202話 闇の剣
淡々とした声色でスイがそう言い放つ。
彼女が言う通り、目の前の敵は少女と表現する方が的確な外観をしていた。
セミロングにさらりと伸びた紫の髪。不気味な程に美しく金色に輝く瞳。
口からこぼれる血と、吊り上った眉のせいで歪んでしまっているが、その顔つきは、恐ろしいほどに端正なものだった。
そのうえでこの強さ。着ている鎧をもう少し綺麗にして、ニコニコと笑っていれば国王の直属騎士として可愛がられていたことだろう。
「あんた達と変わらない? それって結構屈辱的ね」
その少女は、今までよりもワントーン声を低くする。
見下すような発言内容とは裏腹に、もはやその表情からは傲慢、油断などというものは見つけられなかった。
アイネは練気・拳を使うとスイにアイコンタクトを送る。
「先輩……!」
「うん。分かってる……でも、今の私達なら互角に戦えるかもしれない。気力はまだある?」
「だ、大丈夫っす! 多分、この曲のおかげっすね……」
アイネの言葉にきょとんとした顔を見せるスイ。
だがすぐにその意味を理解したのだろう。勇ましく微笑むとスイは剣を強く握りしめた。
「リーダー……!」
目の前の敵に夢中に気づいていなかったが、いつのまにか聞こえてくるオカリナの曲は変化していた。
鼓舞するような曲から、眠りに誘うような優しく緩やかなメロディ。
それに加えて、自分達の体から舞い上がる光の粒子は赤から緑へと変化している。
「互角? ハッ──冗談じゃないわ。バカにしないでくれる?」
歪に口角を上げながら、その少女は足を一歩前に出した。
その冷え切った目つきにスイもアイネも息をのむ。
──まだ、彼女は本気じゃないっ……!
それを自覚し、スイが喉を鳴らした時だった。
「きゃあああああああああああっ!」
遠くから聞こえてきたその声に、二人は体を震わせる。
「えっ、この声って……」
「エイミーさん? なんでっ──まさかっ!」
ハッとした表情で声のした方を振り返るアイネ。
「新手のゴーレムっすかっ!」
「っ!」
スイの顔から血の気が引いた。
何故、この場所から逃げれば彼女達は安全だと思い込んでいたのか。そんな思いからくる後悔が二人に隙を作る。
「そんな事気にしてる場合なのかしらねっ!」
「っ!?」
二人が気づいた時には、その少女は既に自身の間合いまで距離を詰めていた。
この敵を前に、あまりにも迂闊な行動。二重の後悔が二人の顔を曇らせる。
だがそれで動きが鈍る程、愚かでもなかった。
「アイネッ!」
「気功縛・白刃取り!」
スイがアイネの後ろに回り、アイネが両手を前にかざしながら少女に体を傾ける。
「くそっ……!」
するとその少女は急に剣をひいて攻撃を飛び膝蹴りに切り替えてきた。
それをスイが剣の腹で受け止める。
「やあああっ!!」
「ちいっ……」
「させないっ!」
剣の柄をスイの顎に向けて打ち付けようとするも、アイネが体を倒して無理矢理それを受け止める。
突き飛ばされるアイネの体。その後ろからスイが逆に少女の顎を拳で貫く。
「このっ!」
「ぐぅっ!」
のけぞりながらも瞬時に回し蹴りで反撃する少女。
不意にきたその攻撃には対応できずスイはそれを頭に受けてしまう。
「かはっ……」
「うあっ!」
「ちっ……」
三人とも体を後方に弾かれたことで距離ができた。
すぐに体勢を立て直し追撃に備えるスイとアイネ。
そんな二人を前に少女は露骨に無防備になりながら深呼吸をしはじめた。
「すーっ……もう面倒だわ。ほんと、なにやってんだろ……」
「……?」
やや自虐的な笑みを見せる少女。
その表情の意味が分からず怪訝な顔をするスイとアイネ。
だが──
「変にこだわっても意味ないし、これで終わりにしてあげる」
そう言うと少女は剣を両手で構え直し刃を地面に突きつけた。
その瞬間、少女の大剣全体が黒いオーラを放ち始める。
「……えっ」
「な、なに……これ……!」
困惑する二人を前に、少女は誇示するように大剣を上に向けた。
剣を纏う黒いオーラはどんどんその輝きを増していく。
やがてそのオーラは天井まで伸び続け巨大な剣のような形になった。
「知らないのなら冥土の土産に教えてあげる。人間には到達できない剣技の名前をっ!」
その剣を、一気に後ろにひいて横に構える。
オーラが天井を抉ったことで破片が周囲にふりまかれた。
「う、嘘!?」
「な、なんすかこれえっ!!」
とてつもなく巨大なオーラが周囲の遺跡を破壊していく。
繰り返される振動と破壊。中心にはスイとアイネを睨む一人の少女。
その少女が高らかに叫びながら、剣を持った腕を二人の方向へと払っていく。
「散りなさいっ! ダークネスブレードッ!!」
「──!?」
自らに襲い掛かる黒のオーラ。
それを目前にしても二人は動かなかった。
なにもその攻撃を認識できなかった訳ではない。
攻撃を受けたらどうなるのか予測できなかった訳でもない。
ただ、どうやってこれを回避すればいいか分からなかっただけ。
横に払われたオーラは彼女の掛け声とともに、急激にその幅を増している。
壁や柱や天井にとどまらず。この空間ごと、全てが彼女の剣に包まれるかのように。
「う……っそ……」
冗談でもなく比喩でもない。
ただただ、二人の視界全てが黒に染まっていく──
「悪い。遅くなったな」
はずだった。
「えっ──」
「これ、借りるぞ」
その声がする方向にスイが振りむく前に、一瞬何かが手元をよぎった。
それが何なのか確認する前に、スイは自分の剣が無くなっている事に気づいた。
「きゃああっ!?」
次にスイが認識したのは黄金の火花が弾ける風景。
耳をふさぎたくなる程大きなバチバチとした弾ける音と、少女の小さな悲鳴。
黒いオーラが一気に消えていく周囲の様子。
そして──
「……あ、ああっ!」
「う、ぅ……」
スイがハッと息をのむ。アイネが目を潤ませる。
二人が見たのは黒いコートを着た一人の青年。
「「リーダーッ!!」」
直後に響いたのは、驚きと安堵の色に満ちた二人の声。
――こうして。
遺跡の奥での彼女達の死闘は、幕を閉じることとなった。