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160話 ミハの剣

「悪いね。もう閉店時間だよ」


 自分の店の扉が開く音をきいた店主は、その方向を見ることもなくそう言い放った。

 リラックスした表情でパイプをくわえ、手には小さな鍵が握られている。

 もう片方の手は、ついさっき閉じたばかりの帳簿の上にそえられていた。

 そんな帰る直前の様子を見せる店主に対し、扉を開けた者は遠慮なく言い放つ。


「最近静かになったと思いきや、その性根は直ってなかったようだな。おい」

「あん?」


 低くドスのきいた、しかし男にしては妙に甘すぎる声をきいて店主は扉の方に視線を移す。

 その先には剣を携え、黄土色のケープを羽織った一人の少女が明確に敵意を向けている姿があった。


「聞いたぜぇ。お前、スイちゃんにぼったくりしかけようとしたろ、あ?」

「……なんだ、ミハか」


 ふぅ、と店主が煙を吐く。

 さほど目の前の少女に対し興味を示さない反応に、彼女は眉をしかめた。


「残念だがスイちゃんはここに買いにこねぇぞ。あの子はそんなバカじゃねえ」

「なんの事だ?」

「とぼけんじゃねえっ! こちとらスイちゃんから話はきいてんだっ! 金貨五十枚じゃねぇと売らねぇとか言われたってなぁ! まだそういう商売してんのかテメェらは!」


 ほぼ走るのに近い歩き方でミハは店主との距離を詰めていく。

 これでもかという程に眉間にしわをよせるミハ。

 そんな彼女を見下すように店主は失笑めいた声を出す。


「それが何か?」

「何かって、てめぇ――」

「あの子は犯罪者だ。紹介状を持ってきたから応じてやったものの……そういうヤツと商売するってことそのものが評判下げることになるってのは分かるだろ。ほれ、あの子を泊めた時の売り上げは減ってるんじゃないか?」

「ハンッ! テメェがしかけてきたチャチな営業妨害に比べれば屁でもねぇな! それにスイちゃんは犯罪者じゃねぇ!」

「否定はしないか……ふっ」


 勝ち誇った顔を見せる店主にミハはぐっと唇を一文字に結ぶ。

 それをみて店主はいやみったらしく、満足げな笑顔を浮かべながら話しを続けた。


「とにかく、こちらはリスクに応じた正当な価格を要求しただけだ。買いにこないという決断をしたのはスイの方だ。俺の知ったことではない」

「そうやって交渉が決裂したのはスイちゃんが応じなかったから……って理由を作るのが狙いか? ギルドマスターのあの性格だ、紹介状があってもうまくやりこめるとか思ってんだろ? 随分腹黒い事考えてるじゃねえか。なぁ?」

「商売人とはそういうものだ。お前もいい加減勉強しろ。なんならまた教えてやってもいいぞ?」


 顔の距離を狭めて威圧するミハ。

 しかし店主はそんな彼女の威圧をあざ笑うように淡々と言葉を返していく。


「ハッ、ワシはもう成人しとるんじゃ。だれの許可がなくとも十分金は稼げるわ」

「妹さんらもか? お前は中々図太いようだが奴等は違うだろ」

「あ……?」


 ミハの声に今までとは違う色が混じった。

 先ほどよりも僅かに開かれた彼女の目を見て店主はニヤリと笑う。


「少しつついてやりゃあ、宿屋なんて続けられなくなるかもな? あ? 今からでもエイドルフ様のもとの予定通り娼婦にさせてやることもできるってこった」

「て、てめぇっ……!」


 一気にミハの頬に熱が入る。

 満足したように不敵に笑う店主の胸倉へミハは手を伸ばした。


「ざけんじゃねえぞっ!! ちゃんと金は渡してるっ!! そこにしゃしゃりでる権利なんてねぇだろーがっ!!」

「おいおい。いきなりつかみかかるとはどういうつもりだ」


 胸倉をつかまれた体勢になっても店主の顔は余裕に満ちていた。

 ミハが苛立ちをさらに高めていく。


「それはこっちの台詞じゃあ!! テメェ、どこまで腐って――」

「おいっ、何してる!」 

「っ!?」


 だがミハの怒号は一気に遮られることになった。

 店主のものとは違う男の声と銃声。ほぼ同時に響く金属がぶつかるような衝撃音。


「うああっ!?」


 直後、ミハは体を大きくよろめかせた。

 その隙を逃すはずもなく店主はミハを突き飛ばす。

 不安定な体勢でそんなことをされては立っていられるはずもない。

 ミハはしりもちをついてうめき声をあげる。


「女一人で向かってくるとは随分となめられたものだ。その直情的な性格は変わってないな」

「クソッ……また新しいヤツを雇ったのか……!」


 だがすぐにミハは立ち上がった。

 彼女のケープは左肩部分が小さく血で染まっている。

 そこを抑えながら歯をくいしばり、ミハは自分に攻撃を加えた相手を確認した。


「ふざけんじゃねえぞ、コラ!」


 携えていた剣を鞘から抜いてミハは敵を睨みつける。

 相手は二人の男だった。共に年齢は店主よりも若く二十代。一人は拳銃、一人は短剣を構えている。

 一撃ミハに加えたことで彼らは自らの勝利を確信しているのだろう。

 その笑みからは余裕しか感じられない。


「イキがりやがって……随分余裕だなぁ、あぁん?」


 大きく剣を振り上げてミハは二人の男に突進する。

 だが相手も棒立ちでいてくれる程バカではない。

 並べられた商品の後ろに回り込んでミハの剣をかわそうとする。


「チッ……」


 それを見て舌打ちをするミハ。

 商売人としての矜持なのか、僅かに残った理性がそうさせたのか。

 自分の剣が商品である騎乗用具に当たる瞬間、彼女はピタリとその動きを止める。

 だが、それは相手に対して余裕を与えるだけの行動だった。


「おいおい。ここは俺の店だぞ。剣なんかふりかざしてどういうつもりだ。犯罪者になるつもりか」

「どの口が言うんじゃワレェエエ! 最初にこっちに手だしてきたのはテメェらだろうが!」

「ハッ、お前の方が先に殴り掛かってきたんじゃないか」


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