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158話 不自然な笑顔

「えーっと……」

「騎乗用具なんてスイちゃんならすぐに買えるでしょ。なんで持ってな……あっ」


 と、ミハがはっと息をのんだ。

 何を考えたのかと様子をうかがっていたら彼女の表情が急に険しくなっていたのが見えた。


「ちょっと待って。もしかして、この街でそれ買おうとした?」

「え? えぇ……」

「買うのは止めたってことだよね。なんで?」

「え?」


 質問の意図が分からない。

 それは俺だけじゃなくスイも同じはずだ。

 ミハの迫力に気圧されたらしく頬が強張っている。


「えっと……今はそこまで必要じゃないかなって思ったので。それで……」

「…………」


 無言でじっとスイの顔を見つめ続けるミハ。

 そのただならぬ様子にスイだけじゃなく俺やアイネも料理に伸ばす手が完全に止まっていた。

 その空気に抗うようにトワが声をあげる。


「どうしたの? ちょっと怖い顔してるよ」

「う、うん。ちょっとね」


 と、スイから顔を遠ざけて軽く頭を下げるミハ。

 だがそれでもミハは強張った表情を崩そうとはしなかった。


「ねぇ。ちなみにどんな騎乗用具を買おうとしたの?」

「えっ……普通のですけど……」


 やや怒気を孕んだ声色にスイのそれも自然と張りつめていく。


「そう。いくらで売るって言ってた?」

「えっと……金貨五十枚……」

「ハァッ!?」

「!?」


 ミハの表情が一気に歪む。それと同時に周囲に響くドスのきいた低い声。

 俺達が目を丸くしているのに気づくと、ミハはハッと息をのみながら笑顔を作る。


「あっ、ごめんごめん。買わなかったんだよね? それ」

「は、はい……」


 スイが首を縦に振るのをみるとミハはほっとため息をつく。


「よかった。それ、ぼったくりだからね」

「あっ、やっぱそうなんすか!?」


 一度疑ったこともあってミハの言葉で引き起こされた感情に驚きというものはなかった。

 あるのは、ちょっとした失望と買い物をしなくてよかったという安堵。そして──


「トワ。お手柄だな」

「ん」


 トワへの感謝。それを小声で伝えておく。

 満足そうに微笑むトワはやけに可愛らしくて直視すると頬が緩みそうだった。

 だがどうにもそんな空気じゃないのは分かっているので俺はじっとミハのことを見続ける。


「スイちゃんって結構お金持ってるからね。つけこまれたんじゃないかな」

「そうですか……やはり……」


 ある程度のことはスイも察しがついていたのだろう。

 ふぅ、とため息をつくスイの表情はどうにも複雑なものだった。


「そこら辺の相場の知識には疎くて。危うく買わされるところでした」

「まぁ仕方ないよ。そもそも騎乗用具売ってるのはあそこだけだし何度も買うような物じゃないからね。しかしあのヤロウ……また……」


 と、ミハが呟きながらぐっと拳を握りしめる。


「また? どういうこと?」

「あぁ。あそこの店主は結構めんどうなヤツでね……」


 目の前に飛んできたトワにミハがそう答える。

 彼女にしてはらしくない、不自然な笑顔を浮かべて。


「どういう意味ですか。ギルドマスターからもそんな事を言われたんですけど」

「…………」


 スイの問いかけに対して、ミハはふぅとため息をつくと一度周囲を一瞥して冒険者達に無言の圧力をかけた。

 それにより周りの視線が外れたことを確認するとミハは上半身をやや倒して耳打ちをするような声で言葉を続ける。


「あの店主もそうなんだけど、その背後にいるヤツが厄介なんだよ。エイドルフって商人なんだけどきいたことないかな」

「うーん……?」

「ギルドにもお店を出してるから名前はきいたことあるんじゃない?」

「あっ、あーっ! あのポーションを売ってたところっ」

「アイネ……」


 大きく声をあげたアイネをスイが咎める。

 それに対しミハは少し苦笑いを見せたもののすぐに言葉を続けてきた。


「自分の事業を広げるために結構悪どい手を使うヤツなんだよ。あいつの息のかかったヤツはまともな商売しないし、ぼったくりなんてのは結構きく話だね。まぁ、証拠が無いから取り締まられてはいないみたいだけど……」


 ──なるほど、だから紹介状で牽制をしたのか……


 確証が無い以上、下手にそのことを伝えるわけにもいかない。

 そのうえで出したポルタンなりの策だったのだろう。


「……特にスイちゃんの場合はこの街であまり買い物をしない方がいいかも。寂しいけどなるべく早くシュルージュから出た方がいいよ」

「……そうですか。アドバイスありがとうございます」

「ううん。どうせ明日出発しちゃうんでしょ。だったらあまり関係ないよね」

「いえ、そんな……」


 ふっ、とスイが困ったように微笑んだ。

 ……結局のところシュルージュでは嫌われ者という扱いは変わっていない。それが少し心苦しかった。


「と、これ以上はお食事の邪魔だろうし私は退散するね♪ ごゆっくり」


 若干、暗くなった空気を仕切りなおすためだろうか。

 俺達から離れるミハの声は不自然なぐらい明るいものだった。


 ……そう、不自然なぐらいに。

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