204話 過大な煽り
「はぁ? 実際、傷を負っているようですけどぉ。スイとアイネ二人相手でもそれなのにリーダーさんが加わるんですぅ。リーダーさんはゴーレムなんて一瞬で片付けられるぐらい強いんですよぉ。さっきもわたしのこと守ってくれましたしぃ」
「っ……」
エイミーがそう言うと、俺にくっついていたアイネが嫌そうに顔を歪めた。
……何かあったのだろうか。そうでなくても、あまり好感のもてるような話し方ではないのは確かだが。
「ふぅん。確かにあんたは強そうね……今の、まぐれじゃないんでしょう?」
「…………」
意外にも少女は冷静な声色で俺に視線を移す。
どう答えていいか分からず沈黙していると少女は真顔のままエイミーに視線を戻した。
「……でも、ヤバいわ。あんた、何故だかわからないけどめっちゃむかつく」
「はぁ?」
「もともと見逃すつもりはないけれど……あんたは絶対、ブチ殺すわ」
「は? それって──」
少女の言葉に、エイミーがわざとらしく口を大きくあけてきょとんとした顔をつくる。
そして数秒の間を置くと、エイミーは大声で笑い始めた。
「……ぷっ、あはははははははっ!!」
一人で笑い始めること十秒ほど。
一向にとまる気配の見せない彼女の笑い声に怪訝な表情を見せたのは俺や少女だけではない。
「なに? 何考えてるわけ?」
誰かが声をかけなければ永遠に続きそうなエイミーの爆笑。
それにうんざりしたような口調で少女が話しかけてきた。
「あははははっ、いやー、なんかかわいそうだなぁって。貴方みたいなガキんちょにはお似合いですけどぉ」
「はぁ……?」
意味が分からないと言いたげに首を傾げる少女。
だがその感情は俺も同じだ。どういう意味かとエイミーの顔を見る。
「エ、エイミーさん……あ、あんまり……そ、その……挑発しない方が……」
「うるさいわねっ! リーダーさんがいればわたし達は安全なのよっ!!」
「ひっ!? す、すいません……」
不安そうに眉をひそめるリルトをはねのけてエイミーが声を荒立たせる。
「……聞いてあげるわ。言ってみなさいよ。何がかわいそうなわけ?」
対照的に淡泊な声を出す少女。
そんな彼女に、エイミーはバカにするようにククク、と笑い声を押し殺しながら言葉を放つ。
「だってぇ。わたしは強い男の人に囲まれて安全だけど、貴方は誰も守ってくれる人がいないでしょぉ?」
「は……?」
「だからぁ、貴方は嫉妬しているんですよぉ。女の幸せを享受できているわたしにね~!」
「何言ってるの?」
胸を張るエイミーに、少女が心底あきれ果てたと言わんばかりに呆けた表情を見せる。
「フハハッ! この逞しき筋肉が作り出す理想郷を知らないとはな。確かに可哀そうな女だ」
「……ノーマン」
少女に声をかけるノーマンをフレッドが制止した。
しかしエイミーの勢いは止まらない。
「強い男の人に囲まれて守られる。わたしのために男の人が戦ってくれる。それこそが女の幸せでしょう~?」
──別にエイミーさんのために戦うわけじゃないけどな……
エイミーの言葉に、地味な不快感を覚える。
どうも彼女は自意識過剰っぽいところがあるらしい。
「……そういうもんっすかね?」
「うーん……」
スイとアイネはエイミーの言葉にピンと来ていないらしい。
そしてそれは少女も同じだったらしい。自信満々な態度を見せるエイミーに対し驚きの表情すら見せている。
「だから貴方はぁ、嫉妬しちゃっているんですよぉ。自分がやりたいことをぉ、やれちゃってるわたしにぃね~。あはははははっ」
「……『やりたいこと』?」
だが、次のエイミーの言葉に少女はぴくりと反応した。
そのくいつきに手ごたえを感じたのかエイミーがにやりと笑う。
「そうですよぉ。やりたいことをやれないなんて生きてる意味なんてないでしょぉ? ほんっと可哀そうなガキんちょですぅ」
「やりたいこと……意味……?」
やや茫然としながらエイミーの言葉を反芻する少女。
「ふふ、うふふふふっ」
だが、しばらくすると少女は意趣返しをしているかのように唐突に笑いだす。
「くだらない、くだらないわっ! 女の幸せ? やりたいこと? バッカじゃないの!?」
大剣を地面に叩きつけながらそう叫ぶ少女。
急に爆発したその感情と殺気に、エイミーも言葉を止めた。
「所詮人間ねっ! 生きる意味? あっはははははは!! 何語っちゃってるの? ここで死ぬのに」
少女が大剣を構える。
その剣先から黒いオーラが放たれ始めた。
「まぁいいわ。どうせあたしの敵になりそうな相手なんて、あんたしかいないもんねっ!」
「──!」
そう言うやいなや、少女は一気に俺に向かって突進をしかけてくる。
アイネのひきつった息をのむ音がきこえてきた。
「おおおおおおっ!」
だがそんなアイネの事など目に映っていないのか。
少女の目は真っ直ぐ俺の方に向いていた。
とはいえ近くにアイネがいる。下手に回避してアイネが巻き添えになってしまうのは避けたい。
だとすれば──
「なっ、うそ──!?」
少女の大剣をつまんで止める。
しかし突進の勢いは止まらない。
少女の体は慣性の法則により剣を置いて前に出る。
その隙をついて、俺は彼女の腹部めがけて『通常攻撃』を放った。
「うぐっ!?」
黒ずんだ金の鎧がガラスのように砕け散る。
その破片から守るためにアイネを抱き寄せて少女に背を向けた。
「ひゃっ……」
「かっ──!?」
アイネの小さな声とガンッ、という衝撃音がほぼ同時に聞こえてくる。
ふり返ると、少女の体は向こう側の壁に思いっきり叩きつけられていた。
──死んでないよな? 手加減はしたんだけど……
それを確認する意味もあって、俺はすぐに練気と無影縮地を使い、少女の傍による。
「くはっ──え、えっ……?」
何が起こったのか理解していないのだろうか。
少女はやや虚ろな瞳で俺の事を見上げている。
「あー……その、色々聞きたいことがあるんだけどさ」
意識した訳でないが結果的に壁ドンのような体勢になってしまっている。
少女の怯えたような表情が、ぐさりと胸にささった気がした。
「……まず名前きいていい?」