171話 岩の魔物
シャルル亭を後にした俺達はギルドから馬車の手配をしてもらい、カーデリーに向けて出発した。
カーデリーはウェイアス草原の西にあるテンブルック荒野にある。つまり、サラマンダーの出現した場所からさらに西の方向に向かうことになる。
そこで俺達は人気の無い場所まで移動した後、トワの能力を使いサラマンダーと戦った場所まで移動した。
そこから馬車を揺らすこと数十分がたった頃。
「うー……なんか揺れるっすね……」
アイネが浮かない顔をしながら腰を浮かす。
それを見て、トワがきょとんと首を傾げた。
「あれ。アイネちゃん、酔っちゃった?」
「別にそこまでじゃないんすけど……なんかおしりが痛い……」
「ん、大丈夫?」
おしりの下に手を置いて苦笑いするアイネをスイが心配そうに覗き込む。
現在、馬車が進んでいる場所は草原よりも岩だらけで足場が硬い。
俺はあまり気にしていなかったが揺れが激しくなっているのは事実だ。
「何か敷いたらいいんじゃない?」
「そっすね……」
トワの提案にそわそわと後ろを振り返るアイネ。
しかし、思い返してみてもクッションのようなものを持ち歩いていた記憶は無い。
荷物を置いている場所を見てはいるが探すだけ無駄になりそうだった。
「俺のコートでも使うか?」
そう言ってコートに手をかける。
たたんでクッション替わりにすれば衝撃を緩和させる事ぐらいはできるだろう。
そう考えたのだがアイネは慌てて両手を振りはじめた。
「ややや。流石に悪いっすよ。あっ、でもリーダーの膝に座れば楽になるかも?」
「えっ……」
唐突にぐいっと体を寄せてくるアイネに思わず上半身がひいてしまう。
いたずらっぽく笑うアイネ。
……しかし毎度の如く、照れが隠しきれておらず顔が少しひきつっている。
「コホン」
そんな中、小さな咳払いが耳に入ってきた。
僅かに気温が下がったような錯覚を覚えながらその方向にふり返る。
「あの。私の事は見えていますよね?」
「あ、はい……」
視界に入ってくるのは目が笑っていないスイ。
「そういえば、ここからカーデリーまでどのぐらいかかるんだ?」
その威圧感にデジャヴを感じた俺はとっさに話題を変える事を選択した。
少しわざとらしかっただろうか。数秒程、スイにジト目で見られ続ける。
だがすぐにスイは表情を戻してくれた。
「……そうですね。特に問題無く進めば夕方にはつくと思いますよ」
「問題無くって?」
ふくみのある言い方に首を傾げる。
するとスイは視線を上にずらして考え込むポーズをとった。
「そうですね。例えばなんですが──」
ドオオオオオオオオオオオオオッン
──え?
その音は、あまりにも唐突に俺の耳に飛び込んできた。
訳が分からず唖然とする。
「……こういうトラブルに巻き込まれるとか、ですかね」
だが、自分の言葉を遮られたにも拘わらずスイは極めて冷静だった。
まるで予想していたと言わんばかりにため息をつき、手綱を握りなおす。
「な、なんすかあああっ!?」
「落ち着いて! 私達が騒ぐと馬達も混乱するっ!」
悲鳴をあげるアイネをスイが制止した。ハッとした表情で口を押さえるアイネ。
スイは凛とした顔で手綱を握り馬達に指示を出す。
「ねぇ、何あれ? 変なものが出てきたんだけど」
トワの言葉を受けて、俺は初めて轟音の正体に気が付いた。
「あれは、ゴーレムか……?」
一言で言えば人型の岩塊。
顔の部分には不気味に黄色く光る目が二つ。体の中心部分からはマグマのようなものが噴き出ていて、体の様々な部分にはヒビが入っている。
そんな存在が三体、地響きをならしながらこちらの方に近づいてきていた。
岩の顔に表情が存在しないとはいえ明らかにこちらに敵意があるのが見て取れる動きだ。
──でも……なんだ、あの見た目……?
そのゴーレムは俺が知っているものとはやや違っていた。
俺が知らなかったゴーレムの強化版だろうか。
少なくとも普通のゴーレムはあんなマグマのようなものを吹き出してはいない。
──ていうか、なんであんな巨大な存在に今まで気づかなかったんだ……?
「リーダー、倒してくれますか。このまま通り抜けたいです」
と、スイの声で我に返る。
馬車はスピードを落としていない。
言葉通り、このまま突破するつもりなのだろう。
流石ギルドの馬だと言うべきだろうか。異常事態にも拘わらず馬達は平然としているように見える。なかなか肝が据わっているようだ。
こういった状況でもしっかり指示をきくように訓練されているのだろう。
「あぁ。分かった」
とにかく、そこまで俺の事を信用してくれているのであればミスる訳にはいかない。
ゴーレムは土属性の魔物だ。普通ならば火属性の魔法でケリをつけるのだが──どうにも、あのマグマのようなものが気になる。
火属性ではないかと疑うこともできる見た目。もし属性相性を倍増させるスキルを有していれば火属性攻撃は無効化されるおそれがある。
──なら、水属性を選択するべきか……
「一匹ずつ処理するからなっ!」