200話 反撃の音色
「剛破発剄!」
その剣の動きを止めたのは全身を気で纏ったアイネだった。
仮面の女の背後に仕掛けられたアイネの掌底。
「……うざ」
その不意打ちにも仮面の女はしっかりと反応する。
しかし、そのせいでスイに向ける予定だった剣の方向が狂ってしまった。
「ラアアアアッ!」
自分の攻撃が止められてもアイネは全く動じない。
むしろそうなることを予想していたと言わんばかりに、すぐさま追撃の拳を放つ。
「ハッ、雑魚がっ──邪魔なのよっ! 囮ってわけ!?」
「んがっ!?」
アイネの腕を肘で受け流しながら仮面の女は蹴りで反撃。
それは見事にアイネの腹部に命中した。
しかし──
「へ……へへっ、ただの囮じゃないっすよ……?」
彼女の足を抱きかかえ、その蹴りになんとか耐えるアイネ。
その表情を見て、仮面の女はハッと息をのんだ。
「気功縛・当身投げ!」
「なにっ!?」
そこで初めて、仮面の女の声に驚きの声が混じった。
アイネのスキル名の詠唱と共に、その体を纏う気が分散する。
それは縄のような形状となり仮面の女の全身を一気に縛り上げた。
「ラアアアアアアアアッ!」
「っ!?」
青白い光の縄を使って、アイネは仮面の女を投げ飛ばす。
大剣ごと仮面の女の体は無防備に地面に叩きつけられた。
そのまさかの反撃にスイは唖然とした表情を見せる。
「ア、アイネ……」
「先輩っ、早く回復をっ! 長くは持たないっす!」
「わ、分かった……」
懐からハイポーションを取り出して一気に飲むアイネ。
それを見てスイも急いでスカートの中からハイポーションを取り出す。
体勢を整え、剣の落ちた場所まで走り出すスイ。
「ぐぅ……ここで当身投げなんてっ! あたしの動きに反応したっていうの!!」
苛立った声が仮面の奥から響いてくる。地面に倒れこんだまま、恨めしげに顔をあげる仮面の女。
気功縛・当身投げは練気・体状態で使える拳闘士のスキル。
武器を使用しない攻撃を受けた際に、相手の動きを封じるカウンター技だ。
気功縛・白刃取りと異なり攻撃を無効化する事はできないが相手にダメージを与える事ができる。
仮面の女は大剣を所持している。だからこそ、武器を使わない攻撃に的を絞った、その技を使われることは彼女にとって想定外のことだった。
「……あんな至近距離に潜り込まれたら、そんなおっきな剣振り回せるはずないっしょ。読んだだけっすよ」
得意気な言葉づかいとは裏腹に、アイネの表情は強張っていた。
気功縛は一度攻撃を受けるか一定時間が経過する事でその効果が切れる。
そしてその時間は相手のレベルが高ければ高いほど短くなってしまう。
──この相手に、いつまでもつ……?
「こ、この雑魚があああああっ!!」
「くっ……!」
仮面の女が叫びながら腕を地面に突きたてる。
すると彼女の体を縛りつけていた縄状の光が一気に霧散した。
それを見て、アイネは唇をかみしめる。
――やっぱり、レベルはウチより遥かに上っ……
「そんなにお望みなら、あんたから殺してあげるわよっ、時間稼ぎしかできない囮役さんっ!」
仮面の向こうから放たれる明確な殺意を感じ取り、アイネは体を震わせた。
ふらり、と立ち上がり剣を構えなおす仮面の女。
「させないっ!!」
その背後からスイが斬りかかる。
僅かにため息を漏らす仮面の女。
「……ほんと面倒ね……さっさと死ねばいいのに」
ローブの下から小手を伸ばしその剣を受ける。
それでも体を前に倒しながら彼女に肉迫するスイ。
「貴方は何をしたのですかっ!」
「は?」
「この遺跡には既に二度、調査隊が派遣されています。その人たちはどこにっ!」
そう言いながらスイは腕を引いて剣先を彼女の首元に向ける。
そのまま一気に剣を前に突く。質問をしている相手に向けているとは思えないほど殺意に満ちた攻撃。
仮面の女はそれを悠悠と剣の柄で弾く。
「まだきいてくるわけ? あたしが直接戦ったわけじゃないし……知らないわよ。ゴーレムに殺されたんじゃない? 探せば死体も見つかるんじゃないかしら」
「ど、どういう──」
「いいから死ねっ!」
「きゃああっ!」
もう片方の手で裏拳をスイの顔に当てる。
見事にカウンターを受けのけぞるスイ。
そこにさらに仮面の女が大剣を叩き込む。
「ま、まだですっ! パワーブレイカー!!」
その大剣が自分に直撃する寸前、スイは自分の剣の柄を敵の剣に叩きつけた。
火花のような赤い光が放たれ、仮面の女の剣を包み込む。
「はぁ……まだあきらめてない訳? しぶと……」
そのまま剣を振り払いスイの体を押し出すと仮面の女は呆れたようにため息をつく。
パワーブレイカーは非常に威力の低い剣士のスキル。
だが、同時に敵の攻撃の威力を大幅に軽減する効果がある。
「た、倒れませんっ! なんとか耐えきれば……まだ……」
肩で息をしながらスイは剣を構えなおす。
そんな彼女を嘲笑するような笑い声が仮面の向こうから放たれた。
「まだ? まさかあんた、本当に生き残れると思ってるの?」
「…………」
無言で腰を低くし鋭く相手を睨むスイ。
それが彼女の気に障ったのだろう。いかにもわざとらしく舌打ちをすると仮面の女は剣を構えなおした。
「あっそ。じゃあ──ん?」
……だが。すぐに彼女は大剣をおろす。
それを見て──いや、それを見る前から、スイとアイネもふっと体の力を抜いた。
「曲?」
ぼそりとアイネがそう呟く。
聞こえてくるのは今までの戦闘にはまるで似合わない、おっとりとした優しい音色。
そしてその音色に合わない、勇ましく、鼓舞されるようなメロディ。
それが流れたのと同時に二人の体から赤い粒子が舞い始めた。
「え、何この音? どこからっ?」
仮面の女は慌てて周囲を見渡し始めるが、そんな音色を出す人物は見つからない。
「これは、まさか──そっかっ!」
「……間違いないっすね」
スイと、そして特にアイネが確信に満ちた表情を浮かべた。
この音色は確かに聞き覚えがある。何度も聞いたものではないが――忘れるはずがない。
──これは、リーダーのオカリナッ……!