175話 日本人?
水色の三角巾に、まるっと太ったボディではち切れそうな白い大きなエプロン。
やたら太く、そしてまっすぐな眉毛とバッチリ整えられたおかっぱ。
そんな五十代と思わしき女性が俺の事を訝しげな表情で見つめていた。
「あ、こんにちは」
その姿を見るや否や、スイがぺこりと頭を下げる。
この女性はスイの知り合いなのだろうか。その疑問をアイネが代弁してくれた。
「ん? 知り合いなんすか?」
「知り合いというか──彼女はここカーデリーギルドのマスターですよ」
「えぇっ!?」
飛び退くように驚くアイネ。
……失礼なのは重々承知だが。俺も同じような気持ちだった。
彼女の見た目はギルドマスターというより給食を作る寮母を連想させるようなものだったからだ。
「はっはっは! まぁ言いたいことは分かるよ。でもね、こう見えて結構強いのよ。アタシは。ま、スイちゃん程じゃないけどねぇ。ともかく、そろそろ来る頃だと思ってね。待ってたわけよ」
「は、はぁ……」
困惑した表情を見せるアイネを前にしてもその女性は豪快に笑っていた。
だが、しばらくすると不意に真剣な顔になり俺の事をじっと見つめてくる。
「そのスイちゃんがリーダーじゃないってことは、アンタ、やっぱりめちゃくちゃ強いってことなのかい?」
「えっ……」
その瞬間。周囲の喧騒が消えたような錯覚に陥った。
俺の事を探るような視線。それに得体の知れない威圧感が込められていて──言葉が詰まってしまう。
確か絆の聖杯にパーティリーダーとして認められるのは一番レベルが高い者だったはずだ。彼女はその点から俺がスイよりレベルが高い事を察したのだろう。
「妖精を連れた魔術師の恰好をした男……そいつがサラマンダーを召喚したって連絡はきいているよ。ギルドが把握していない超高レベルの冒険者……そんなヤツがいたとはね」
──何故その話しを知っている?
妙な汗が背中に流れるのを感じた。
人の噂とはそこまで瞬時に街を超えるものなのか。
そんな疑問を察知したのか、スイが俺に声をかけてくれた。
「ギルド間では連絡用の魔道具がつかわれていますから……」
「なるほど……」
どうやら隠すだけ無駄らしい。
しかし、俺の事を怪しむような視線がどうにも心地悪くて、うまく言葉を返せずにいた。
「初めましてっ。ボクはトワだよ。よろしくねっ」
そんな俺に対するフォローのつもりなのだろうか。
この空気には不自然な程にトワが朗らかな声をあげる。
すると、その女性は一つ、鼻でため息をつくと表情を緩めた。
「おやこれはご丁寧にどうも。アタシはハナエ。ハナエ・コタケヤマだ。よろしくね」
「えっ──」
だが逆に。俺の方は身震いするほどの驚愕を感じてしまった。
──な、なにその名前?
「ん、どうした。変な顔して」
「え、いや……」
どう言えばいいものか。
怪訝な顔を見せるハナエに、おそるおそるきいてみる。
「あの、もしかして日本の方ですか……?」
「ニホン?」
疑わしげに眉をひそめるハナエ。
それを見て、スイが慌てた様子で俺に耳打ちをしてきた。
「リーダー。あの……多分、異世界からきた人なんて貴方以外にいませんよ……?」
「いや、そ、そうなのかもしれないけど……」
──あまりにも日本人っぽいんだって!
改めて見ると服装といい、顔づくりといい……全てが日本人のように見える。
と、そんな俺達を見て気分を害したのだろうか。ハナエがわざとらしくため息をつく。
「なんだい。男女でこそこそして。スイちゃんはそういうタイプに見えなかったんだけどねぇ」
「す、すいませんっ! 俺は──」
急いでスイから離れてハナエに自分の名前を告げた。
するとハナエが豪快に笑いだす。
「はっはっは。そんなに恐縮することないだろう。別に怒った訳じゃないんだからね。しかし変わった名前だねぇ。遠くから来たのかい?」
「は、はぁ……」
──変わってるのはアンタの名前もじゃないのかっ!
しかしスイ達の表情を見るに、そう感じているのは俺だけらしい。
自分と周囲の感性の違いにどこか歯がゆい気分になった。
「んで、その子は?」
ふと、ハナエがアイネの方に視線をうつす。
やや緊張した面持ちで背を伸ばすアイネ。
「ウ、ウチはアイネ! アイネ・シュヴァルト。せんぱ……あっ、スイさんの妹弟子っす!」
「シュヴァルト? それに妹弟子って──まさかあんた、アインベルの娘さんかい?」
「あっ、知ってるんすか?」
二、三度ぱちぱちと瞬きをするアイネ。
正直、俺も少し驚いた。まさかここでアインベルの名前をきくことになろうとは。
そんな彼女をからかうようにハナエはくすりと笑った。
「そりゃあね。大陸の英雄程じゃないにせよ、あの強さはギルドマスターの中でも有名さ。本当はトーラみたいな小さなところのギルドマスターなんてやる器じゃないんだけどね……」
「へ、へぇ……」
僅かに口元を緩ませるアイネ。
なんだかんだ、自分の父親がそう評価されるのは嬉しいらしい。
「ともかく、こりゃ確かに心強いね。なにせ最近になってゴーレムがさらに厄介な力を身に着けたって報告があってね」
「厄介な……とは?」
スイの問いかけにハナエが少し眉をひそめる。
「この街に来たなら、お前さんらも見ただろう。擬態だよ。奴等、他の岩にまみれて不意打ちをしかけてくるんだ。そんな能力、前には無かったのに……おまけに能力も高くなっているときたもんだ」
「あ、やっぱりそうなんですか」
「苦労しただろ。なにせその能力をあたしらが把握したのが、まさに今日の朝でね……フルト遺跡どころかカーデリー周辺で犠牲者も出てる。現在、カーデリーの人間には外に出るなと緊急勧告をしたところさ」
「あっ、だから皆ちょっと驚いてた顔してたんだ。ボク達、外からきたもんね」
なるほど。どおりでゲームでの記憶も、ポルタンからの報告も無いわけだ。
「ほぅ。まぁスイちゃんの顔を知っている人もいただろうからね。なにせ大陸が誇る英雄様なのだから」
「そ、そんな……」
そう言いながら意地悪くハナエが笑う。
恐縮したように背中を丸めるスイ。
「はははっ! ともかく、今日は陽の日だろ。一日中こんな感じでね」
そう言いながらハナエは、やや呆れた感じで笑う。
それをきいてアインベルが陽の日は休日だと言っていたのを思い出した。
──なるほど、それもあってこの騒ぎというわけか。
「ま、こんな入口で話すのもなんだ。ちょっとついてきてくれないかい。今回のクエストの事について説明させてもらうよ」
たしかに、ここはあまりに騒がしくじっくりと話すのには全くもってふさわしくない。
くるりと背中を見せたハナエに俺達は黙ってついてくことにした。