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156話 企業秘密

「ふぅっ……トイレ掃除も終わりかな……」


 手に持ったデッキブラシを手放した時、疲労と充実感の混じったため息が自然と漏れた。

 俺に任された仕事は空いている部屋と広間の掃除だった。

単純な作業だが数が多く全ての仕事を終わらせるのに数時間かかってしまった。


「おーっ!? 結構きれいになってる!!」


 ふと、背後からかかってきた声にふり返る。

 目に入ってきたのは両手を胸の前で合わせて目を丸くしているミハの姿だ。

 いつの間にその場所にいたのだろう。そんな驚きを感じながら俺は彼女に声をかける。


「そうですか? よかったです」

「ほんとお疲れ様♪ まさか全部ちゃんとやってくれるなんて感動だよっ♪」

「いえ……」


 リップサービスなのかもしれないがミハの明るい声は俺の自尊心を満たしてくれた。

 少し照れくさくなって思わず彼女から目をそらしてしまう。


「驚いたなぁ。割と汚い仕事だし、こんなに丁寧にやってくれるとは思わなかったんだけど。嬉しい誤算だね♪」

「いえ、そんな」


確かに臭いに関してはなかなかくるものがあったがこの辺りの生活水準は日本のそれとさほど変わりは無い。

 トーラでも同じような仕事はしていたこともあってあまり抵抗感を感じることは無かった。


「……いや、本当にびっくりだよ。君って実は凄く強い人なんだね? きいたよ♪」


 ふと、ミハがぐっと上半身を倒して俺の視界に入り込んでくる。


「あー……サラマンダーのですか? 噂、ここまで流れてたんですか」

「そりゃあね。一応冒険者が集まるところだしそういうのはきこえてくるよ。まぁ、きいたのはついさっきだけど。でも驚いたよ。君、召喚術師だったんだね♪ もしかしてダブルクラス?」


 きゃはは、とわざとらしく笑ってミハは言葉を続ける。


「しかもアレを召喚したってことはレベル100ってことでしょ? ライル以外でスイちゃんよりレベル高い人なんて初めてみたよ♪ 凄い凄い♪」

「そ、そうですか……」


 どうもかなりシュルージュに俺のことが広まっているらしい。


 ──やはり昨日のアレは失敗だったか……?


 まさかここまで早くシュルージュ全体に俺のことが知れ渡るとは思わなかった。

 すぐにここを出ることを考慮しても少しだけ気味が悪い。


「そんな凄い人なのにこんな仕事させてごめんね? やっぱ嫌だったでしょ……」


 ふと、ミハの声で視線をあげる。

 おそらく顔に出ていた俺の考えを誤解したのだろう。少しおそるおそると言った感じの声色だった。


「いえ……他に役に立てそうなこともないですから……」

「ふーん……」


 俺の言葉にミハは少し嬉しそうに口元をゆるませる。


「君は本当に変わってるね♪ そこまで強い人って普通もっと上から話してくるようなものだと思うんだけど」


 嬉しさ半分、不思議半分といった表情で話しかけてくるミハ。

 とはいえ、レベルのことはともかく自分のことを強い人間だとは俺は思うことができないせいだろう。その言葉はあまりピンとこなかった


「戦闘ができてもここじゃ役に立ちませんから。そういえばアイネは?」

「あぁ、そうそう。そのことで呼びにきたんだった」


 ふと、ミハが頬をかきながら恥ずかしそうに苦笑いをうかべる。

 だがその表情は一瞬の間にシリアスなものへと変化した。


「でもさ、あの子って……一体何者?」

「え?」




 †




「あ、リーダー! どうぞどうぞっ」


 ミハに案内されシャルル亭の食堂に移動すると、アイネが満面の笑みをうかべながら俺の事を出迎えてくれた。

 その瞬間、俺は思わず息をのむ。


「……なんだこれ」


 アイネに案内された卓につくとそこには高級レストランに出てくるような見事な盛り付けのされた料理が並んでいた。

 卓の外周には小さいスープやサラダが並べられており、間の小皿には四角くスライスされた淡いピンク色の名前の知らない料理がある。

 それぞれの小皿には野菜が花のように盛り付けられていて卓全体をみると、一つのオブジェのようだ。

 中でも中心部分のこげ茶色のソースがたっぷりかかった肉の存在感が凄まじい。


「アハハッ、すごいよねー! これ、アイネちゃんが作ったんだよ」

「えへへ。どうぞどうぞ」

「…………」


 自慢げに胸を張るアイネに俺は無言でこたえることしかできない。

 前にアイネの料理を食べた事はあるため彼女の料理の腕前は知っていたが盛り付けのセンスもこのレベルとは。

 食堂の中には数人の冒険者達も遠目から好奇の視線を送っている。


「わ、私も手伝いましたよ? 全部アイネの指示に従ってただけですが……」


 と、スイが手を小さくあげて俺を上目使いでみつめてくる。

 そのさりげなくもあざといアピールに思わず口元が緩んでしまった。


「二人の手作りか。うまそうだな」

「ちょっと! ボクだって微妙に手伝ったんだから三人だよ」

「そうか。ありがとう」


 ──微妙にってなんだよ……


 そんなことをつっこんでも面倒なことにしかなりそうにないので俺はその言葉をぐっと飲み込んだ。

 それでも若干、社交辞令のような声色になってしまったのかトワはやや不満げに俺のことを見つめている。


 ──それにしてもなんでアイネ達が料理を?


「アイネちゃんには食堂の手伝いをしてもらおうとしたんだけどあまりに手際がよくってさ。自分達が食べる分だけ作らせてくれって言われたから任せてみたんだけど大正解だったよ♪」


 浮かび上がった疑問を察知したのかミハがにこにこと笑いながら話しかけてきた。

 甘々な声のトーンと内心を見破られた気恥ずかしさで思わず顔をそらしてしまう。

 するとミハはくすりと笑ってアイネに視線を移した。


「ほんと凄いよ。同じ材料使ってるはずなのに……なんでこうなるの?」

「それは企業秘密っす」

「もー♪」


 ぴくぴくと動く猫耳と虎耳。同じような感情表現の動きが姉妹のようで微笑ましい。

 だが、一つの労働を終えた俺の体はそういった癒しよりもカロリーの方を求めていた。

 その証拠を見逃さなかったトワがニヤリと口元をあげる。


「アハハッ、今のお腹の音ってリーダー君?」


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