150話 懇願
ふと、アイネがその言葉を遮った。
「へ?」
予想外の方向から声がきこえてきたせいだろう。
ポルタンは、頓狂な顔で、声を発した事を確認するようにアイネのことを見つめている。
そんな彼の視線を受け、アイネはピンと耳を張った。
「先輩が困ってる時に無視して、ライルの好き放題させて……そんな人にリーダーを渡してもロクなことにはならないってことぐらい、すぐに分かるっす」
そう言い終えた後にアイネはイーッと唇を結ぶ。
それを見て、ポルタンには申し訳ないが俺は嬉しく感じた。
──スイもアイネも、俺の事を考えてくれているんだな……
だとすれば変に答えを引き延ばすこともないだろう。
「い、いやネ。それはネ……えっとネ……別にとってくおうとか、そういうつもりはネ、特にないの。うん……ただネ、ほら、有望な若い人はネ、ぜひこちらとしても知っておきた……」
「お断りします」
ポルタンの言葉を遮って、俺はそう答えた。
彼の目が大きく見開く。
「ちょっ、ちょっと待ってほしいのネ! 別に悪い話じゃないのネ? ギルドに登録してほしいってだけなのネ。それだけで特に損する事じゃないのネ」
「彼が得する話でもないと思うのですが?」
この話はもう終わったと、言外に含んだ言い方でスイが言葉を返す。
だがそれでもポルタンは引き下がらない。
「と、得ならあるのネ! も、もしかしたら君がネ、国王様からお仕事をネ、貰える事もあると思うのネ。これって、すっごく名誉なことなの。うん」
「アハハッ。らしいこと言ってるけど、本当は戦力を見つけた手柄が欲しいだけじゃないの~?」
「そ、そんなことはネ! ないのっ! うん」
トワの言葉にぶんぶんと首を横に振るポルタン。
そんな彼を追求するようにスイが冷えた声を出す。
「仕事についても『貰える』じゃなくて『与えられる』の間違いでは。少なくとも権限上は強制連行するぐらい容易ですよね」
「…………」
なかなか物騒なワードが出てきた気がするがポルタンはそれを否定しない。
つまり、そういうことなのだろう。
──さて、どうするか……
ここで俺は考えをまとめてみることにした。
一連の言動を見てポルタンが根っからの悪人とは思わない。
だがスイの件から察するに、親身になってくれるような人ではないことも分かっている。
そうなると、どうしても手放しで信用することはできないし彼女達もポルタンの事を警戒しているようだ。
しかも戦力として渡す、との言い方からポルタンの言う通りにしたら彼女達と離れ離れになってしまうのではないか。
その可能性は結論を出すには決定的だった。
俺は改めてポルタンに視線を移すとなるべくはっきりとした口調で自分の意思を告げる。
「すいません。そういうのに特に興味は無いので。これからの事はスイ達と一緒に相談して決めようと思ってます」
「む、むぅ……」
そんな俺の意思が明確に伝わったのだろう。
ポルタンは不満げにしているものの、それ以上言葉を続けることは無かった。
そんな彼の様子を見てアイネが立ち上がる。
「もういいっすよ。なんか横から聞いてて、そっちの都合で動いてる感じがしたっす。先輩、もう帰ろっ!」
「待って! 待ってほしいのネ! 話はそれだけじゃないのネ! スイ君に受けてほしいクエストが来てるのネ!」
と、ポルタンは慌てて立ち上がりアイネに座るようにジェスチャーを送った。
その必死な様子を見てスイは怪訝に首を傾げる。
「私に……? 指名ってことですか?」
「と、とにかく座ってほしいの。うん……」
「…………」
スイが話をきく様子を見せたからだろう。
アイネは唇をとがらせながらも黙って座りなおす。
それを見て、ポルタンはほっとため息をつくとスイに視線を移し話をはじめた。
「そのネ、スイ君はカーデリーにネ、行ったことはあるかな。うん」
「まぁ。軽く通ったぐらいなら」
──カーデリーか……
その単語はゲームでも聞いたことがある。
ウェイアス草原を西に進むとテンブルックという荒野に出る。
サラマンダーと戦った場所はその境目辺りだ。
カーデリーはテンブルック荒野の中にある街のことをいう。
「そのネ、近くにネ、フルトっていうネ、遺跡があるの。うん。そこにネ、行ってほしいの。うん」
「…………」
何故そんなところにいく必要があるのか話が見えないせいだろう。
スイは無言で言葉を続けるように促している。
フルト遺跡はゲームでもダンジョンになっていた場所だ。
この世界ではどのように扱われているのかは知らないが、あまり平和的な場所でないことは確かだろう。
「そのネ、最近カーデリーの周辺でゴーレムの数が多くみられるってネ、報告があってネ。どうもフルト遺跡の中からネ、出てきてるみたいなの。うん。そのネ、調査隊の護衛に当たってほしいの。うん」
「私がですか……」
いったん考え込む動作をするスイ。
数秒ほどの沈黙の後、スイはゆっくりとポルタンに言葉を返していく。
「何故、私を? ゴーレムは物理攻撃に強い。私のような剣士とは相性が悪い敵では?」
「ま、まぁそうなんだけどネ。ほら、ゴーレム自体のレベルはサラマンダーに比べれば全然低いしスイ君なら余裕で倒せると思うの。うん」
「それでも拳闘士の方が適任だとは思いますけどね。少なくとも弱い敵ではないですし。何故わざわざ私が指名されるのですか」
スイの声色は先ほどまでの追及するようなものではなく、単純にそう疑問に思っていることを感じさせるようなものだった。
あまりピンとしない表情で首を傾げている。
たしかに彼女の言う通り、ゴーレムは物理防御力が非常に高い。
そのため防御力を無視するスキルを有する拳闘士や、魔法で攻めるのがセオリーな敵だ。
いくらスイが高レベルであることを考慮しても良い人選とは言えないだろう。
と、ポルタンは言いにくそうにしながらその疑問に答えてきた。
「そ、それはネ。調査に向かった人達が帰ってこないからなの。うん……」
「っ──」
その言葉の後に、真っ先に聞こえてきたのはアイネが息をのむ音だった。
スイの顔にも緊張が走っている。
「スイ君の言う通りネ、適任者と言えるようなクラスの人たちにはネ、声をかけさせてもらったの。うん。実はネ、既に二回、調査隊を組んで調査にでてもらっているのネ。でもネ、おそらく全滅してると思うの。うん……」
「全滅……」
スイが強張った顔でそう呟く。
ゴーレムはアイネが一人で倒せる相手なはずだ。
調査隊のレベルがどの程度あるのかにもよるが二度も全滅するような場所とは思えない。
実際、ゲームでもフルト遺跡に登場する魔物はそこまで強い敵ではない。そしてこの世界でもそのような認識がされていたのだろう。
疑問が混じった不安や緊張。そういった空気がそれを物語っている。
「だからネ、是非ネ、スイ君の力を貸してほしいと思ってネ。あと君にも……」
ポルタンの視線が俺に移る。
「た、頼むのネ! このクエストだけは受けてほしいのネッ! せ、戦力を回せないとネ。皆が、こ、困るの。うん……だ、だからネ……ネ?」
手を組んで祈るようにすがってくるポルタン。
その様子は、情けないようにも見えたが、その分必死さは十分に伝わってきた。
俺の情報を得ようとする時よりも鬼気迫ったその態度に、スイも迷っているように見える。
「う……」
他方、アイネは不安げに俺達の事を見つめている。
ポルタンの言葉から、俺達が命の危険があるような場所にいくと思っているのだろう。
──どうも、ここで結論を出すのは難しそうだな……
「少し相談させてくれませんか。すぐに結論は出せません」
同じようなことをスイも考えたのだろう。一度、俺達を一瞥してそう答える。
「そ、それは構わないけどネ……うん……」
「では一度失礼します」
黙って頷くポルタン。
そんな彼をおいて、俺はスイに続き部屋から出て行った。