168話 デートの約束
あまりに真摯に俺に向かうアイネに、俺は絞り出すような声しか出すことができなかった。
──俺は、なんて幸運なんだろう。
ふと、そんな事を思ってしまう。
アイネの想いが痛い程に伝わってきて──驚きや、嬉しさや、照れ臭さや。
色々な感情が沸き起こってきてうまく声が出せなかった。
「ま、まぁ……ウチがリーダーの力になれるかどうかは、別問題……なんだけどね……」
ふと、自嘲気味に笑いながらアイネが俺の手を離す。
──いけない、何やってるんだ俺は……
アイネは懸命に俺に向き合おうとしてくれている。
それなのに無言で立ち尽くすなんて情けない。
「んっ!?」
と、アイネが俺の耳元でひきつった声をあげる。
……当然か。いきなり抱き着かれたらそんな反応をするのが普通だろう。
「どうしたの……?」
驚いているようだが抵抗は無い。
むしろアイネは背中に手をまわして抱き返してくれた。
その感触は、傷だらけのアイネを抱きしめた、あの時よりも遥かに心地よくて──
「アイネ。俺……アイネの事、大事にしたい」
「えっ?」
「だから俺にできることがあったら言ってくれ。なんでもやるから」
俺の人生で、こんなに俺の言葉を聞こうとしてくれた人がいただろうか。
俺の人生で、こんなに俺の気持ちを受け入れようとしてくれた人がいただろうか。
俺の人生で、こんなに俺を想ってくれる人がいただろうか。
「俺、俺はっ……アイネ、君を──」
ぎゅっと、アイネを抱きしめる力を強くする。
──そうだ、アイネがこんなに本気なら俺だって……
「どうしたの?」
返ってきたのは平坦な声だった。
感情をこめていただけに、それが意外で力が緩む。
ひょこっとアイネの頭が俺から離れた。
「なんか、らしくないよ?」
軽く俺の胸に手を添えて、アイネが諭すように話しかけてきた。
「……そうかな」
「うん。ちょっと焦ってるみたい」
眉を八の字に曲げて苦々しく笑うアイネ。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
なんとなく心当たりがある。
俺は──怖がっているのかもしれない。
アイネの一生懸命な気持ちが、俺から離れていくことを想像してしまう。
なんでそんな事を考えているのか分からない。
でも、今俺がいる環境が、居場所が。日本にいた頃とは違いすぎてどうしても現実のものとは思えなくて──
「心配しないで。ウチは変わらないから」
「えっ……」
「ほらっ」
ふと、アイネが軽く背伸びして俺の頭に手を添えた。
そのまま、まるで子供をあやす様に俺の頭を撫ではじめる。
「大丈夫、大丈夫! どう、気持ちいい?」
「……あぁ。すごく落ち着くよ」
言うまでもない。
でも、言葉にできる自分の気持ちははっきりと伝えておきたかった。
「アイネも大丈夫だからな」
「……うん。落ち着く」
俺もアイネと同じように頭を撫で返す。
ぺたりと垂れる猫耳。額を押し付けるように胸にくっつけて背中に手を回す。
──どうみても、これ恋人だよな……?
どこか自分のやっている行動に疑問を感じつつも、それを止める事ができない。
そんな俺達を叱るように、ビュウ、と冷たい風が吹いた。
「うっ……」
ぶるる、とアイネが震えるのを感じた。
名残惜しさを堪えてアイネと一歩距離を置く。
「えっと……ちょっと寒いか?」
「戻りたい?」
ちょっぴり寂しそうに笑うアイネ。
そんなふうに返されては出せる言葉など一択しかない。
「……そうでもない」
「ウチも」
照れ臭そうにアイネが頬をかく。
「じゃあ、もうちょっとだけ歩こうか」
「……うん」
自然と、手を握られた。
指の間にアイネの指が挟まってくる。いわゆる恋人つなぎというものだ。
──意外に緊張しないな……
もっとドキドキしたりするものかと思ったが、そんなことは無い。
むしろ、もともとこうしていたかのようにリラックスしていた。
──まぁ、もう何度も抱きつかれてるしな……今更か……
「……明日、カーデリーに行くんだよな。アイネは行ったことないんだっけ」
そんな事を思いながら、ふと話題を変えてみる。
「そっすね。ウチ、トーラから出た事ないから」
元気よく、はきはきと答えるアイネ。
口調が戻っているせいだろうか。その健康的な笑顔からはさっきまでの色気がなくなっている。
「だから楽しみっすね。どんなところなんだろ」
「荒野の街だから──殺風景かもな」
「うーん、じゃあいいデートスポットとか無さそうっすね。残念だなぁ」
──デートスポットか……
こんな単語を女の子から引き出すとは。
今の自分の置かれている状況に、どこか笑い出したくなる。
「そんなことないよ。どっかあるだろ」
「むーっ、適当に答えないでほしいっす」
「適当じゃないって」
少しだけアイネの手を握る力を強くする。
きょとん、と俺の事を覗き込んでくるアイネ。
「アイネと行くんだ。どこでも楽しめるよ。絶対な。だから色々探してみよう」
「っ……!?」
デートスポットというのは具体的にどういうものを指すのか、いまいち思い浮かばない。
景色が良い所とかはそうなるのかもしれないが──カーデリーにそのような場所があったかどうか、心当たりは無かった。
とはいえゲームで全てが描写されていた訳ではないだろうし、無いと決めつけるのもどうかと思う。
というか、そういうのを探す事自体が面白そうだ。
「……も、もーっ!」
と、アイネが急に大声を出してきた。
何事かとアイネを見てみると──
「言っておくっすよ! リーダーの事好きなのはウチだからっ!」
「は?」
俺の何倍も強く手を握り返して、アイネがぐぐっと詰め寄ってくる。
「今ので一本とったとか思わないでほしいっす!」
「お、思ってないって……なんだよ、それ」
「本当っすかー?」
半目になりながら俺の事を軽く睨むアイネ。
だが俺としては何を思ってそういうことを言っているのか理解できず。
半ば唖然とアイネを見つめ返すことしかできなかった。
「なら──してもらうっすよ! カーデリーで、ウチとデート! 二人きりの時間、作ってほしいっす!」
とん、と俺の胸の小突くアイネ。
手を握っている方と反対の手の小指を向けてくる。
この世界でも指切りげんまんの風習はあるらしい。
「……あぁ、約束だ」
手をほどいてそれに応える。
暗い夜道でも分かる程、アイネが顔を赤くしているのが分かった。
意地を張るように笑みを見せているアイネ。
……そんなアイネの顔をずっと見ているのはくすぐったくて。
「ま、クエストが優先だけどな」
「わ、分かってるっすよ! しらけるなぁ……」
「ごめんごめん」
頬を膨らませるアイネの頭を軽く叩く。
「ふふっ、楽しみっすね。リーダー」
もう一度、指を絡ませてくるアイネ。
そんな、全身で愛情を示してくる彼女が愛らしくて──
俺はわざと歩くスピードを落としていた。