177話 自己紹介
「──さて、こんなところかね」
とりあえず部屋にいた彼らの注意をまとめた後。
ハナエは俺達を並べて、名前を言うだけの簡単な紹介をしてくれた。
「なるほどっ! 君がスイさんか。話しにはきいているぜっ」
金髪を逆立てた男がスイの前でニカッと笑う。
「改めて自己紹介させてくれ。俺はジョニー。ジョニー・サンシャイン。太陽のロックンローラーだ」
「アンタッ! また訳わかんない名前で──ちゃんと本名を言わんかっ!」
「やめろっ! オレはジョニーだっ! ジョニー・サンシャインなんだっ!!」
イチ……ジョニーは壊れた三味線を抱きかかえながら泣き喚くように地団駄を踏んでいる。
「あーもうっ、わけわかんないダダこねんじゃないよっ。アンタもう28だろっ!」
「おごっ!?」
見事な腹パンを受けてよろめくジョニー。
スイとアイネが小刻みに震えているのが目に入ってきた。
流石にやりすぎなのではないか──そんな不安を目で訴えている。
だが、そんな彼女達を前にハナエは何事も無かったかのように話しを続けた。
「すまないねぇ。でも、ふざけたヤツだがレベルは40あるからね。足手まといにはならないと思うよ。クラスは吟遊詩人だ」
「よろしくたのむっ! 八人目の英雄よ!!」
「……はい。よろしくおねがいします」
瞬時に復活して満面の笑みを浮かべるジョニーに、スイの顔がひきつっている。
──28なんだ。この人……
見た目はもう少し若く見えるが──なるほど、アラサーでこのテンションはきつい。
少しだけハナエに対して同情する気持ちが湧いてきた。
「んで、次はアンタらな訳だけど」
「めんどくさぁ~い。しょーじき興味ないしぃ。ちゃちゃっと作戦会議だけすませちゃいましょうよぉ~」
ハナエがジョニー以外の男女に目を移すと、厚化粧の女が気怠そうに髪をいじりはじめた。
「ならば俺に任せろ! 君の代わりにこの俺が彼らにその魅力を目一杯伝えるとしようっ!」
「あーもぅっ! だまらんかっ! ほらっ、さっさと自己紹介するんだよっ!!」
暑苦しく腕の太さを誇示する男を払って、ハナエがパンパンと手を叩く。
すると厚化粧の女は、わざとらしく深々とため息をついて俺達に視線を移した。
「ぶぅ……分かりましたよぉ。わたしはエイミー・カグアイラ。レベル33の弓士でぇす。ちゃんと守ってくださいねぇ」
キンキンするような猫なで声に耳をふさぎたくなったが──流石にそれは失礼だろう。
とりあえず軽く会釈しておく。皆も同じような対応だった。
「俺はノーマン・ガッシュレイだっ! レベル38の剣士をやっている! 」
エイミーにすかさず続いたのは先ほどからやたら筋肉をアピールしている男だ。
見た目はジョニーと同じぐらいの年齢に見えるがとにかく暑苦しい雰囲気が強い。
ところで、ゲームでの剣士はその名の通り剣を使うのだが斧や槍といった近接武器も使う事ができる。
彼の場合、武器は斧なのだろう。筋肉質な体型と良く似合っている。
……しかし、ガタイの良さならアインベルやアーロンの方が勝っている気がする。
それだけに、やはり反応に困る相手だった。確かにマッチョではあるのだが。
「僕はフレッド・エルドール。レベル38の銃士だ。エイミーの配偶者だよ」
続くのは前髪がやたら長い男。やたらナルシストっぽい動作をする人だ。
と、フレッドがそう言った瞬間にノーマンが彼の胸倉を勢いよくつかんだ。
「貴様っ! 嘘をいうな、嘘をっ!!」
「嘘じゃないさ。僕とエイミーは既に相思相愛。その現実に気づかない君の洞察力の低さを僕に原因があるかのように言わないでくれ。そんな愚かな逃避をしたところで──」
「あーもうっ! 長いっ! アンタらは黙っとれ!!」
ハナエが勢いよく机をたたくと、スイッチが切れたようにノーマンとフレッドは沈黙してしまった。
それを確認するとハナエは細身の男に視線を移す。
するとその男はビクリと体を震わせておずおずと話しはじめた。
「ぼ、ぼくはリルト。リルト・シャン。銃士をやってます。レ、レベルは32……」
ちらり、とリルトが横にいる太り過ぎた女に視線を移す。
「クッチャクッチャクッチャクッチャ」
だが彼女は俺達の事を全く認識していないかのように、ピンク色の物体を食べ続けていた。
一切、自己紹介を始めようとしない雰囲気をふてぶてしく放つその女には呆れを通り越して尊敬の念が湧き出てくる。
「か、彼女はポイドラ。ポイドラ・フォーン。レベル36の剣士ですっ……アハァッ……!」
ポイドラを見て、前かがみにながら彼女の代わりに紹介するリルト。
……正直、ドン引きである。そして、生理的嫌悪を感じているのは俺だけではないはずだ。
スイはまだ我慢しているようだが、アイネやトワは手に口を当てて吐き気をこらえているようなポーズをとっていた。
「以上。六人が現在カーデリーギルドに滞在する中でレベルの高い者だよ」
「はぁ……」
こちらの内心を察しているのだろう。
ハナエが申し訳なさそうに俯いていることもあって何も言うことはできなかった。
「つまり私達は彼らを護衛すればよいのですか?」
「そうさね。お願いできるかい」
「まぁ……そのためにきましたから」
「それはよかった。助かるよ」
断るつもりなら最初から来ていない。
しかし護衛対象がこの変人達だ。心変わりの可能性を本気で考えていたのだろう。
ハナエは心底ほっとした表情で息をついている。
「護衛だと?」
だが、そんなハナエに水を差すように不穏な声色でフレッドが話しかけてきた。
「実に不愉快だね。護衛という言葉がどのように用いられているのか君は理解しているのかい。君がどんな実力を持っているか知らない。だが、一人の男として、そして僕が積み上げてきた研鑽に懸けて年端もいかない少女に遅れをとるような真似はしないよ」
「俺の筋肉に護衛など不要! 君の方こそそんな華奢な体で戦えるのかっ!」
フレッドのその言葉にノーマンが声を荒々しくして続く。
それを受けてアイネが耳と尾をピンと立てる。
「なにをっ! 先輩はめっちゃ強いんすよ!」
「ま、まぁまぁ……」
自分の言葉が引き金になっているせいだろうか。スイは物凄く気まずそうにしている。
この人たちは今カーデリーギルドにいる中でレベルが高いとハナエが言っていた。
その分、プライドも高いのだろう。
「そうだぞ君達っ! スイさんの武勇伝を知らないのか?」
しかし、そのタイミングで意外な人物から加勢がきた。
ジョニーがノーマンとフレッドを押し返して声を張り上げている。
「え~、別に興味ないしぃ。女の子が王子様になってくれるわけないし~」
「人に語り継ぐならこのような少女より僕の物語にするべきだろう。そうは思わないかい?」
「筋肉が足りないぞっ! 君も剣士なら先ず筋肉をつけたまえ。筋肉をっ!」
もっとも、その加勢はあまり意味が無いようだった。
ふと、リルトが呟くように喋りだす。
「ぼ、ぼくは助かるよ……こ、この子達、なんかしっかりしてそうだから……それに、スイさんの実力、き、きいたことあるよ……大陸の新しい英雄って呼ばれてて……キマイラを倒したって……」
「なに? キマイラ?」