206話 冤罪
「そうかな」
「なんであたしを攻撃しないのよ」
「そんなことしたら話しができないだろ」
「ぐっ……」
目をそらして唇をくっとかむ少女。
しばらくすると、彼女は震えた声で名前を答えてくれた。
「……レ、レシルよ」
「そうか、答えてくれてありがとう。レシル」
「何よ、調子狂うわね……」
レシルは片方の手で頬をかき、目を泳がせている。
こうしてみるとただの愛らしい少女なのだが──体についた血や禍々しい黒金の鎧が俺の緊張感をかきたてる。
「で、レシルはなんでスイ達と戦ってたんだ?」
「……答える必要ないわ。そ、それより手を離して……」
もごもごとした口調で視線をそらし続けるレシル。
だが、そう言われて無条件で手を離しても良いような無害な相手ではないだろう。
じっとレシルを見つめて答えてくれるのを待つ。
「きさまあっ! エイミーを傷つけておいてそんな答えが許されるとも──」
「クッチャクッチャクッチャクッチャ」
「グフォ!?」
ふと、後ろでノーマンが倒れこむ音がきこえた。
レシルから視線をそらすわけにはいかないため直接見えてはいないが、どうもポイドラがノーマンを抑え込んだらしい。
呆れたように笑うアイネとトワの声がきこえてくる。
「……アハハッ、リーダーに任せろって言ってるみたいだよ」
「そ、それはその通りっすけど……はは……」
「あぁ、いいなぁ。僕もポイドラにあんなふうに抱きしめられたい、そして……アハァッ!」
──やっぱり無視しておこう、うん……
改めてもう一度レシルに話しかける。
「話せない理由があるのか?」
「答えたくない。手、離して」
返ってくるのは淡泊な声。
しかしそれでひくわけにはいかない。
「俺達をバラバラに転移させたのはレシルなのか?」
「離して……」
「前に来た調査隊について何かしってるか?」
「ぐっ……う……」
レシルの顔がどんどん赤くなっていく。
「あー……レシル?」
「…………して」
「え?」
「手、離して! 離してよおっ!!」
「!?」
空いた手で必死に俺の胸をなぐりながらそう訴えてくるレシル。
今まで必死にこらえていたものが一気にあふれ出てきたのだろう。
目からは大粒の涙がこぼれている。
──そ、そんなに嫌なのか……?
女の子の手を掴み続けるというのは、まぁ確かに見ていてあまり気持ちの良いものではないだろう。
しかし、それにしたってここまでの反応をされるとは思っていなかった。
「いや、だって──」
とはいえ手を離すわけにもいかず。
しばらくするとレシルは絶望しきった表情で項垂れるとぼそりと呟いた。
「……でしょ」
「え?」
「し、ちゃ……」
肩を震わせて俺から遠ざかろうとするも、壁際に追い詰められているせいでうまく逃げられていない。
本格的に犯罪的な絵面になってきた気がする。
そしてそれは、直後に叫んだレシルの言葉で更に増すことになった。
「妊娠しちゃうでしょっ!! バカアアッ!!」
──はい?
思考が硬直する。
レシルが叫び続けているはずなのに周囲の空気の振動が完全に止まったような感覚がある。
「いやなのっ! 絶対嫌っ! こんなところで、知らない人間の子供を孕まされるなんて! いやっ!!」
狂ったように悲痛な叫び声を出し続けるレシル。
キンキンと鼓膜を刺激するその声が、逆に俺の冷静さを取り戻させた。
「いや、ちょっと待て! 待て!!」
「変態っ! 変態っ!!」
よほど混乱しているのだろう。大剣などかなぐりすててポカポカと俺の胸を叩き続けている。
正直全然威力が出ていないのだが──そういう問題でもない。
というか、明らかにこのシーンだけ見たら俺は牢獄行きだろう。
そんな恐怖が胸をよぎり俺は半ば反射的に皆の方にふり返り訴える。
「違う! 違うぞっ! 俺は何もやってない!!」
「え、えぇ……ですよね?」
半笑いになりながらそう答えるスイ。
しかしあまりにレシルの声色が鬼気迫っているので本当に俺が彼女を犯したかのような錯覚を感じてきてしまう。
「何言ってるのよ! 手、繋がれてるのよ!? おと、男の人にっ!! 手!!」
「繋いでるっていうか、掴まれてるだけじゃ──」
「こんなに長い間、男の人と手を繋いでたら……妊娠しちゃうでしょうがああ!!」
──はぁ!?
あまりに自信満々に、そして必死に叫ぶレシルの姿を見て、俺は一瞬自分の知識を疑った。
急いでスイやアイネ、トワに視線を送ると彼女達は必死に首を横に振る。
「っ! 今だっ!!」
「おっ──」
さほど強い力ではなかったが、別のことに意識が飛びすぎていたせいだろう。
レシルは急に俺の体を突き飛ばし、壁を這うように移動する。
「ちょっ、あっ!」
「やめて! こないでっ!!」
「いや、レシルッ! 俺はそんな事しないって!!」
「したじゃないっ! いやっ、くるなああっ!」
強姦魔に犯される直前の少女とはこんなにも悲痛な声を出すものなのか。
……いや、俺は別に強姦魔ではないのだが。
──え、強姦魔じゃないよね? マジで。
「ハッ──ざ、残念だったわねっ! あたしには魔王様の加護があるの。こ、ここでの実験も限界を感じてたし……もう、逃げてやるわっ!!」
ふと、レシルが不気味に黒く輝くクリスタルを取り出した。
一瞬、俺の持っている召喚クリスタルを連想したが明らかに違う。
息を整えながらクリスタルを前方にかざし、少女は何かぶつぶつと聞いたことの無い単語を呟き始めた。
「え、ちょっと待てっ!」
「つ、次に会ったら覚えてなさいっ! あ、あんた……もしできてたら……ぜ、絶対殺すっ!!」
何かの詠唱が終わると、レシルはまるで親でも殺されたかのごとく憎しみに満ちた視線を俺に送ってくる。
その迫力に気圧され足を止めたその瞬間、そのクリスタルは急にまばゆい白い光を放ち始めた。
それはこの遺跡に入る時に見た光と酷似していて──
「消えた……?」
それが収まる頃にはレシルは俺達の前から姿を消していた。
あまりに急激に訪れたその沈黙は俺の肌をさすように緊張を刺激する。
「……俺、何もしてないよ?」
とりあえず。
少なくとも、この場にいる人に誤解されたくなくて俺はそう言ってみた。