201話 囮
「は? なに?」
急に見せたスイとアイネの力強い表情に仮面の女が困惑の声を出す。
「やあああああっ!」
「──ッ!」
対照的に、覇気のある声をあげながらスイが仮面の女に突進をしかけた。
ふと、仮面の女が息をのむ。
「ぐっ!?」
ギリギリの所でスイの剣は仮面の女を首に届くことなく弾かれた。
とはいえ、先程までとは明らかにスイの剣速は異なっている。
「……なに、どういう事?」
「答える必要はありませんっ!」
距離を詰めて裏拳。かわされても回し蹴りから剣を横薙ぎ。
反撃される前に体を一回転させて足を踏み出し、さらに距離をつめる。
「すっ──はっ、やああっ!」
「うわっ、う、嘘でしょ!?」
大剣を使う仮面の女にとって、近すぎる距離は不利な間合いだった。
持前の体術でスイの攻撃をしのいでいるものの防戦一方。
その急激な形勢の変化に仮面の女は動揺を隠せていない。
仮面の女は、左後ろ側にバックしてスイの剣をかわしていく。
「やあああっ!」
「くっ……」
今まで劣勢を強いられていた鬱憤を晴らすかのように攻めまくるスイ。
だが流石に、いつまでもそれを受け続けてくれるほど仮面の女も甘くはなかった。
「ハッ──! 随分お行儀のいい攻撃ねっ」
そう言いながら仮面の女は不意に剣を手放した。
その行動に目を見開くスイ。しかし攻撃の手は休めない。
他方、仮面の女は待っていたと言わんばかりに腕をスイの剣に向かって差し出す。
「っ!?」
スイの剣が仮面の女の小手を砕き、露出した腕を切り裂いた。
その血しぶきを見て、スイは眉をひそめる。
──え、あっさり……?
だが、次の瞬間。
「ブラッディリフレクション!」
仮面の女がそう叫んだ瞬間、その血しぶきが黒い炎へと変化した。
その炎はスイの剣から、その腕へと一気に移り彼女の体を覆いはじめる。
「こっ、これは──うあああああああああっ!!」
数秒の間を置いて、その黒い炎は一気に爆発し彼女の体を上へ押し上げた。
体をくの字にしながら弧を描いて弾き飛ぶスイ。
「あははっ、調子にのりすぎたわねっ!」
仮面の女の高らかな笑い声が響く。
だが──
「それはアンタの方じゃないっすか?」
「──は?」
背後から聞こえてきた冷えた少女の声で、仮面の女は声を途切らせる。
そして彼女はすぐに気づいた。今、自分が吹っ飛ばしたスイの表情に。
──アイツ、笑ってる……?
「……囮は私の方ですよ」
「えっ──」
ぼそりと呟くスイの声。
それを聞いて仮面の女は背後にふり返った。
そこには金の光を拳に纏ったアイネの姿。
──こいつ、いつの間にっ!?
「地襲崩獣拳!」
虎の頭のようなシルエットになった光が仮面の女の腹部を貫いた。
その衝撃を逃がさないように、アイネはさらに一歩踏み込む。
横から上へ、えぐるように腕を突出し仮面の女を宙に叩きあげた。
「うぐあああああああああっ!?」
雷光のように強く、激しく輝く光によって彼女は天井まで叩きつけられる。
直後に響くのは、およそ人間が叩きつけられたとは思えないような衝撃音。
「この威力……な、なにが……!!」
身を纏うローブが破れ、その下から黒ずんだ金の鎧が露わになる。
大剣を使うにはあまりに心許ない華奢な体のラインは、ゴツゴツとしたその鎧でもあまり隠せていない。
彼女が吐いた血が局地的な雨となり、それとともに仮面の女は力なく落下。
「がっ──づうっ!」
先のスイと同じように頭から地面に落下する。
ガシャン、と何かが砕けた音がした。
「ハーッ! ハー……! くっ、このスキル……ホントきつすぎっす……」
「ア、アイネ……だ、大丈夫……?」
「先輩こそっ……ぼ、ボロボ……ぐっ、はぁ、はぁっ……!」
肩を上限に動かして必死に息を整えるアイネ。
その後ろには剣を使いながら立ち上がるスイの姿。
二人とも、願うような目つきで倒れた仮面の女を見ている。
「……ふふっ」
その期待を裏切るように、仮面の女は声をあげた。
「やるじゃない。どうやら油断しすぎたようね……」
ゆっくりと顔をあげ、四つんばいになりながら立ち上がる。
あまりに無防備な姿勢。しかし、その雰囲気は今までよりも一層殺意が込められていた。
息を整えながら見守る二人。
「なるほど、あたしの防御力を考えるなら拳闘士に攻撃させた方が良いってことか。でも……これじゃあ足りないわね」
立ち上がったその姿を見て、スイとアイネはハッと息をのむ。
彼女がつけていた仮面はくだけ、血と汗によってその破片が一部だけ彼女の顔にこびりついていた。
それを苛立った表情で外し終えると、ペッと口に溜まった血を吐き出した。
「ぐっ、倒せない……っすか……」
「…………」
そこで初めて、二人は彼女の容姿を確認する。
上半身は黒ずんだ金の鎧。肩からは黒いリボンが羽のように伸びている。
腰の部分は真っ黒なコルセットのようなもので包まれていて、そこから下はスカート状の黒ずんだ金の鎧。
膝の上まで彼女の足を隠しているのはグリーヴというよりロングブーツと言った方がいいだろう。
レースアップされたそのブーツは彼女の引き締まった足のラインを強調しているようだった。
「やはり。私達とそう変わらない年齢のようですね……」