152話 承諾
「ほんとなのネ! た、助かるのネ!」
俺達がポルタンの部屋に戻りクエストを受ける事を報告すると、彼は跳び上がるような勢いで背筋をピンと伸ばした。
だがすぐに背筋を丸めてへこへことお辞儀をし、ポルタンは一枚の紙とペンをスイに渡す。
「じゃ、じゃあスイ君。早速だけど、ここにサインしてほしいの。うん」
「はい」
頭を低くしながらニヤニヤと笑う中年の男。サインを要求される少女。
傍から見ているとかなり怪しい絵だったが──まぁ、見た目だけであれこれ言うのは偏見というものだろう。
「よ、よかったのネ……これでカーデリーにこれ以上負担かけなくてすむの。うん……」
サインをするスイを前にしてポルタンの顔がゆるんでいく。
──なんだ。この人、こういう顔もできるんだな……
正直、驚いた。
今見せているこの表情はうさんくささとは程遠い、優しげな笑顔だったからだ。
やはりこの依頼については純粋な意味で困っていたのだろう。ギルドマスターにしては小心者に過ぎる気がするが、それでも悪人ではないことは確かなようだ。
「…………」
「ん、どしたのネ?」
「いや。なんでもないっす」
同じようなことをアイネも考えたらしい。
散々胡散臭いと言った手前、気まずいのだろう。肩をすぼめてポルタンから視線をそらしている。
「それで……ネ、シュルージュを出発するのはいつにするのかきいておきたいの。うん」
「今日じゃなくていいのですか? 調査隊が生存している可能性があるのでは」
ポルタンの問いかけにスイがそう答えると、彼は表情を暗くした。
「……残念だけどネ。それはもう絶望的なのネ。二回目の調査隊が出てからもう二週間経っているの。うん」
「二週間も?」
サインを終えた紙を渡して、スイが首を傾げる。
「し、仕方なかったのネ。ほらネ、ライル君には言ったんだけどネ、ちょっと……」
「そうですか……」
呟くようにそう言うと、スイはポルタンから視線をそらして大きくため息をついた。
おそらく、ライルはサラマンダーのクエストを発注させているせいで、カーデリーに行くことを拒んだのだろう。
人命がかかっているような内容のクエストだからだろうか。スイのため息には複雑な色が見えた。
それが自分を責めているように見えたのか、ポルタンは一気に顔を強張らせると慌てて言葉を続けていく。
「と、とにかくネ! そんなに焦らなくていいからネ……そのネ……」
「出発ですが、他にやることも無いので今日にしようかと思うのですが」
表情をもとに戻してスイがポルタンの言葉を遮る。
一瞬、きょとんとした顔をみせるポルタン。
「そうなのネ? いや、早いに越したことはないからネ、助かるの。うん。じゃあ馬車の手配をネ、してお──」
「あ。馬車の手配はしなくてもいいかもしれません。一応他にアテがあって……」
「うん?」
もう一度ポルタンの言葉を遮ってスイが俺に視線を移した。おそらく召喚獣のことをさしているのだろう。
当然、ポルタンは意味が分からないと言いたげに俺のことを見つめてくる。
「そうですね。それを確認してからお願いできますか」
「そうなのネ? まぁ、気が変わったらいつでも言ってほしいのネ」
「分かりました」
「あ、でも」
ふと、スイが思い出したように手を軽く叩いた。
「騎乗用具は買っておきたいです。マスター、売ってくれる人を知りませんか?」
「ん? 馬だけ持ってるってことなのネ?」
「え、えぇ……まぁ……」
答えづらそうに苦笑いをするスイ。
サラマンダーを召喚したことはバレているので隠す必要はないかもしれないが俺の召喚獣達はサラマンダーよりもレベルが更に上だ。念のためということなのだろう。
余計なことを言わないように俺は口を閉ざす。
「ふむ……」
怪訝な表情をみせるもののポルタンは深くきいてはこなかった。
腕を組んで少しの間うつむく。
「心当たりはネ、一応あるの。うん。でもネ……」
そこまで言うとポルタンは苦々しく顔を歪めた。
「何か?」
「いや、ネ……うーん……」
「煮え切らないなぁ。はっきり言ってよ」
しびれを切らしたのかトワが口を挟んできた。
それを見てポルタンは一度ため息をつくと言葉を続ける。
「そ、そのネ。あのネ、馬車関連の道具を作る人がネ、いるんだけどネ、ちょっと色々困ったところがある人だからネ……」
「困ったところ……?」
「まぁ確かなことは分からないけどネ……うーん……」
「え、なんかヤバい人なんすか?」
やや引きつった顔でそうきくアイネ。
「べ、別にネ、犯罪者とかそういうわけじゃないの。うん。でもちょっとネ、色々困っちゃうところがある人でネ……まぁ噂だけどネ、あくどい商売してるみたいなのネ……」
「えー? そんな変なのじゃなくて、ちゃんとした人紹介してよー」
トワが頬をわざとらしくふくらませて不満をアピールする。
他の皆もそこまではしていなかったが目で同じ感情を訴えていた。
「そ、そうしたいのはやまやまだけどネ、そこしかないしネ……それに……」
気まずそうにちらりとスイに視線を移すポルタン。
するとスイは困ったように笑いながらため息をついた。
「多分、シュルージュではどこに行ってもトラブルみたいなのは起こると思いますからお気になさらず」
「……すまないのネ」
「もういいですよ。どうせすぐにシュルージュから出るのですから」
どこか諦めたような声色でそういうスイ。
だがあまりフォローになっていない言葉にポルタンは苦笑いを浮かべる。
「むぅ……役に立たないかもしれないけどネ、紹介状かいておくの。うん」
ふと、ポルタンは一枚の小さな紙にサインをするとそれをスイに渡してきた。
「と、とにかく。これ書いといたから。門前払いってことだけはないと思うのネ。うん……」
「分かりました。ありがとうございます」
「う、うん……場所はネ、一緒に渡した地図にかいてあるからネ」
「はい。行ってきます」
かなり自信が無さそうなのが不安だが今更だろう。
一度お辞儀をするとスイは部屋の外へと歩き出した。