180話 親睦会?
「フオオオオオオオ! 盛り上がってるかソウルメイト達! ノー? そんな答えはありえねぇ、盛り上げてやるぜこのオレが! 轟け、オレのロック・ハート!」
「いいぞ、ジョニーッ!!」
「もりあげていけえええええっ!!」
見知らぬ冒険者の声援を受けて、シャルル亭の食堂にジョニーの歌声が響く。
当然といえば当然なのだがシャルル亭の利用者は俺達だけではない。食堂には二十人近くの冒険者と思わしき人々が集まっている。
「なんか……うまいっすね。普通に」
若干引き笑いになりながらアイネがそう言葉を漏らした。
別の物があったのか、ジョニーは見事なまでに三味線を奏でながら歌を歌っている。
和風ロック──というやつだろうか。高速で、かつ鼓舞するようなメロディが周囲をさらに盛り上げている。
親睦会とか決起会とかいうのは宴を開く名目的なものだったのかもしれない。
カーデリーギルドで騒いでいた人も何人かいるしハナエも誰かと酒を飲んで、げらげらと笑っている。
俺達はというと角の方で小さなテーブルを三人で囲っていた。トーラの宴の時と同じような位置関係だ。
「そうだね……なんか、びっくり……」
「アハハ。人は見かけによらないねー」
スイとトワもかなり驚いた顔を見せていた。
彼女の言う通りジョニーの奏でる音楽は普通に上手い。彼のクラスは吟遊詩人だと聞いているが──この音楽はスキルによって流れるサウンドとは異なるものだ。彼が作曲したものなのだろうか。
正直、最初の印象が変人だっただけに気分が盛り上がるというより驚きや感心の方が先にきてしまう。
「……なぁ。聞かせてくれ。少女よ」
「えっ?」
そんな時だった。不意にかけられた声にスイが頓狂な声を出す。
いつの間に俺達の近くに来ていたのだろう。テーブルの端からフレッドとノーマンがスイとアイネの事を見つめていた。
それを見て、やや警戒したような表情を見せる二人。
「そんなに怯えた顔をしなくてもいいだろう。昼間は君をみくびった発言をしてすまなかった。この通り詫びるよ」
フレッドがスイに向かって頭を下げる。
その潔さと律義さには正直かなり驚いた。シュルージュでスイが受けていた周りの人間からの対応を見ていたせいかもしれない。
「え、いやそんな。私は別に……」
「だがどうしても教えてほしい事があるんだ!」
「っ!?」
ぐっと身を乗り出すフレッドに、アイネは目つきを鋭くしながらピンと耳を立てる。
「女性が男性と一緒の部屋に泊まる事を断る──その心理、そしてその真意はいったい、どういうものなのかをっ!!」
「……は?」
だが次の瞬間にはアイネが張った耳は垂れ始めてしまっていた。
「えぇー……いきなり何変なこときいてるの?」
呆れた声色で口を挟むトワ。
するとフレッドはすっと身を離して再び一礼をした。
「確かに僕の質問は異性の相手に正面から答える事をためらうものかもしれない。だが、そのような話題を共有することで深まる親睦もあると僕は考えている。だからこそ答えてほしい。僕は彼女に拒絶されているのかをっ!!」
「は、はぁ……」
戸惑いながら相槌を返すスイ。
しかしながらその声色でフレッドが真剣に話している事を察したのだろう。
アイネが真面目なトーンで話しかける。
「フレッドさんはエイミーさんが好きなんすか?」
「無論だ。愛している」
「それは俺も同じだぞおおおっ! というか俺の方が愛しているっ!!」
フレッドに張り合うようにノーマンが胸を拳で数回たたく。
……まるでゴリラのようだ。
「アハハッ、ド直球だねぇ」
彼らの話題に興味をそそられたのだろうか。
トワが俺の肩からスイの肩へと飛び移っていく。
「同じ女性としての目線を教えてほしい。僕は魅力的な男に見えるか?」
「え? はぁ……えっと……」
「僕はエイミーの隣に立つ者として相応しい美を備えているはず。その自信が、目標が──失われようとしているんだっ!!」
言葉を詰まらせるスイにフレッドが畳み掛けていく。
するとその背後からハナエの声がきこえてきた。
「おや面白そうな話しをしてるじゃないか。なに、なんでアンタはあたしに相談しようとしないのかね」
「俺が知りたいのは現役女性の意見で──ぐほぉ!?」
ドスン、という衝撃音と共に崩れ落ちるノーマン。
それをひきつった笑みで見つめるスイ達。
──だ、大丈夫かなぁ……
ぴくぴくと体を震わせながらうずくまるノーマンの姿は見ていて結構痛ましい。
筋肉質な男を一撃で沈ませるあの破壊力はどこからきているのだろうか。フレッドが恐怖と安堵の表情で倒れこむノーマンを見つめている。
「あれぇ~、なにしてるんですかぁ?」
ふと、体にぞくりと鳥肌が走った。
その原因が自分のうなじが誰かに撫でられた事にあることに気づいた俺は、すぐさま背後にふり返る。
すると、エイミーが目を垂らさせながら唇をなめている姿が目に入ってきた。
「エ、エイミーさん……」
「もしかしてあの人たちがめんどくさいっておもってますぅ? 若干距離おいてますよねぇ」
「いや、そんなことは……」
距離を置いているというかフレッド達の眼中に俺が入っていないだけなのではないだろうか。
彼らがききたいのは女性の意見らしいし。
──しかし、こんなに近くにエイミーさんがいるのに良くあんな話しできるなぁ……
「まぁあそこまでド直球に来られるのは悪くないけどぉ。別にわたし、あの人たちに恋愛感情なんてありませんからぁ。誤解しないでくださ~い」
「はぁ……」
露骨にあざといウィンクを投げてくるエイミーに、微妙な返事しか返す事ができない。
だがエイミーはたいして気にする素振りも見せず俺の方に体を近づけてきた。
つん、とした香水の匂いが鼻を刺激する。
だが避けるように離れるのは失礼だろう。なんとかじっと我慢する。
「ところでぇ。ねぇ、貴方はどんな人だと思いますぅ?」
と、不意にエイミーは俺に対して問いかけてきた。
何のことか分からず首を傾げる。
「え、何がですか?」
「わたしのタイプですよぉ」
「は?」
──何を言っているんだこの人は?
とても初対面の相手にするような質問ではないと思うしその意図も分からない。
「どんな人だと思いますぅ?」
「えぇ……?」
だがエイミーは全くそんなことは思っていないらしい。
それどころか顔を俺の肩に寄せるように近づいてきた。
「あの……近くないですか?」
「いいじゃないですかぁ。どうせあいつらは話しに夢中で気づいてないですよぉ。ほら」
スイ達が話している方向を軽く指さして俺の肘に手をまわすエイミー。
その方向を見てみると──
「つまり好意があったとしてもそれが必ずしも直線的な軌道を描いて表現されるとは限らずむしろ一時的にそれを隠匿しようと外見からは反対の感情を抱いているかのような言動に出ることは多々あるということなのか」
「ま、まぁ……好きって言葉ってなかなか言いにくいですし……そういうことも、あるかもしれませんね……」
「先輩、心当たりありそうっすもんね」
「アハハッ、言えてるっ」
「ち、違うって! そんなつもりじゃ……」
「んぬううううううううううううっ! 分からん、分からんぞ!!」
……意外に盛り上がっているっぽいスイ達の姿が目に入ってきた。
どうも助け舟は期待できそうにない。
「こっちも盛り上がってみませんかぁ?」
「え?」
腕がエイミーの胸の方にひっぱられる。
若干ケバイ化粧と香水の匂いがさらに強く鼻をつく。
正直あまり心地よいとは言えなかった。
「エイミーさん……?」
「さっきの答え、言っちゃいますとぉ~……わたしのタイプはぁ……」
ぐーっとエイミーの顔が近づいてくる。
それを見て反射的に顔をそらした。異性ということもあるが、アイネやスイの前でそういう姿を見せたくない。そんな考えが頭をよぎったのだ。
しかし突き飛ばすわけにもいかず。どう抵抗していいのか分からなくて、結局エイミーの顔は俺の耳元までたどり着いてしまう。
「つ・よ・い・ひ・と」
「うっ!?」
耳の穴にむかってふっと息が吹きかけられた。
驚いたのと、くすぐったいのがあって反射的にエイミーから体を離してしまう。
失礼だったろうか。そう思いながら改めてエイミーの方にふり返ってみると──
「えへへっ、ねぇリーダーさん? 貴方は年上って好きですかぁ?」
やたらにんまりとエイミーが笑っているのが見えた。
正直、あまり良い感じの笑顔には見えない。
警戒心、懐疑心がふつふつとわき出てくる。
「いや、そういうのは分からないですね……ちょっと……」
「なら、教えてあげましょうかぁ? ほら……」
目を垂らしながら俺の手首をつかむエイミー。
そしてその手首を自分の胸元へと導いていき──
「!?」
その場所に触る前に、俺は慌てて手をひっこめた。
流石にそれはまずい。エイミーに気がありそうな二人の──そして何よりもアイネ、スイのいる場所でそんな事をするなんてお互い不誠実にも程がある。
「すいませんっ! 俺、ちょっとそういうのには応えられないですっ!!」
だがそれを言葉で言っても分かってくれそうにない事は察していた。
そんな俺ができる事と言えばただ一つ。
「あれ、リーダーさぁん?」
「ごめん、トイレ行ってくる」
背後から聞こえてくるスイの声にふり返らないまま答えると。
俺は一目散に食堂の外に向かって走り出した。