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163話 暴走の理由

「……はい、これ」


 とぼとぼと歩くミハを追いかけて数分後。

 彼女は小さな露店からジュースを二つ買い、人気が少ないベンチに移動すると、それを俺に渡してきた。

 普通なら俺がこういう事をしてあげるべきなのだろうが──所持金ゼロの俺にそんな選択肢はそもそも無かった。


「どうも」


 半ば茫然とその姿を見ていたが、流石にその意味は分かる。

 俺は軽く頭を下げるとそれを受け取った。


「えっと、ありがとね♪ ほんと、助かったよ♪」


 その甘い声はいつもの調子を取り戻していた。

 だがいつもよりも顔が少し強張っているようにみえる。

 少しだけ自己嫌悪してしまう。俺の方が彼女に気を遣われてしまっている。


「で、なにが起きたの?」


 ふと、トワがふわりとミハの前に飛んで行った。

 その、あまりにもズケズケと踏み込んでいくスタイルに数秒程絶句する。


「トワ……空気読めよ……」

「えーっ!? だって、気になるじゃん」

「こっちが気になるかどうかなんて関係ないだろっ」

「でもーっ!」


 空中で地団駄を踏むジェスチャーをするトワ。


「ふふっ……変なの……」


 それを見てミハがくすりと笑った。

 それは自然に出てきた優しい笑みで──

 しかし、すぐにミハはその笑みに営業的な色を加え猫のようなポーズをとった。


「いや、でもほら。見た通りだよ。その……調子にのったら犯されかけちゃった♪ きゃははっ♪」

「っ…………」


 声の明るさと言っている内容がまるで一致していない

 ミハは敢えてそうしたのだろう。それぐらいは分かる。

 しかし、かといって俺も「そうなんだ♪」と明るく返す訳にはいかず。

 結果、生じたのは息をするのも辛くなる程の気まずい沈黙。


「……ごめん」

「いえ、それはいいんですけど……」

「…………」


 一言、謝罪するミハ。

 両手で持ったコップにまるで口をつけようともせず、ミハはどこか虚ろな瞳で下の方を見つめていた。

 そんな彼女にしびれを切らしたのか、トワがミハの顔の前へと飛んで行く。


「ねぇ、だからさ。なんであんな事が起こったわけ?」

「トワ……」


 どう考えてもミハが抱えている事情はデリケートなものだ。

 そういった領域に他人が無遠慮に入り込んでいくのはどうなのだろう。

 しかし、トワは納得いかないといった様子で俺に反論してくる。


「だってほら、話した方が楽になるってことあるじゃん。だからさ」

「お前は自分の好奇心を満たしたいだけなんじゃないか?」

「それは半分だけだよっ! 自分からは話しづらいことだってあるじゃん」

「このっ……いや、でもっ……」


 ──半分は認めるのかよ……


 しかし、トワの言い分も妙な説得力がある気がする。

 俺達はどうするのが正解なのか。そのヒントが欲しくてミハの顔をおそるおそる覗き込んでみると──


「あっはははは。君達、ほんと面白いね♪」


 カラカラとミハは笑い始めた。

 少しだけほっとする。どうやらミハを追い詰めることはしていなさそうだ。


「すいません……」

「本当に気にしないで。なんか気持ちが明るくなれたよ。きゃははっ♪」


 猫のようなポーズをとるミハ。

 今回のそれは緊張を解くのにうまく貢献してくれた。

 自然と心が落ち着いていくのを感じる。

 そんな俺達の様子を見て、ミハも少し頬を緩めた。


「その……えっとね、スイちゃんがぼったくりかけられたってきいて頭に血がのぼっちゃったんだよね」

「スイが?」

「えとね……その……えと……」


 人差し指を額にあてて言葉を詰まらせるミハ。

 どこかわざとらしいポーズだが何とか事情を説明しようとする気持ちは伝わってきた。

 少し焦ったような表情を見せるミハに、努めて声を穏やかにして話しかける。


「うまくまとめようとしなくていいですよ。俺、暇なんで。もし話してくれるなら、いくらでもききますよ」

「えっ……」


 ふと、ミハはきょとんとした表情で俺のことを見上げてくる。

 数秒の間をおいて、苦笑い。


「えっと……本当に長くなるけど、いいかな……?」


 無言で頷く。するとミハはほっとため息をついた。


「ありがとう」


 そう言いながらほほ笑むミハ。

 そこから十秒程の間があっただろうか。じっと黙り込んだ後、ミハはゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「……私ね。孤児だったの」

「孤児?」

「うん。親がいないんだ。よくいるんだよ。そういう子。親が冒険者やってると特にね」

「そうですか……」


 その点については説明されなくても察しが付く。

 こんな世界だ。戦いで命を落とす人がいるのは当たり前だろう。

 しかし、いざ目の前の人間がそういう人間だと知った時、俺はうまく言葉を返すことができなかった。


「私の親がどんな人だったのか……それも全然覚えていないんだけど、とにかく物心ついた時には剣を握ってサバイバル生活してたの。一応、今では剣士として冒険者登録もしてるんだよ♪ これ、剣士用の服なんだ」

「へぇ、似合ってるよ!」

「えへへっ、ありがと♪」


 ──まぁ、確かに似合っているな……


 シャルル亭で見たメイド服よりも地味な印象を受ける服だが、清楚に感じる部分があって俺は好感を持っていた。

 ふと、ミハが小さな咳払いをして脱線した話を戻す。


「私には二人の妹がいて三人で暮らしてたの。でも、二人ともちょっとどんくさいところがあって稼ぎを出せたのは私だけだったんだけど……でもね」


 そこでいったん言葉を切るミハ。

 少しだけ言いにくそうに苦笑いを見せてきた。


「私って、結構なんでもできちゃうタイプなんだ」

「なんでもって……えっと、例えば?」

「本当になんでもだよ。スイちゃんには全然及ばないけど剣士としてもそれなりに、アイネちゃんほどうまくないけど料理だってできちゃうし……経営とか、建築とか。なんたってシャルル亭は私が建築したんだから♪」

「なっ──!」

「うっそー!?」


 流石にそれは驚いた。

 ミハは見た感じスイやアイネとそう年齢は変わらない。

 そんな女の子が建築というのは──あまりにイメージとかけはなれている。


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