174話 荒野の街
荒野を進むこと数時間。
太陽が地平線に半分隠れた頃、視界に明確な変化が現れた。
「あれがカーデリー?」
それを察知したトワが、はつらつとした声をあげる。
「へぇ……なんか微妙な柵っすね。トーラみたい……」
他方、アイネの声はあまり抑揚のない無感動なものだった。
少しだけ眉をしかめておしりの下に手を入れている。
「一応、魔除けの結界は張られていますから。安全性は大丈夫だと思いますよ」
「でもシュルージュを見た後だとな。たしかにな」
たしかに、あの巨大な防壁を見てしまった後ではカーデリーを見ても反応に困るだろう。
トーラよりも大きさは勝るものの、その防衛設備はトーラのそれに毛が生えた程度のものだ。
一応、緑が少ない分、景色はがらりと変わっているのだが──それでも不快な馬車の揺れに耐え続けたアイネの気分を回復させる程、新鮮味がある風景ではなかったのだろう。
「でも後ちょっとだから。アイネ、もう少しだけ我慢してね」
「うっす」
とはいえ目的地が見えているのだ。アイネの声は僅かに明るくなっている。
俺もMP消費は感じないとはいえ、いちいちインティミデイトオーラとバッドガードをかけなおすのが流石に面倒になっていたため内心ほっとしていた。
そのまま門を通り越し俺達はカーデリーの中に入る。
その景色は西部劇に出てくる街に近い。ウエスタンというヤツだろうか。
風によって僅かに舞う砂埃と黒ずんだ木造、煉瓦の建物。
「ふーん……結構人少ないんすね」
「そりゃシュルージュに比べればね」
今まで進んできた道よりは整備されている地面のせいだろう。
揺れが少なくなっており、興味なさそうな言葉とは裏腹にアイネの顔には活力が戻っている。
「ん……でも、なんか目立ってない?」
「そうですか?」
トワの言葉にスイがあまりピンとこないと言いたげにきょとんと首を傾げる。
「んー、見られてるっすよ? 気づかないんすか?」
やや警戒するように耳を張るアイネに俺も首を縦に振る。
彼女の言葉通り、周囲に点在する人達は俺達を見てやや驚いている表情をしているように見える。
ざっと見渡した限り、馬に乗る人もちらほらと見かける。そうだとすれば馬車というものが珍しいという訳ではないはずなのだが……
とはいえ、あまりそんな事を気にしていても仕方ない。少なくともシュルージュの時のような嫌な視線ではないため無視しても問題はないだろう。
「それより、ギルドの場所は分かるのか?」
「それは大丈夫です。一応、きたことはあるので。そんなに遠くないですよ。……ていうか、ここですね」
スイがそう言った直後、俺達の乗っている馬車が動きを止めた。
「あれ? そんなに大きくないっすね」
拍子抜けといった感じでアイネが首を傾げる。
馬車を停めた前にある建物は灰色の石で出来ている。
目の前から見ているため全体は見渡せていないが円形の建物だ。その広さは周囲と比べてもさほど目立つようなものではない。
トーラですらギルドの建物は周りに比べて大きさは飛びぬけていた。だからこその感想だろう。
しかし──
「中に入れば分かるよ」
馬車から降り、その建物の中に入っていくスイ。
慌てて追いかけていくアイネに俺も続く。
「うっ……なんか酒臭い……」
建物に入った瞬間、先ず耳に入ってきたのは喧騒と、それにかき消されそうなトワの声だった。
日も落ち始めてきたせいだろうか。まるで宴でも開いているかのように男達が酒を煽っている。
この景色だけみればギルドではなくただの酒場だ。
「この街の人はお酒が好きなの?」
だからだろうか。トワがやや呆れたように苦笑いを浮かべている。
それを見て、スイも同じような表情を見せると一つのテーブルを指さした。
「お酒というか賭博ですかね。ほら」
「カーッ!! また負けたっ!!」
「ギャハハハハハッ! もうけもうけっ!!」
ルーレットと思わしき円形の物体を囲った男達が頭を抱え込んだり、諸手を上げて踊りはじめている。
「って、うわっ……!」
と、トワが自分の顔を手で隠しはじめた。
どうしたことかと、彼らをよく見てみる。
すると勝者と思わしき男が片手に兎耳の獣人族の女性を抱きかかえキスを受けているのが見えた。
「っ!」
「う、うそっ……」
俺がそれに気づいたのとほぼ同じタイミングで、スイとアイネが息をのんで硬直する。
そのキスはあまりに濃厚で……直視するのが憚られるものだった。
──大丈夫か、ここ……?
カーデリーギルドもゲームで入ったことはあるため、だいたいどういうものか予想はついていた。
しかしこうも酒、賭博、女にまみれた男達を目の前にしてしまうと、こちらとしてもドン引きせざるを得ない。
──まぁ、俺も女には溺れかけているような気がするけど……
人の振りみて我がふり直せ。
アイネと付き合うことになったとしても、ああいうことを人前でするのは控えよう。
「……リーダーは賭け事とか嫌いなんですか?」
と、スイが顔を赤くしながら話しかけてきた。
ありがたい。俺も話題を変えようとしていたところだ。
「うーん……あんまり好きじゃないな。どちらかというと堅実に儲けたい」
「アハハッ、なんか小心者っぽいぞ」
「う、うるさいな……」
トワのからかいというよりかは、この場所から逃げたくて。俺は進行方向も良く分からないまま適当に歩き出す。
「ま、まぁ大丈夫っすよ。リーダーならいつでも一攫千金できるっす!」
皆も同じ感情なのか。適当に喧騒の中を進んでいく。
だが、それも背後からかけられた声ですぐに終わることになった。
「リーダー? おや、ほんとにその男の子がリーダーなのかい?」
「えっ……」