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18話 キスコール

「え、俺ですか?」


 唐突に肩をつかまれ声が裏返った。

 ……胸ばかり見ていたから怒られると思った。


「おとこはみーんな、ぷらいおがたかい! おまえはまもられてろって、そんあおばっか! んで、あたひのほうがつよいってわかうと、がっかりしたかおで、みーんにゃはなれていくのれす。ふざへないでっ! こっちはさいひょからそんなきじゃないのに! ぱーれぃくんでた、だけあのに! あんで、あんなかおされないといけないのでう!? あたひがわるものみたい!! なんぱだらけっ! めんどくさいれすっ!!」


何を言っているのか良く聞こえない。

しかしまぁ、自分なりに彼女の言葉を解読すると、スイは、容姿はいいから最初は男が寄ってくるが彼女が強すぎて男が気負いしてしまい、パーティを組んでも離れていく──ということだろうか。


 ――だけどスイさん、今一番めんどくさくなってるのは貴……


「おんなも、へんなしっとであたしをハブるの。もうえ。やってらんないれすお! んで、あたしのおやのことがばれたら、もうみんなあたひのことむしするしっ! なんえ、あんなきょくたんなのでうか!? しんひらへませんっ!!」

「……苦労したんすね、先輩」


 アイネは目をほそめてスイを見つめている。

 しかしスイの言葉の意味が良くわかっていないのか、アイネはどこか遠くを見つめていた。

 俺もスイの言葉の意味が良くわからない。親の事とはどういうことなのか、さっぱりだ。

 ……とはいえ、どうもドロドロした人間関係が彼女の口から出てきているのは理解できた。


 ――この世界でも楽にはいかないか……


 どうやら、この世界でパーティを組むのも一苦労のようだ。

 ゲームでは、俺は基本ソロプレイだったが臨時でボスを倒しにいった時、何回かパーティを組んだことがある。

 その時は皆目的が明確に一致していたし、一回きりのパーティだったので特に人間関係で悩むことはなかったのだが。

 まぁ、よくよく考えてみればゲームの中でも人間関係で悩みたくはない、という人が集まっていた。

 それと現実に生きるスイを比較するのは違う気がする。


「ふざけんにゃってはなしれす。ぱーれぃくんだとき、あたひがなんていわれたか、わかいます?」

「いえ……すいません、分かりません……」


 と、スイが俺の肩をつかみ、思考を断ち切ってくる。

 物凄い絡み酒だ。


「どんびきです! だよ、どんびき!」


 ──ごめんなさい。僕も、スイさんの絡み方にはどんびきです。


「なんれそんあこと、いわれなきゃならないのれす? あたしのほうがどんびきですお。だいあい、はじめてくんだこに、そんあこといいまひゅ? しんひらんないっ! いくらわたしが、そーゆーいえのこって、いってもですお!? もっと、わたしじしんをみへくらはいっ!!」

「そ、そうですね……」


 しかしスイの話しから、彼女に同情ができないわけでもない。

 ちょっと本気で何を言っているのか意味が分からないところもあるが。

 まぁなんかこう――ハブられているのは伝わってきた。


 彼女の年齢らしい年相応の悩みではないか。そう考えると少し可愛しくも思えてきた。

 ……面倒くさいとも思ったが。少しだけ。いや、かなり。


「ナッハハハ、どうも雲行きが怪しくなってきたな」


 と、アインベルがそう言いながら俺達のテーブルに背を向ける。

 それを皮切りに周囲の男達も俺達に背をむけはじめた。


「おう、後は新入りに押し付けるとするか」

「ウチも退散するっすかね……火花が飛んでくる前に……」

「ちょっ、そんな無責任な」


 一人でスイの相手をしろというのか!

 自分たちで煽ったくせになんて無責任な!

 俺は必死に抗議の目線を周囲に送る──


「きみ、なんであらしからめをそらすおれすか? きみも、わたし、みてくれないのです?」


 つもりが、スイに顔をつかまれた。

 無理やり顔の向きをかえられスイの方を向かされる。

 それを見て周囲の男達が歓声をあげはじめた。


「お?なんだスイ。キスでもすんのか?」

「だから、悪ノリやめてくださいよっ!」


 周りの男達に抗議をしようとするも、スイの力は結構強く顔の向きが変えられない。


「きす……?」


 俺をじっと見つめながらスイは動かない。何を考えているか分からない。


「そうだ、大人になったんだろ。やれやれ!」

「みてぇなぁ。スイちゃんのファーストキスの瞬間! どうせまだしたことないんだろ!」

「お、おい……」


 ──これ、セクハラだろ! 


 ここのやつらは全員酒癖が悪い。最悪だ。

 そうと分かっていればこんな所にはこなかったのに。


「……なんか、ウチも見てみたいっす」

「アイネさんっ!」


 目をきらきらとさせながらスイの後ろからアイネがこちらをのぞきこんできている。


「子供じゃないんだろ! やれやれ!」

「キッス! キッス!」


 そうなったらもう止まらない。周りのやつらのキスコールが始まった。


 ──ど、どどど、どうなっている?


 頭の中が真っ白になっていく。

 スイから漂う強烈な酒の臭いが俺から思考力を奪っていく。


「……れきるよ」


 ふと、小さくスイが呟いた。


「あ、あたしだって。できるし。こんろのいらいだって、ぜったい、せいこうさせうし……いま、ちょっと、しっぱいしてるけお……」


 俺の肩をぐっとつかむ。そして一度深呼吸をすると、スイは大声をあげた。


「あ、あたし、ズルなんてしてないっ! あたひにも、できること、あるのっ……!」


 俺の後頭部を手でおさえ、ぐっと顔を近づけてくるスイ。

 真っ赤な顔で、荒くなる息を必死に押し殺している。


「おぉっー!」

「マジか!? やっべええええええ!!!」


 周囲のボルテージが最高潮へと達する。

 気が付けば、誰もが俺とスイの方に視線を向けていた。

 誰もが目をらんらんと輝かせている。

 ここでキスをすれば大盛り上がり間違いないだろう。


 ──だが


「……う?」


 彼女の顔が近づいてくるのを、俺は止めた。

 その唇に人差し指を当てたのだ。柔らかいそれは、むにゅっとへこみ俺の指を受け入れる。


 ……その瞬間、俺は後悔した。正直な気持ちを吐露すれば、このまま流れに任せてみたかった。

 女の子と──それも、こんな超級の美少女とキスができるなんて、俺の人生では考えられなかったから。


「……やめましょう。勢いでこういうことするの。よくないです」


 だが──それでも、だ。

 やっていいことと、悪い事の区別ぐらいはできる。


 ……そりゃあ、俺はどうしようもないニートだ。

 親に限らず周囲に迷惑ばかりかけていた社会不適合者だ。


 でも、少なくともそのことを自覚しているぐらいの最低限の道徳観は持っている。

 ただでさえ胸を張れるような生活を送ってきた訳じゃないんだ。

 ここで、ここで流されたら……俺は、多分、後でもっと後悔する。

 そして何より──

 

「ごめんなさい。空気ぶち壊しちゃって。でも、なんかスイさん……震えてます……」


 彼女の手は震えていた。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 酔っていても今自分がやる行動の意味ぐらい──彼女は多分、分かっている。

 そう考えると、どうしてもできなかった。

 自分の命を救ってくれた少女を敢えて傷つけて喜ぶ程、俺は特殊な性癖を持ってはいない。


「あー……悪い、そうだな。ちょっと調子にのりすぎたわ……」

「そだなぁ。スイちゃんちょっと泣いてるっぽいし」

「これは一本とられたのお。すまなかった」

「た、確かに他人事だと思ってた……その通りっす……反省します……」


 と、周囲の空気が一気に重くなる。酔いがさめたのだろう。

 もう誰もスイを煽る者はいない。


 だが、誰も……さっきみたいに盛り上がっていない……

 異様な程に、凍りついたように、場の空気は冷め切っていた。


「いや、なんていうか、えっと……」


 ──何を失敗したのだろう?


 俺がもっといろんな経験を積んでいればもっとうまいやり方でこの場をなんとかできたのではないか。

 ちょっとした無力感を覚え、俺は唇をかみしめた。


「うっ……」


 と、俺は耳を疑った。


 ──この声は……?


「スイさん!? 大丈夫ですか?」

「うぅっ、ぐすっ……うぇっ……」

「ちょっ──!?」


 ──アイエエエエ!? なんで? なんで泣いてるの、なんで?


 混乱する頭を必死に落ち着かせ、俺はスイの背中をさする。

 初めて会ったとき、彼女が俺にそうしてくれたように。


「……えぅ……あらし……また、しっぱいしちゃったの? あたしじゃやっぱ、むり……なのかな……できないのかな……」


 出てきたのは全く文脈の無い言葉だった。意味も良くわからない。

 だが、とりあえず何か言葉を返してあげないといけない。

 そんな気がして、俺にもう一度感謝の言葉を伝えることにした。


「何言ってるんですか。スイさんは俺を助けてくれたじゃないですか。俺は感謝してますよ」

「きみ……を……」


 痛い程の沈黙の中、スイが涙を拭きながら俺を見つめてくる。

 ……いったい、何を考えていたのだろう。

 真面目で優しい彼女は、裏で何を思っていたのだろう?

 考えたって分かるはずもない。彼女が教えてくれるとも思えない。

 だから、俺にできることは──


「何があったか分かりませんけど無茶しないでください。いったん水、のんでくれますね?」


 こうやって、酔った彼女を介抱してあげることだけだった。


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