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167話 アイネと二人

 いつもとは違う口調。

 さらりとおろされた髪がアイネの色気を増している気がした。


「嫌?」


 もう一度、問いかけてくるアイネ。

 ぎゅっと二の腕をつかむ力が強くなる。包み込まれるような柔らかな感触。

 外から見たら目立たないが、嫌でもアイネが女の子だということを意識させられた。

 それを振り払うために、俺は平静を装って歩きはじめる。


「そんなことない」

「そ。よかった……」


 少しだけ俺に重心を預けるアイネ。

 体勢の関係上、必然的に歩くスピードは遅くなる。

 良いとは言えない視界の中で研ぎ澄まされていく聴覚と触覚。

 それがアイネの息遣いと体から伝わってくる熱を敏感に察知していった。


 ──いけない、変な事考えるな……


 こみ上げてきそうな邪な心を振り払い、俺の体を撫でる風に意識を集中する。

 だが、そんな俺の努力もむなしく、アイネが声をかけてきた。


「……ねぇ、何かあった?」

「え?」

「ミハさんと」


 ピタリ、と足が止まる。止められる。

 すぐに足に意識を向けて歩くことを再開するが、これだけでもう隠しようがなかった。


「あったんだ。さっきのミハさんの顔見て分かっちゃった……なんか、リーダーを見る目が少し違ってて……」


 少し気まずそうにほほ笑むアイネを見て、変な汗が背中に流れる。

 思い返されるのはミハの顔と、頬に残ったキスの感触。

 二股がばれた男というのはこういう感覚を抱くのだろうか。


「いや、あったっていうか俺は……」

「それにリーダーも少し顔が暗かったから。もしかして何か悩んでるのかなって」

「えっ……?」


 だが、その感覚はすぐに消えた。

 アイネの表情は俺を責めるというよりかは心配しているようなものだったからだ。


「気づいていなかった? 先輩も心配してたよ」


 ……全然気づかなかった。

 アイネもスイも特に態度が変わっているようには見えなかったのだが──


「悩んでるっていうか……別に俺は……」


 ただ、悩んでいるかと言われれば、それは少し違う気もする。

 とはいえ、どう表現すればいいのだろうか。自分の感情を適切に表現できないのがもどかしい。


「うん。俺は?」

「…………」


 言葉を詰まらせる俺にアイネが優しく問いかける。

 そのまま特に俺を急かすこともなくアイネはじっと待っていてくれた。


「この世界に来てからさ、俺……皆の役に立てるって思ったんだ」


 自分でもはっきりと、自分の気持ちを自覚していない。

 だからだろう。俺の話し方はどこか、たどたどしくなっていた。

 それでもアイネは真摯な表情で俺の事を見つめてくれている。


「よく分からないけど凄い力があって、アイネもスイも喜んでくれて……でも、理不尽な事が見えたとき、それを全部覆すようなことはできなくて……」


 いくらレベルが高くても、全てができるわけじゃない。

 そもそも2400という数値のレベルは俺が積み上げたものとはいえない。

 そんなことは分かっている。分かってはいるのだが──


「それが、なんていうか……ちょっと悔しいかな……」


 結局、スイの悪名を全て払拭することはできなかった。

 そしてミハも――話をきいて、俺ができることなんて思いつかなかった。

 別にそれで思い悩むとか、そこまでではない。


 だが――圧倒的なレベルがあるのに、それに抗えない自分に、どこか無力感みたいなものがあって……


「…………」


 無言で俺の言葉を聞き続けるアイネ。


「あ、ごめん……何言ってるか分からないよな」


 ふと、俺は肝心なことを思い出した。

 アイネはミハの──シャルル亭の裏事情を知らないはずだ。

 俺の言っている言葉が何を意味しているのか分かるはずがない。

 だが――


「さっきお風呂で先輩がね……?」


 そんな俺の内心を察したかのだろうか。

 アイネがくすりと笑う。


「詳しい事情は分からないけど、ミハさんはトラブルに巻き込まれているかもしれないって……そんな事を言ってたんだ……」


 それを聞いてミハの話を思い出す。

 確かスイはミハと一緒にヤクザを追い返したとか、そんな事を言っていたはずだ。

 そうだとすれば、スイがミハの事を知っていてもなんらおかしくはないだろう。


「んで、ミハさんのリーダーを見る目が少し変わってたから。だからもしかして、あの時ミハさんと何かお話ししてたのかなって……トイレにしては長すぎたもんね?」


 意地悪そうに歯を見せるアイネ。


 ──鋭い。


 ミハの話を聞いた後、合流した時にその事について全く触れなかったので、特に何とも思われていないと考えていたのだが……

 これが女のカンというものか。


「それに、リーダーって顔に出るタイプだし。あの表情は誰かを心配してる時のものだって先輩もウチも分かってた。だから……トワちゃんは何も言ってくれなかったけど、リーダーがミハさんからどういう話を聞いたのか、なんとなく察してはいるつもり」

「そうか……」


 どうにも照れ臭い。

 彼女達に隠し事をするのは不可能なのだろう。

 自然と自嘲気味な笑みがこぼれてきた。


「ねぇ。リーダー。ウチらはまだ何も知らないけど……でも……」


 ふと、アイネが俺の腕から不意に離れた。

 足を止めて俺の前に移動。一度、ピクリと耳を動かしてアイネは真っ直ぐ俺の目を見てきた。


「何か、リーダーがこうしたいと思ったことがあるなら、遠慮なく言ってほしい。ウチらは……ううん、ウチ──えっとっ……『私』は」


 すっと手を握られる。


「……貴方の気持ちを尊重したい」


 ぴんと張った耳に真正面から俺を見つめるその瞳。

 目を反らしそうになるが、反らせない。


「大丈夫。リーダーは無力なんかじゃない。そんなこと……誰にも言わせない。リーダーが誰かの役に立ちたいなら、ウチはそれを尊重する」

「アイネ……」


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