159話 出歩くミハ
「リーダー、トワ。外に行きませんか?」
食事をとり終え、部屋に戻るとスイがそんな事を言いだしてきた。
「え?」
唐突なその提案に思わず頓狂な声が出てしまった。
そんな俺を見てアイネはくすりと笑う。
「ほら、寝るまでまだまだ時間あるじゃないっすか。このまま部屋の中でじっとしてるのってウチらの性に合わないんで」
「へぇ。楽しそうだね」
そう言いながらトワが俺の肩でパタパタと足を動かした。
――俺の性には合うんだけどな……
そんなことを思いはしたが別に外を出歩くという行為自体に抵抗がある訳ではない。
そもそもこの世界にきてからは彼女達と外にいることが殆どだ。
自分はインドア派、外に出るのは嫌なこと。それは俺の思い込みだったらしい。
人間は意外と簡単に環境に適応するものだ。
……もっとも、それは彼女達のおかげだろうが。
「別にいいけど、どこにいくんだ?」
とはいえ、俺達は悪い意味で目立っている。
何も聞かずについていくようなことはできなかった。
「特に決めていません。ただ、広いところに行きたいですね」
俺がそう考えることはお見通しだったのか。スイはそう即答する。
「え、なんで?」
「それはもちろん――」
そこでいったん言葉を切るとスイはアイネと目を合わせる。
それはいつも二人が交わすような親しげなものとは微妙に違う、少し緊張感の混じったものだった。
「特訓のためです」
「特訓っすよ!」
†
「ラァッ!」
「やああっ!!」
夕日に照らされたシュルージュの広場にスイとアイネの掛け声が響く。
「そこっ!」
「ッ……」
スイの剣をかわしながらアイネが体を半回転させて裏拳。
それをスイは瞬時にバックステップして回避する。
「まだまだぁっ!」
軸足と反対の足を踏み出し、もう片方の拳でスイを追う。
顔面に突き出されたそれを見てスイは少しだけ目を細めた。
「シッ――」
アイネの拳が自らの顔面を貫こうとするその直前。それをスイの剣が阻む。
そのままアイネの拳を受け流すと、スイはアイネのみぞおちにむかって膝蹴りを放った。
「ぐっ!? このおっ!!」
それでもアイネは倒れない。
歯を食いしばってスイの膝を抱え込み、拳を突きつけようとする。
「やるね。でもっ……」
「うっ!」
しかし、それはスイに焦りを与えるには弱すぎた。
アイネの体ごとつかまれた足を振り上げると思いっきりそれを振り回しアイネを振りほどく。
「おおーっ、二人ともかっくいいねっ!」
「あぁ……」
そんな映画のようなアクションを魅せる二人を前にトワが感嘆のため息をついた。
それに異論があるはずもなく、俺もトワと同じような声を漏らす。
「これでスイちゃんの評価も変わるといいんだけどね」
そう言いながらトワは苦笑いを浮かべる。
この広場を見つけ彼女達が訓練を始めた時、予想通り俺達は悪い意味で物凄く目立ってしまっていた。
しかし彼女達が試合形式で訓練を始めると状況が一変。スイを嫌う者でも認めざるを得ないハイレベルな動きに感心するような視線も出てきている。
時間帯が時間帯だけにさほど人の数は多くは無かったが、これを見た人たちの話が広まればスイの悪評も少しは上書きされるかもしれない。
「凄いな。二人は……」
スイとアイネがそれを狙っていたようには見えなかった。
それだけに、人の目をはねのけ真摯に努力を重ねる二人の姿は俺にとって眩しく見える。
――自分も、あぁいう努力を重ねていれば……
「んっ!」
少しだけネガティブになりそうな思考を、頬を叩いて振り払う。
そんな俺を見てトワが訝しげに首を傾げた。
「へ? 何やってんの。いきなり」
「いや、別に……あれ」
ふと、偶然目に入ってきたその姿に俺は目を見開いた。
「……ん、どうしたの?」
「いや、ミハが……」
トワの声に広場の隅を歩く少女を指さした。
その方向にむかってすぐにトワが視線を移す。
「あれ、本当だ。何やってんだろ、あんな恰好して」
シャルル亭にいる時のような青のメイド服は着ていない。
黄土色のケープにロングスカート。腰に剣を携えたそれは冒険者のような恰好だった。
しかしあの虎耳と綺麗な茶色のハーフアップは今日も見たものだ。見間違えるはずがない。
ただ、その表情はどこか――
「やああっ!!」
「づあっ……」
ふと、アイネの体が地面に叩きつけられる音がした。
どうやら勝負がついたらしい。スイがアイネの首元に剣をつきつけている。
「くぅー……先輩、強すぎ……」
「怪我してない? 大丈夫?」
悔しそうでいて、爽やかな表情を見せるアイネ。
そんなアイネに対しスイは少し心配そうに眉をまげている。
外見からは元気そうにみえるが無傷であるとは限らない。そう考えて俺はアイネにヒールをかけた。
「あ、どうもっす」
「助かります」
エメラルドグリーンの光がアイネを包み込んだことで二人も状況を理解したのだろう。
二人は俺に視線を移して笑顔を見せてくる。夕日に照らされたそれはとても愛らしく胸ときめく青春の一コマが出来上がっていたのだが――
「……なぁ。俺、ちょっと散歩してくるよ」
俺は別のことに気を取られてしまっていた。
先ほど見たミハの表情。それはかなり険しいもので、何か思いつめたようなものだったからだ。
と、その言葉の意味を勘違いしたのかスイが少し悲しそうに笑みを浮かべた。
「あ、どうぞ。やっぱり退屈でしたよね」
「い、いやっ、違う違うっ! そういうことじゃないっ!」
スイとアイネの戦いは、実力差はあれ、かなり見応えのあるものだった。
そもそも彼女達と一緒にいて退屈なはずがない。そこを勘違いなどされたくない。
そんな俺をトワが煽るように笑い始める。
「アハハッ、リーダー君必死すぎ。でもスイちゃん、それはないよ。ボク達結構楽しんでたし」
「そうですか……?」
「察してあげてよ。ただのトイレだから。一旦勝負がついたみたいだし行きたいんだって」
――え? なにそのフォロー!?
「あっ、これは大変失礼しました。どうぞ、いってらっしゃい」
ぺこぺこと頭を下げるスイを見て唖然とする。
別にトイレに行くことを恥ずかしく思うようなことは無いのだが――
「ちぇーっ、なら無茶はできないっすね」
「大丈夫。怪我はさせないよ」
「むぅ。余裕っすね……」
普通に訓練に戻ろうとする二人。
――まぁ、前の誤解よりはマシな誤解だし訂正する必要もないか……
複雑な気分ではあったが、とりあえず結果オーライ。
トワが謎なドヤ顔をしていたのが気にかかったが敢えてそこはスルーしておく。
「ボクはリーダー君についていこうかな。迷子になったら困るし」
「はーい。リーダーをよろしくっす!」
「また後で」
彼女達の声に手を振って、俺はミハがいた方向に向かって歩き出した。