抱かれぐいっと耳の近くまで頭を寄せる。

 一瞬の出来事すぎて対応できなかった──というか、迫ってくる巨体のプレッシャーで動けなかった。


「分からないの? 貴方を誘いに来たんでしょっ!」

「いや、でもまだギルドに薬草を届けてないし……アーロンさんだけいかせるわけには……」

「んもぅ! いくら私がかわいいからって本命をおろそかにしちゃだめよっ!」

「うわぁっ!?」


 すかさずとんでくる腹パン。

 手加減してくれているようで痛くはない。痛くはないのだが──

 自分より遥かに大きな体格を誇るアーロンの動きが怖くて仕方がない。

 日本でカツアゲされた記憶に出てくる相手なんかより遥かにプレッシャーを感じた。


「ちょっ、アーロンさんっ! 彼は一般人なんですから……」

「あら、ごめんなさい。うっかりしてたわ。そうね、貴方の大事な人だものね」

「なっ──!」


 そう言われるとスイは急に顔を真っ赤にする。


「だから、そういうのじゃないって、違いますって!!」


 アーロンの方に詰め寄りあわてて否定するスイ。


 ──そこまで必死に否定されると、それはそれでちょっと寂しい。


「冗談よ。貴方もこれぐらい軽く流せるようになりなさい」

「ぅ……」


 だが、もとよりアーロンも本気ではない。むしろ、スイを戒めるためのものだったようだ。

 少し呆れたように、しかし優しく目を細めながらスイの頭をぽんと叩く。

 その姿はスイの母のようだった。ちょっとガタイがよくて顔が邪悪なオーラを出しているが。


 ──俺には分かるぞ、彼女の清らかな心がっ!


 と、アイネはぐぐっと前かがみになるとスイの顔をのぞきこむ。


「でも昨日大変だったんすよ? ぶっつぶれた先輩がもう重くて重くて……」

「うっ! お、重いっ!? おもっ、重くはないでしょう? 重くは……ないよね?」


 そういえば……と俺は、酔いつぶれたスイを最後に引き渡されたのがアイネだったことを思い出す。

 男が彼女の身体をべたべたと触るのがいけないから──という建前で皆スイのことを押し付け合っていた。ようするにアイネが貧乏くじをひいたのだ。


 ──すまない、アイネ。スイをおぶったりするのはさすがに恥ずかしすぎたんだ。でも、重いって言うのはよくないと思うぞ、多分……


「あ、あの……昨日は、すいませんでした……なんか、うろ覚えなんですけど……私、貴方にすっごく迷惑かけたみたいで……申し訳ないです、本当に恥ずかしい……」


 と、スイが俺の方に振り向きぺこぺこと頭を下げてくる。


 ──まいったなぁ。


 昨日の事を思い出して胸の鼓動が早まるのを感じた。

 彼女の唇の感触は強烈に人差し指に焼き付いてしまっている。

 意識しないようにはしていたが、やはり改めて言われると恥ずかしい。


「いやぁ、あれはスイさんってより周りのせいだと思います。気にしないでください」


 だが、そんな俺の内心を知ったら彼女は傷ついてしまうのではないか。

 酔った勢いで煽られ男に迫って、しかもその男が内心でその時の体験を思い出しちゃったりしているのだ。


 ──うわぁ……屈辱的だろうなぁ……


 なんとか顔に出さないように平静を取り繕う。


「んでも先輩も意地っ張りっす! 少し煽られたぐらいでふつーあんなに飲まないっす!」


 アイネがぷぅっと頬を膨らませる。貧乏くじをひかされたのを相当根に持っているようだ。


 ──アイネも煽っていたし、自業自得な気がするんだけどなぁ。


 と、少し険悪になりそうな空気を察知したのかアーロンが口を挟んできた。


「あらぁ。火花散ってるわねぇ……男の取り合いかしら? 二人で仲良くお嫁さんになるってのも、アリなのよ?」

「ち、違うっす! ウチはそんなつもりじゃないっすから! ま、マジっす!」

「ほら、貴方も同じよ」

「あぅっ!」


 アーロンはアイネの頭に軽くチョップをする。

 

 ──なるほど、うまくまとめるものだ。


 内心で感心してしまう。

 アーロンは、見た目はおかしいが中身はまともな大人だ。……多分。


「ま、仲良くね。お邪魔むしは退散するわ。じゃね」

「んぐっ……」


 そう言いながら手を振り、背を向けるアーロン。

 最後まで茶化した言葉を投げかけるがアーロンに言われた手前、二人は何か言いたそうなのをぐっと我慢していた。


「はぁ、ごめんなさいね。なんか変なこと言われちゃって……」

「ほ、ほんとっす。ウチら、そういうつもりじゃないっすから!」


 アーロンの背中が小さくなったころあいを見計らって、二人が声をあげる。

 分かっています、と俺は返事をすると二人のもっている包みに視線を移した。

もしかしなくても、再び彼女達の手料理が食べられるのだろうか。


「あ、そうだ……これ……一緒に食べませんか?」

「料理勝負第二弾! 今度のテーマはブラックボア肉の生姜焼き定食っす!」


 二人はそう言いながら辺りをきょろきょろと見回し座れそうな場所を探し出だす。

 その意図を察して、俺は心当たりのある場所を指さした。

誰がやったかはしらないが休憩のために切り株が置かれている場所があったのだ。


 ──それにしても、生姜焼きか……


 どの世界でも同じような調理方法を思いつくものだ。

 ブラックボアはゲームに出てくる魔物の一種だ。その名の通り黒い猪でレベルはそこまで高くない。

 確かドロップアイテムは黒猪の肉、というものがあった気がする。

 ゲームでも食用になる魔物であるという設定があったはずだ。


「貴方の分もあります、どうでしょう……」


 と、スイがおそるおそる、と言った感じで俺の事を見上げてきた。

 それを見て自分がはっきりと言葉で気持ちを伝えてなかったことに気づいた。

 

「ありがとうございます。ご馳走になりますね」


 ──少し失礼だったかな。


 俺はそんな自分の態度を反省しながら努めて明るい声を出した。

 とにかく、昨日のことは忘れよう。

 それが多分、一番スイが喜ぶことだと思うから。

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