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179話 カーデリーのシャルル亭

 その後、俺達は今回のクエストで調査すべき範囲を徹底的に叩き込まれた。

 既に向かった調査隊が全滅しているせいだろう。どのように動くのか、かなり指示が組み込まれていた

 フルト遺跡は地上一階から地下三階層で成り立っているダンジョンだ。今回の探索範囲は地上一階の入り口付近。常に退路を視認できるエリアからスイとアイネが先行。ジョニーが中衛に立ち、五人が後衛。俺は遊撃という立ち位置。

 後は地図と照らし合わせ安全確保をどのように行うかの確認。


「さて、こんなところかね」


 体感にして一時間ぐらいが経過した頃だろうか。

 ハナエが手の甲で額をぬぐう。それを見て皆の緊張が解けたのだろう。

 ふぅ、と誰かが息を吐く音がきこえてくる。


「うわーん。疲れたぁ~」


 そんな中、真っ先に声をあげたのはエイミーだった。

 見た様子、二十を超えている大人なのだが──駄々っ子のような声色と仕草にハナエが苦笑いを見せる。


「仕方ないさね。アンタらだって死にたくはないだろう。少なくともある程度の地理は覚えてもらわないと」

「だが俺には筋肉がある。それで死ぬことなんてあるのか?」

「アンタはもういいよ……」


 さっきまでのハナエの話しはノーマンにとっては馬の耳に念仏だったのだろう。

 なんとなく予想はしていたことだ。今更気にすることでもあるまい。

 油断する訳ではないが俺達にはトワがいる。ハナエはトワの能力のことを知らないため先の話しには組み込まれていなかったが、最悪の状態になっても安全な領域まで飛ばすことは可能だ。


「でもほんと疲れたっす……まさかこれからクエストに行けなんて言わないっすよね?」


 うーっ、と唸り声をあげながらアイネが机に肘をつく。

 当たり前だと言いたげに半笑いになるハナエ。


「もちろん。今日はゆっくり休んで英気を養ってもらうよ。アンタらのために宿もとってある」

「あ。もしかして、シャルル亭ですか?」


 ミハとの会話を思い出し、反射的にそんな言葉が口を出た。

 ハナエが少し目を丸くして俺のことを見つめてくる。


「おや。知ってたのかい」

「はい。シュルージュではお世話になったので」

「カーデリーのシャルル亭は利用したことは無いのですがミハさんの妹さんがいるとききました」


 俺の言葉にスイがそう補足する。

 するとハナエはニッと笑うと皆の方を向きながら軽くスイの肩を叩いてきた。

 

「なら話しが早い。こんなんでも背中を預ける事になるんだ。親睦会と決起会も含めておごっておいたから。楽しんでくれると嬉しいよ」

「ぬっ。ならば開くしかないなっ! この俺の魂のライブをっ!!」


 ハナエの視線を受けて壊れた三味線を高らかに掲げるジョニー。

 それを見て、思わず乾いた笑いが出てきてしまった。




 †




「はいっ! いらっしゃいませっ! ようこそシャルル亭へ」


 ハナエに案内された場所にある小さな宿。その扉を開けると真っ先に一人の少女が満面の笑みで出迎えてくれた。

 カウンターを飛び出て俺達の方に走り寄ってくるその姿とハナエを並べてみるとまるで親子のようである。


「私っ、シャルル亭カーデリー店のシラハですっ! ご利用ありがとうございますっ! はいっ!」


 俺達を見て、ぺこりとその少女がお辞儀をする。

 一目見て彼女がミハの妹なのだろうと直感した

 ミハが着ていたのと同じ青いメイド服に小さな黒い蝶ネクタイ。

 ミハを一回り小さくしたような体型。

 綺麗にツインテールでまとめられた茶髪の上でぴょこりと虎耳が動いている。

 

「予約をしておいた人達だよ。この子達をもてなしてやってくれ」

「は、はいっ! 私がんばりますっ! えーっと、お部屋はどーゆーふーに割り当てましょうか?」


 手にもった紙をぺらぺらとめくりながら、こちらの様子をちらちら伺ってくるシラハ。

 なるほど、ミハが言っていた通り確かにこれは可愛らしい。

 年齢はアイネよりも少し年下といった感じだろう。

 無邪気な態度で緩和されているものの小中学生のトップアイドルが放つような色気を備えている。


「当然っ! 俺とエイミーを同じ部屋だっ!」


 ……などと感じていたのは俺がロリコンだからなのだろうか。

 少し緊張していた俺をあざ笑うかのようにノーマンが後ろから体を乗り出してきた。

 その肩をつかんで、ため息交じりにフレッドが前髪を撫で上げる。


「まったくバカげてるな。いいかい。女性にとって夜にどの場所で誰と寝るかは人格の中枢に関わる重要な決定事項なんだ。そこに僕達が介入すべき道理も権限も無い。もっとも、彼女の選択は分かり切っていることだがね」

「そうね~、とりあえずわたし達は一人一部屋ってことでいいんじゃないですかぁ?」

「「なっ!?」」


 エイミーの言葉にノーマンとフレッドがあんぐりと口を開いた。


 ──そんなに衝撃的なことなのだろうか。


 彼らと知り合ってから未だ数時間しか経っていないがなんとなく分かる。

 この二人の想いはエイミーには全く届いていないということが。


「ぼ、僕もそれでいいです……一人一部屋で……」

「オレもそれでいいぜっ。静寂もまた、一つのロックだからな」

「はいっ! じゃあ、そのように手配しますねっ!」

「クッチャクッチャクッチャクッチャ」


 ポイドラは……まぁ置いておくとして。俺達以外の部屋割りは決まったらしい。

 シラハがニコニコと笑いながら俺達の方に近づいてくる。


「はいっ! じゃあおにーさん達はどうしますか?」

「ボク達は全員一緒でおねがいしまーす!」


 と、シラハの問いにトワが飛びあがりながら答えた。

 少し顔を赤らめるスイ。


「ト、トワ……」

「だって皆で一緒の方が楽しいよっ。もうずっとこれでいいじゃん」

「まぁ、それは賛成っすかね……」


 アイネが同意を求めるように俺の事を見上げてきた。

 かといって俺が一緒の方がいいと言うのも変な意味にしかきこえないのではないか。

 そう思って一歩ひいていると──


「う、うわぁ~!! 妖精さん!?」


 シラハがぐいっと俺の腰をつかんで背伸びをしてきた。

 急な密着に思わず彼女を突きだそうとしてしまうがなんとか堪える。


「すごーい。私、妖精さんなんてはじめてみましたっ!!」

「そうなの? 可愛いでしょ? ボク」

「はいっ! すごい可愛い! 触ってみてもいいですか?」

「アハハッ、どうぞどうぞ」


 ゆっくりとシラハの高さまで降りるトワ。

 その姿をキラキラした目つきでシラハが眺めている。


「うわぁ~っ、綺麗な羽! おにーさん、いつもこの子と一緒にいるんですか?」

「ん、まぁそうだな……」

「うらやましいですっ! かわいいーっ!!」

「アハハッ、そんなに強くつかまないでー」


 傍から見ると人形にじゃれる少女だ。

 あまりに無邪気に喜ぶ彼女を見ていると和やかな気持ちになってくる

 そんな雰囲気の中、ハナエが言いにくそうに口を挟んできた。


「これこれシラハちゃん。お仕事はどうしたんだい」

「は、はいっ! すいませんっ! すいませんっ!! えっと……どうするんでしたっけ?」

「ウチらは一緒でお願いするっす」

「かしこまりましたっ」


 手に持っている紙に何か印をつけてぺこりとお辞儀をするシラハ。

 すぐに上半身を起こすと右の方にある大きな扉を指さした。


「えーっと。お食事の用意はできていますので、いつでも食堂の方にいらしてください。お部屋は二階にございますっ! 鍵を今お持ちしますねっ」


 慌ただしくカウンターの方に戻っていくシラハ。


 ──こんな子供がしっかり働いているのか……


 世界が違う、ということもあるがそれでも感心せざるを得ない。

 小さな体で一生懸命に紙に目を通していくその姿は見ていて応援したくなる。


「ど、どういうことなんだいエイミー。君の隣には僕が居て僕の隣には君が居た。それは日が昇ろうと落ちようと変わらぬ自然の摂理と同義と言っても過言ではない歴史であり事実であり──」

「別にぃ~? 今日はちょっと一人がいいかなぁって思っただけでぇ」

「んぬうううううっ!!」


 ……という穏やかな気持ちも彼らの発言で台無しだ。

 ハナエは彼らとの親睦を深めるために宿を用意してくれたようだが──こういうタイプの人間としっかりとした会話を楽しんでいる自分の姿が想像できない。

 ふと、ハナエがとんと背中を軽く叩いてきた。


「まぁアレはいつものことだからほっときな。腹は減ってるだろう?」

「ん、まぁ……」

「はっはっは。なら早く食堂に来な。実はこの宿の料理人はあたしのダンナでね。今日はパーッと楽しんでおくれよ」


 そう言いながら豪快に笑うハナエを見ていると。

 こんな俺でも少しは楽しめるのかもしれないと安心するのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 同じ部屋ってところに、下世話な視線を向けられるって場面が欲しかったところですが、まともなのがハナエ1人だけじゃ厳しいですね、、、
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