199話 強者の余裕
すぐに体勢を立て直し、牽制するように剣を横に払うスイ。
そんな彼女を見て、リルトが脇腹をおさえつつも、絞りだすように声を出す。
「えっ、でも──それじゃ、スイさんが……!」
「バカなんですかぁっ!? あんな化け物みたいな動きする相手に、勝てるわけないじゃないですかぁっ! さっさと逃げますよぉっ!」
戸惑うリルトにそう叫びながら、エイミーは来た道に向かって走り出した。
「ポイドラッ! 大丈夫かいっ、逃げるよっ!」
「ク、クチャ……」
リルトの声にポイドラが僅かに頷いた。
彼女も自分が太刀打ちできる相手ではない事をはっきりと認識したのだろう。
言葉には出さずともその目には明確に恐怖の色が宿っている。
それでもなんとか棒立ちすることなくポイドラはリルトに押されるような形で走り出した。
「せ、先輩……」
アイネも膝をついてなんとか立ち上がる。
それを見て、スイが仮面の女に向かって更に剣を振い始めた。
「逃げてっ! この相手──誰かを守りながら戦える強さじゃないっ!」
「……くっ」
ぎりりとアイネは歯を食いしばる。
スイの言葉に、スイの背中に、何かを重ねたのだろう。
アイネの目が見開き、頬が強張っていく。誰が見ても分かる恐怖の表情。
だが、それでも──
「……あっ」
僅かな間だけ自分に向けられたスイの視線に気づくと、アイネは表情を一変させた。
──そうだ。彼らはともかく……ウチは先輩が守る相手じゃないっ!
自分を鼓舞するように大きく息を吸って改めて仮面の女を睨みつけるアイネ。
「やあああああっ!」
アイネの表情の変化を見るとスイは激しく声を荒げる。
より一層激しさを増すスイの攻撃。
その全てが弾かれ、流されてはいるものの相手に反撃の隙を与えない。
「あははははっ、凄い凄いっ! 剣の速さも、一撃の重さも、見た事もない強さだわっ!」
「皮肉ですかっ……!」
その言葉と共に体を押し出して、仮面の女を一歩後退させる。
僅かに作られた隙を利用して軽くジャンプするスイ。
そのまま体重を乗せて一気に剣を振り下ろす。
「とんでもない。素直なあたしの気持ちよ。少なくとも、あたしはこんな強さの人間と戦ったことがないわ。でも、それでもね──」
だが、それも通らない。
スイよりもサイズの異なる剣を使っているとは思えないような速さで自分の剣をスイの剣と十字に交差させる。
激しい衝撃音の中、スイはハッと目を見開いた。
「そんなんじゃあ全く! 全くもって、このあたしに刃向うに値しないのよっ!」
一度、腰を落としてスイの剣を受け入れる。
だがすぐに仮面の女は一気に地面を蹴って剣を振った。
スイの剣ごと、体ごと。強引に大剣を振り払う。
「っ!」
しかし、その反撃はスイの読み通りだった。
彼女の刀身が自分の体に直撃する前に、空中で体をひねって自分の剣に足をつける。
「へぇ……」
そのまま剣を捨て、仮面の女の力を利用して大きくジャンプ。
天井に向かって彼女の体は一直線に飛ばされる。
「ならば、受けられますか──?」
「はぁ?」
攻撃を受け流すためとはいえ、スイは剣を手放している。
そんな状態でどんな攻撃ができるというのだろう――
仮面の女は、天井に足をつけながら自分を睨むスイを、小馬鹿にするように首を傾げた。
「ブレイズラッシュ!」
それに一矢報いてやろうと言わんばかりに、鬼気迫ったスイの声が周囲に響いた。
その直後、彼女の周囲から炎が渦を巻きながら発生し、仮面の女に襲い掛かる。
「は?」
一瞬、仮面の女は空に舞うスイの剣に顔を移した。
ブレイズラッシュは武器に自分の気力をこめ、衝撃を与えて爆発させることで炎を発生させるスキル。
──媒介物となる武器が無いのに、どうやって……?
「クロスプレッシャーッ!」
だが、その疑問はすぐに解決された。
天井を蹴り、炎の中を突進してくるスイ。
その手には小さなナイフが握られていた。
短剣で十字の軌道を描くスイ。黒い光が十字の形となって仮面の女に迫る。
「ハッ──悪あがき用に隠し持ってたってこと? なめられたものね」
一転、余裕に満ちた声色で仮面の女は大剣を構えなおした。
「やああああああっ!!」
炎が発生した時の爆風。自分の蹴り。重力による落下。
様々な要素を加味したその突進は一瞬の内に間合いを詰める。
しかし、そんな僅かな時間も──
「クロスプレッシャーッ!」
「なっ!?」
彼女が剣を二振りするには十分すぎる時間だった。
スイよりも大きく、速く、描かれた十字の軌道。
スイよりも強く、激しく、光り輝く黒の光。
それはスイの放った全ての攻撃を受け止め、跳ね返す。
「うっ、うああああっ!!」
「あはははははっ! その技、あたしの得意技なのよね」
散り散りになった炎の中、スイの体が再び宙を舞う。
――勝負あり。そう言いたげにスイに背を向ける仮面の女。
だが……
「フォースピアーシングッ!」
天井に体を打ち付けられ、反射して壁に向かって飛ばされる。
そんな状況でもスイは戦意を失っていなかった。
力強く握られたナイフを突きだして、滲んだ血と共に、そのスキル名を叫ぶ。
仮面の女を襲うのは鋭い一本の青白い光。
「あら、生きてるの? 冗談抜きで強いわね……あんた、本当に人間?」
その決死の一撃も仮面の女を傷つけることができなかった。
余裕綽綽といった様子で体を横に傾け、その光を回避する。
「くっ──ぐあっ!」
攻撃に集中していたこともあり、壁にぶつかった時にスイは受け身をとることができなかった。
背中を打ち付けられた衝撃で血を吐き出す。そのまま地面に頭から落下。
「か、あっ……」
一度のスキルで、もはや勝負は決まっていた。
額の血をぬぐいながら立ち上がろうとするも、うまくバランスがとれていない。
それでもスイは、手に持った短剣だけは離さなかった。
そんな彼女を見て仮面の女は軽く舌打ちをする。
「……あんた、ちょっとめんどくさいわ。あたしならともかく……雑魚どもにとっては脅威になるわね……」
呟くようにそう言いながら、仮面の女はスイの居る方向に向かって歩き出す。
そして大剣を振り上げると──
「おしまいよ。自分の強さを呪うのね」