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17話 悪酔い

「それでは、久しぶりの大物討伐を祝して! かんぱ~い」


 食堂に響く乾杯の言葉。

 人口が少ないとはいうが宴となれば人はそれなりに集まるらしい。三十人はこの中にいる。

 それにしてもおっさんばっかりだ。このギルドには若い子はアイネぐらいしかいないらしい。


 俺は端っこの隅の席に座っていた。

 食堂が動いているので手伝おうかと思ったが断られたのだ。

 忙しくなるとかえって俺のような新人は邪魔になるのだろう。

 俺の歓迎会も兼ねて、という意味もあって俺はスイとアイネの二人と一緒に宴に参加することになっていた。


「先輩、大丈夫っすか? 酒はやめた方がいいんじゃ。絶対吐いたりしますよこれ」


 乾杯の言葉が終わり、辺りががやがやと騒ぎはじめた時アイネがそうスイに言いかけた。

 俺が座っている席のテーブルにはアイネとスイもいる。というかこの二人しかいない。

 三人用の小さなテーブルだった。


「スイちゃ~ん、ジュースならこっちにあるよ~」


 隣のテーブルから四十ぐらいの男が瓶をかかげ、そう叫ぶ。

 それに対し、首をよこにふるスイ。


「い、いりませんっ。そんなの……」

「あれ? 水の方がいい?」

「もうっ!」


 スイの手には酒が入ったジョッキが握られている。中に入っているのはビールだろうか。

 どこの世界でも似たような飲み物、食べ物があるものだ。

 と、それはさておき。スイの様子が少し怯えているように見える。

 周りの言葉から察するにあまり酒が強い方ではないと予測できる。


 ──さて、このまま放置しても大丈夫なのだろうか?


「……あの、別に無理にあわせる必要ないのでは。お酒が強いかどうかって遺伝もあったりしますし」

「わ、私は……、そんなの信じませんっ。こ、これでも体は鍛えてきたんです……大丈夫……」


 そう思って言葉をかけたのだが逆効果だったようだ。


 ──酒の強さと体の強さは違うと思うんだけどなぁ。


「ウチはまだ14なんで。酒はやめとくっす。こっちのジュースで……」


 アイネはさすがに酒を飲もうとはしていない。

 なんというか……怖いのだろう。

 少し顔をひきつらせているのが分かる。そこは指摘しない方が優しさというものだ。


 ──それにしても十四歳って、日本で言えば中学生じゃないか。


 その年齢の子が酒のにおいが漂う場所にいるのだから、やはり常識のずれを感じる。

 と、アイネの肩を叩きながら後ろからアインベルが豪快に声をかけてきた。


「ナッハハハ、お前はまだまだガキだからのう」

「むぅ……でも先輩だって大差ないっす……」


 アイネは少し悔しそうに口をとがらせた。

 と、話題を振られたスイはジョッキをぐっと握りしめる。


「わ、私は飲めるよ……んくっ、ぐっ……」


 そのまま覚悟を決めたように一回頷くと、ぐいっとジョッキを傾けるスイ。

 そのスピードはかなりのものだ。


「え、一気ですか……」

「っぷはぁ! ……んっ……」


 これは凄い。見事な飲み干し方だ。

 一気に空、とまではいかないが半分以上が消えている。


 ──逆に心配になんですけど。これ、無茶してない?


「……大丈夫っすか? 先輩」


 おそるおそる、といった感じでスイの顔を覗き込もうとするアイネ。

 だがスイはそんなアイネに目もくれず額に片手をあて、うなりはじめた。


「うぐぐっ……、あ、頭が……」

「ちょっと、スイさん……」

「う、ぅ……」


 やはり無茶をしていたのだろう。


 ──これは止めるべきだったか……?


 後悔の念が押し寄せる。


「ほーらみろ! 無理はやめとけ! あっはははは」


 と、後ろから豪快なヤジがとんできた。

 あわせるように二、三人の男もヤジを飛ばす。


 ──ここは空気を読んでほしいところなんだけどなぁ。


 いや、むしろ酒場の空気だとこれが正しいのかもしれないが。


「ぐっ……む、無理じゃないっ……わ、わたしにだって……できるっ……!」

「ちょっ──」


 そんなことを考えている間に、スイが再びジョッキを口に当てていた。

 ごくり、ごくりと喉をならすスイ。俺は無理やりにでも止めるべきか迷う。

 しかしこの状態でジョッキを引きはがすと間違いなくスイの体に酒がかかってしまう。

 しばらくすると、スイは空になったジョッキをバン、とテーブルにたたきつけそのまま前かがみになって動かなくなった。


「あ、あのー……先輩? ほんと、大丈夫っすか?」


 嫌な予感がする。

 するのだが、確かめないわけにもいかない。

 同じことをアイネは考えていたようだ。


「……あにが?」


 スイがゆっくりと顔をあげる。


 ──赤い。見事に。これはやってしまった。


「こんなみう、のめうお!」

「ちょっ、これやばいやつっす……」


 呂律が回らないままジョッキを上にかかげ、裏返った声をだすスイ。

 一目で分かる。これは、まずい酔い方だと。


「ナッハハハハハハハ」

「いいねぇスイちゃん。久しぶりに会う奴もいるだろ。ほらのめのめ」


 後ろのテーブルから酒を男がわけてくる。アインベルも全く止めようとしていない。


 ──みんな、悪酔いしすぎだろ!


 普段、スイとアイネはからかわれているようだし誰もそれを止めようとしていない。

 ならばもう俺が止めるしか選択肢がない。そう思ってスイの手首をつかむ。


「ちょっ、やめた方が……」

「あんえ? あらし、もう、ころもじゃあいえす。ひゃんと、えきるっ!」

「何言ってるか分かんないですよ……」

「おめるっていっえんれす!」


 ぐっと腕をあげ俺の手をふりほどく。そしてそのままもう一度ジョッキを口に当てる。


「んくっ……こぷっ、まずっ……うぐぅ、あぅ……けぽっ……」


 だが今度はそこまで飲めなかったようだ。

 二回程のどをならした時点で耐えきれずジョッキから口を離す。

 必死にゲップを小さくおさえているところをみると羞恥心は残っているようだがもう顔は真っ赤だ。

 これ以上飲ませるのは危険だと俺は判断した。


「おお、いいぞスイ! 成長したな!!」

「勝負すっか、勝負!」


 あくまで、俺はだ。


 ──周りのやつらは何もわかってねぇ!


「んへぇ、あたしはえーゆーだから! こんあお、ようーえう! がふっ……」


 スイがジョッキに手を伸ばそうとするのをみて俺がスイの腕をつかむ。

 もう限界だ。これ以上は絶対に飲ませない。

 そもそも、やはり二十歳未満は酒なんて飲んではいけないのだ。

 自分の世界での常識をこのタイミングだけは押し付けさせてもらうとしよう。


「先輩、いったん水のみましょ。やばいっすよ……面白いけど」

「アイネさんっ!」


 他人事のように笑うアイネを強めの口調で戒める。

 

「じょ、冗談っすよ、半分ぐらい」

「あのですね……」


 この空気を止めるのは俺だけでは不可能だ。

 たかが新人が空気を乱すな、みたいなことも言われるかもしれない。

 アイネには味方になってほしかったのだが、この様子だとあまりあてにできそうにない。

 と、頭を悩ます俺にアインベルが声をかけてくる。


「ところでお前、最近二人とよくおるの。どうだ、親睦は深まったか」

「え、そうですね。お世話になってます」

「かたくるしいの。こんな席ぐらいハメをはずさんか。ほらスイをみろ」

「あたし、もうおとならから! こどみょじゃあいし、できうこともあう! ひゃんと、まものもたおせまう!」


 彼が指さす先には腕をぶんぶん振り回しながら何かを叫んでいるスイの姿があった。


 ──あぁ、俺が初めてみた時の颯爽とした彼女の凛々しさはどこへいったのだろう。


「……いや、やばいでしょ。あれは」

「ナッハハハハ」


 アインベルも笑っているだけだし頼りにならない。

 誰か他にまともな人はいないか……

 必死に辺りを見回すものの、皆それぞれのテーブルで盛り上がっているか、スイを指さして笑っているかのどちらかだ。


「いやぁでもスイちゃんまだまだ色気がたりねぇなぁ。モテないだろ。お?」


 セクハラじみた言葉が横から聞こえてくる。


 ──日本じゃそれ、アウトになりかねませんよ。


「あぁん? それはねぇ。かんちがいえふひょ」


 バン、とテーブルを叩くスイ。

 結構響いたその音に、近くにいた男たちの視線がスイに集まる。


「いい? あたひね。こうみえて、もてるのれす」


 そう言いながらスイは自分の胸をたたいた。

 金属の鎧が彼女の手にあたり、カンカンと音が響く。

 と、スイの言葉に興味を持ったのか一人の男がスイに質問をなげかける。


「確かに、二十ぐらいの男にはモテそうだな……男はできたのか?」

「できるわけないえひょ! だって、みんなからだ。わかりまふ?」


 もう一度、スイはテーブルを叩く。

 同時に響く笑い声。


「ハハハ、若い男なんてそんなもんだ」

「世界は広いなぁ。その胸でもすきになるヤツがいるのか……俺はもっとでかいほうがいいぞ……」


 なんか一人の男がスイの胸辺りをじろじろ見ている。

 だがその目つきはいやらしい――というよりどこか憐みを感じさせるものだった。

 ……つい、気になってスイの胸部を見る。

 彼女は鎧を着たまま宴に参加している。だからはっきりとしたボディーラインが見えるわけではない。

 しかしその鎧の胸部は彼女の胸にそうように形ができているようで丸みをおびたものだった。

 その形を見ると──まぁ、大きくはないかな、という感想を抱く。

 なんというか……控え目ぐらいの大きさなのではないだろうか。着やせしているだけかもしれないが。


 そんなことを考えていると、スイがいきなり俺にむかって話しかけてきた。


「ねえ、きみ。あたしがなんえひとりなのか、しってう?」


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