186話 遺跡へ向かって
翌日。俺達は、予定通りカーデリーからフルト遺跡に向かって出発した。
妖精のトワを除けばパーティの人数は俺を合わせて九人。
その数の人間を運べるようにしているためだろう。俺達が乗っている馬車はかなり大きいものだった。
また道中での戦闘もギルドが予想していたのか、今回馬車をひいていたのは鎧が装着された軍馬だ。
「あっ、あれがフルト遺跡?」
トワがそう言ったのは出発して二時間程が経った頃だろうか。
目に入ってきた光景は荒野の中で巨大な岩壁に囲まれた石の階段。
その階段に沿って視線を上に移すと崩れた石の神殿のような建物が存在している。
それを確認するとスイがこくりと頷いた。
「そうですね。地図通りです」
「へー。結構大きいんだ」
感心したように一つ大きなため息をつくトワ。
なるほど、たしかにこの光景はなかなかどうして悪くない。
地球だったら世界遺産とかに登録されてもおかしくないような光景ではないだろうか。
崩れた柱や汚れた壁がそこに刻まれた歴史を証明している。
神秘的で、それでいてどこかもの哀しさを覚えるような建造物。
そんな光景をじっと見つめていること約十分間。
階段の下までたどり着いた俺達は馬車を降り遺跡に向かって足を踏み出しはじめる。
「よーし。気合入れるっすよ」
そう言いながら軽やかに階段を上っていくアイネ。
それに続こうとして俺も階段に足をかけた時だった。
「……ん、どうしたの。みんな?」
トワの声がきこえて俺は足を止める。
ふり返ると皆が俺の事をじっと見つめている姿が見えた。
その中でエイミーが俺にぐっと近づいてきて話しかけてくる。
「えっとぉ。色々とききたいんですがぁ~……先ず確認させてください。貴方は盗賊なんですかぁ? 修道士さんなんですかぁ?」
「え?」
何を聞いているのかと思い首を傾げる。だがすぐにその意味は理解できた。
このフルト遺跡に到着するまでの間、俺はインティミデイトオーラにバッドガードを使っていた。
カーデリーに来るまでの間ずっとこのスキルを使っていたせいで当たり前のようにやってしまったが──それは彼らの目には異常な出来事として映ったことだろう。
せっかくの軍馬も、その存在が活きることは全く無かったのだから。
──なるほど、どおりで馬車にいる時に静かだった訳だ……
「それは……」
そしてその質問は俺だけじゃなくスイやアイネの動きも止めてしまっていた。
そんな俺達に畳み掛けるようにフレッドが声をあげてくる。
「摩訶不思議とはこの事だね。僕はてっきり君は魔術師だと思っていたのだが今は何のクラスなのかすら分からないよ。できれば説明をしてほしいな」
「何を言っている。リーダーは魔術師特有のひょろひょろした体という特徴を立派に有しているではないか。魔術師に決まっているだろう」
「……はぁ」
ノーマンの言葉に呆れたようにため息をつくエイミー。
だがその表情の意味を察していないのか、ノーマンは不思議そうに首を傾げるだけだ。
そんな彼の事を思いやってのことか、リルトがおずおずと口を開く。
「あ、あの……インティミデイトオーラとバッドガード。ぼ、僕が見た限りではそのスキルをリーダーは使っていましたよ……つ、つまり……」
「驚愕の事実! 魔術師とは世を忍ぶ仮の姿! その正体は修道士と盗賊のダブルクラスッ! まさに不協和音!! フォオオオオオ」
唐突に響く三味線の音。
それを奏でるジョニーに対し苦笑いを見せながらアイネが話しかけてきた。
「不協和音? なんでそうなるんすか」
「えーっと……」
そう聞かれてもジョニーの言語センスの問題としか答えようがない気がするのだが。
だがスイはその言葉の意味を理解していたらしい。確信を持ったような表情でアイネに答える。
「……盗賊のクラススキルは犯罪に使われることが多いから。修道士のクラスを習得している人は例え才能があっても盗賊のクラススキルを使うことが禁止されているんだよ。ほら、修道士の人って教会にいるでしょう」
「ああ。なるほど……」
こくこくと頷くアイネとトワに俺も同調する。
クラスとしての盗賊は犯罪者と同義ではない。だが盗賊のスキルは姿を隠したり敵からドロップアイテムを盗んだり──スイの言う通り犯罪に使えそうなものがそろっているのは事実だ。
「あのぉ。それでぇ~……答えていただけるんですかぁ?」
と、勝手に納得をしている俺達に対しエイミーが不満げに唇を尖らせる。
「えっ、あぁ……それは……」
とはいえどう答えたらいいものやら。
実は俺は全クラスのスキルが使えるみたいです、なんて告げたところで信じてもらえるとは思えないし──何より、変にそのことを知られたくもない。
「ヘイ、ベイビー! 正体不明は男の美学! そこにつっこむのはロックじゃねえぜ!」
そんな俺の心情を理解してくれたのだろうか。
ジョニーがエイミーと俺の間に割って入ってそう叫ぶ。
「ま、スイさんよりもレベルが高くて使うスキルもこれだ。気になるのは仕方ないと思うけどな……こういうのは話してくれるのを待つのが仲間ってもんだぜ!」
ペンペンペン、と三味線の音が続く。
その対応が困るようなハイテンションっぷりにエイミーも食い下がる気を失くしたらしい。
小さくため息をついて一歩、俺から距離を置いた。
「分かりましたよぉ~……とにかく、ちゃんとわたしのこと守ってくださいねぇ?」
妖しく口角をあげながらそう言うエイミー。
そんな彼女の肩にフレッドが手をかけて話しかける