208話 魔物か否か
中の光景を見た瞬間、アイネが首を傾げる。
小さなベッドが一つに本棚や机が置いてあることから誰かが生活していたとは予想できる。
しかし、壁を無理矢理削り取ったような洞窟のような見た目や、無造作に並べられたそれらは、部屋というより粗大ごみ置き場みたいな雰囲気を作り出していた。
「アハハッ、ちょっと汚いねー」
苦笑するトワに、スイとアイネは同じような表情を浮かべながら無言で首肯する。
「でも生活できそうな場所だな」
「ふむ……最近使われた跡がありますね。これとか埃がありませんし」
置いてある家具を指でなぞりながらスイがそう言う。
「あの女の子──レシルが住んでいたってことっすか?」
「そう考えるのが自然だね」
「何者なんすかね、あの子……」
詳しい状況は見ていないがスイとアイネ二人を相手にしても競り勝っていたのだ。
相当なレベルであることはすぐに分かる。
そしてそんな強さを持っていながらアイネのみならずスイまでも彼女の正体について全く心当たりがなさそうなことも。
──ふと、ある考えがよぎった。
「魔物、じゃないよな?」
「……え?」
俺の言葉に、皆が一斉に俺に怪訝な顔を向けてくる。
「いや、えっと……」
ちょっと口走っただけだったのだが変な空気になってしまった。
当然だろう。レシルの姿を見たら彼女が人間だと思うのが普通だ。
それが分かっているだけに、逃げるように視線を泳がせているとアイネが苦笑しながら声をあげる。
「確かにとんでもない強さだったっすけど……流石にそれは……」
「待って」
それをスイがやや鋭い声色で遮った。
少し目を見開いて驚いた様子を見せるアイネ。
そんな彼女を前にスイは思い返す様に顎に手を添えながら言葉を紡ぐ。
「彼女、私達のことを何度も『人間』とか言ってなかった?」
「へ?」
「戦いの最中は気にしてる余裕なんてなかったけど……思い返してみると不自然な言い方してなかったかな……?」
そう言いながらスイはじっとアイネを見つめる。
続くようにアイネに視線を移す俺とトワ。
「んー……えっと……」
複雑な表情で頭を両手でおさえるアイネ。
必死に先ほどまでの事を思いだしているようだ。
「リーダー、なんで彼女が魔物だと思ったんですか?」
アイネが記憶を探るのを邪魔しないようにするためでもあるだろう。
スイは俺に視線を移してそうきいてきた。
「あの子の使ったスキルだよ。ダークネスブレード……あれ、魔物が使うスキルだったから……」
「魔物が使うスキル? どうしてそんな事が分かるのですか?」
「え? えっと、それは……」
俺がやっていたゲームには敵──つまり魔物だけが使うスキルがいくつかある。
ダークネスブレードもその一種だ。レベル150以上の大型モンスターが使ってくる大技。
ボスモンスターが使うこのスキルは一度で同レベルのパーティが壊滅する程で対策必須と言われていたため印象に残っている。
もっとも、レシルなんて魔物はきいたこともない。人間に近い姿をした魔物もいるが一目見て魔物だと分かるような特徴を有しているものばかりだ。
そもそも俺が異世界から来たという事は彼女達に話したがゲームのことは話していない。
──どうやって話せばいいんだ?
「ごめん……うまく説明できそうにない……」
結局その答えを出すことができず。
我ながらとてつもなくうさんくさい言い方になってしまった。
「いえっ、詮索のつもりではなかったのでっ! お気になさらず」
「あ、いや別に……」
ぺこぺこと頭をさげるスイに俺も恐縮してしまう。
そんな不毛な空気の中、丁度良いタイミングでアイネが声をあげてくれた。
「んーっと……たしかに自分が人間じゃないような言い方だった気がするっすね……」
「魔王様の加護、なんてことも言ってたよね。たしか」
続くトワの言葉は俺にも心当たりがあった。
魔王様の加護というのがなにをさすのかは不明だが彼女が魔物ならそういったワードを口走るのは自然に見える。
「……だめですね。全然分からないです。レシルがここで何をしていたのか、彼女が何者なのか……そもそも、先行した調査隊がどうなったのか」
ぼやくようなスイの声に今更ながら調査隊の事を思いだした。
ここに来るまでの間に調査隊はおろか遺体すら見つかっていない。
彼らが消息不明となった理由にレシルがからんでいる可能性はかなり高いが結局のところ何も判明していないのだ。
「え? 実験でしょ。そう言ってたじゃん」
と、トワがあっけらかんとした表情でそう言い放つ。
「実験っていっても……なんのですか?」
「……さぁ?」
苦笑するトワ。そんなに深く考えずに言った言葉なのだろう。
とはいえトワの言ったそのキーワードはレシルについての手がかりになりそうなものだ。
俺も彼女とのやり取りをしっかりと思い出していく。
「とりあえずここら辺にあるものを持ち帰ってみるのはどうっすか? もしかしたら手がかりとかあるかも」
やや沈黙が長引いていたせいだろうか。
少し気まずそうにアイネがそう提案してくる。
「じゃあ私、こっちの方探してみる」
「ほーい。じゃあウチは……」
そうこうしている間にスイとアイネは散り散りになって周囲を探索しはじめた。
あっという間に俺は部屋の真ん中で取り残される。
──まぁ、考えても分かるもんじゃないか……
こういう時は彼女達のように体を動かしたほうがいいだろう。
そう考えて俺は近くにあった棚を調べていく。
「どう、リーダー君。何かありそう?」
「そう言われてもなぁ……うーん……」