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157話 妹

 トワの言葉に皆の視線が俺に集中した。

 少しだけトワに恨みのこもった視線を送ると彼女は煽るように舌をちろりと小さく出す。


「そろそろ食べましょうか。喋ってばかりだと冷めてしまいます」

「そっすね。ウチもお腹すいたし。いただきまーす」


 真っ先に皿に手を伸ばしたのはアイネだった。

 作った本人をさしおいて俺が手を出すのも気が引けたので正直ありがたい。

 フォークを手に取ると俺は中心部分で存在感を放つ肉に手を伸ばす。


「うわっ……」


 見た目から受ける印象は硬そうなものだったのだが口にした時の感触はそれとは真逆だった。

 丁度良くかみきれる歯ごたえとあふれ出る肉汁で唾液が止まらない。油断すれば口元からこぼれてしまいそうなそれをなんとか喉に押し込んで一息ついた。


「すげぇ……」


 とにかくそれしか言葉が出なかった。

 アイネの料理はトーラでも食べたことがあるが思考力を奪う魔力みたいなものがある。


「あははっ。リーダー、いきなりメインっすか?」


 そんな俺にアイネが苦笑しながら話しかけてくる。

 それを見て反射的に手をひっこめた。もしかしてマナー違反だったのだろうか。


「ごめん。失礼だったかな?」

「え? そんなことないっすよ。それより、どうっすか」


 アイネは気にしすぎだと言いたげに軽く流す。

 やはり作った者としてはそんなことよりも味の感想の方が気になるのだろう。

 アイネは俺の返答など分かっているといいたげな表情をしているが、きっちりと言ってほしいのか、期待に満ちた視線を送ってきていた。


「美味しいよ。こんなに美味い肉初めて食べたかも……」

「だよね♪ 実はここに運ぶ前に私もちょっと味見させてもらったんだけど衝撃的だったよ。私が調理した時より全然おいしいもん」


 俺とミハの言葉に満足げにアイネがにっこりとほほ笑む。

 

「ま、自分で言うのもなんすけどおいしいっすよね。これ何のお肉なんすか?」


 その言葉に一瞬、周囲の空気がかたまった。


「アイネ、知らなかったの?」

「見ただけで分かるわけないじゃないっすか」

「知らないのにこのクオリティなんだ……」

「はは……」


 きょとんとした顔をみせるアイネにスイとミハは引きつった笑みを見せる。

 

「それはブラッドウルフのお肉だよ。なかなか入荷できないからじっくり味わって♪」

「ブラッドウルフ?」


 聞いた覚えのある単語に俺は目を見開いた。

 ブラッドウルフはゲームにも出てきた魔物だ。

 少し前にギルドで討伐クエストが張り出されていたのを見ていたこともあってその容姿はかなり鮮明に思い出せる。


 ──あの獰猛な見た目の狼の肉がこんな繊細な味になるなんて……


「でもいいのですか? ブラッドウルフの肉ってなかなか入荷されないのでは」

「いいのいいの。本当は昨日出そうとおもった食事だから」


 スイの問いかけに答えながらミハはわざとらしく笑みを浮かべる。


「……ほら、声かけようとしたんだけど。なんかお楽しみだったみたいで♪」

「──!?」


 と、目に見えてスイの顔色が変わっていく。


「ちがっ、お楽しみとかそんなんじゃっ! あれはただのお礼でっ!!」

「大丈夫。ちゃんと分かってるから♪ 幸せになってね、スイちゃん♪」

「全然分かってないじゃないですかっ!」


 ダンと机をたたくスイ。その衝撃音のせいもあって周囲の視線が完全に集まっているのだが当のスイは全く気付いていないらしい。

 もっともミハの存在があるせいだろう。周囲の人間が野次を飛ばしてくることは無かった。


「アハハッ、喋ってばかりだと冷めちゃうよ?」

「う、ぐぐ……」


 トワの言葉にスイが恥ずかしそうに顔をふせる。

 自分が同じことをさっき言っただけに言葉を返すことができないのか。スイは少し悔しそうにしているものの何も言い返すことなく料理に手を伸ばすだけだった。

 その様子を見てくすりと笑うとミハは俺に視線を移す。


「そういえば君達は明日シュルージュから出て行っちゃうの?」

「あ、はい。カーデリーに向かおうと思っています」

「そっか。ちょっと寂しくなるね」


 ふと、スイに視線を移すミハ。

 俺達はともかくスイはミハにお得意様と言われるぐらいだ。

 それなりに交流する時間は長かったのかもしれない。


「でもでも、カーデリーにもシャルル亭があるんだよ♪ スイちゃんは利用したことある?」

「あれ、そうだったんですか? すいません、知りませんでした」


 んくっ、と喉をならした後スイがきょとんとした顔を見せる。

 するとミハはあざとく猫のようなポーズをとった。


「そっかー。私の妹がいるから是非是非よろしくね♪」


 やたらと甘々な声に全く動じることなくアイネがすぐにくいつく。


「おっ、妹さん? 結構似てたりするんすか?」

「どうだろ。顔は似てるかもしれないけど」

「じゃあ結構可愛い子なんだね」

「きゃはっ♪ トワちゃんは分かってるね。性格はそんなに似てないかもしれないけど。でもシャルル亭はいつもキラキラの笑顔でサービスするから安心してね♪ ちゃんと教育してるから♪」


 ──教育か……


 ミハの豹変したあの態度が頭をよぎる。


「それにしてもカーデリーにはどうやっていくの? やっぱりギルドの馬車なのかな」

「そうですね。また借りようかと思ってます。乗合馬車は……」

「そっか。スイちゃんの場合はね……」


 しゅんとミハの虎耳が垂れた。

 だが流石接客のプロ。暗めの空気になる前に瞬時に話題をふりなおしてくる。


「でもスイちゃんって確かライディングを習得していなかったっけ? 自分の馬ぐらい用意できるんじゃないの?」

「あー、一応アテはあるんですが騎乗用具が無いので長時間は……」


 言葉を濁らせるスイにミハは怪訝な顔で首を傾げる。


「え? なにそれ。馬だけ買ったってこと?」


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