149話 静かな威圧
外見といい、話し方といい、アインベルのような堂々としたギルドマスターらしさが微塵も感じられない。
人の上に立つ人間というよりは、ヒラの冴えないおじさんといった方がしっくりくる。
……服装だけは豪華なのだが。
「あの。俺からも質問いいですか?」
それに何より。気になっている点が一つあった。
質問攻めで困惑している中で少々申し訳なくはあるが、そのことをポルタンにぶつけてみる。
「貴方はスイがギルドで嫌われているのは知っていましたか?」
「え? うーん、ど、どうだろネ……」
キョロキョロと目を泳がせているその姿はどこからどうみたって動揺していると言っているようなものだった。
しかしポルタンに出会ってからずっとこんな様子を見ているし、このような仕草をするのが癖なだけかもしれない。
その可能性を疑った俺はポルタンの観察を続けていく。
「ほ……ほら、冒険者は多いからネ。人間関係を全部把握するのはネ……えと、プライベートのことだしネ。無理なの。うん」
理由を考えながら話しているのだろうか。
途切れ途切れにしか出てこない言葉に若干苛立ちを感じる。
だがそこで声を荒げる程、俺は野蛮人ではない。
「スイは結構有名人みたいですけど、それでも知りませんでしたか」
「ま、まぁネ……」
「ギルドの中で派手に暴言を浴びせられていましたけど、知りませんでしたか」
「えっ、ほら……私のネ、仕事はネ、結構事務処理が多くてネ……」
どんどん声を弱々しくするポルタン。
そのあからさまな様子にトワが苦笑いを浮かべる。
「アハハッ。うさんくさいねー」
「トワ」
仮にも相手はギルドマスターと呼ばれる人間だ。
あまり直接的に失礼な言葉をぶつけることは好ましいとはいえないだろう。
言外に込めた俺のその考えに気づいたのかトワがぺこりと頭を下げる。
「ごめんごめん。でもさぁ……」
じーっと不満げにポルタンを見つめるトワ。
スイもアイネも同じような視線をポルタンに送っている。
「……わ、分かった、もう分かったのネ、正直に言うの。うん」
そんな彼女達の視線に耐えられなくなったのだろう。
ポルタンは深いため息をつくと、体を縮こめた。
「しょ、正直に話すとネ、ライル君がネ、色々動いてたのは知っていたの。うん」
「…………」
まぁそんな気はしていたのだが。
スイ達は軽蔑しきった視線をポルタンに送っている。
そしてそれは俺も同じだった。
──ギルドマスターともあろう人間が、あんな暴動じみたスイへの暴言を放置していたなんて……
「し、仕方ないのネッ! ライル君はネ、本当にネ、シュルージュにとっての大事な戦力なのネ。そ、それに貴族の出身だからネ、ほらネ、気分を害されると困るの。うん」
ポルタンは、ズボンの膝の辺りをぎゅっと握りしめながら訴えるように声を荒げる。
「困るってどういうことっすか?」
「そ、それはネ……うん……」
アイネの言葉に言葉を詰まらせるポルタン。
するとスイの突き離すような声が聞こえてきた。
「その点は察しがつくので答えなくて結構です。どうせ言う通りにしないとギルドマスターの地位が危うくなるとか、シュルージュギルドに力を貸さないとか、そんなところですよね?」
「えっ、いやネ……うん……」
ポルタンは気まずそうに首を縦に振る。
「で、でもネ、仕方ないのネ。ホント、だってネ……ほら……えっと、住民たちもね、ライル君がいるとネ、ほら、安心するの。うん」
その言葉に偽りはないだろう。
ライルを英雄視する冒険者達は現に俺も目の当たりにしている。
と、俺達が納得するような雰囲気を出したからだろうか。ポルタンが少し顔色を明るくして言葉を続ける。
「ま、まぁだからネ。その……今回のことはネ、あんまネ、ライル君をどうこうする訳にはネ……いかないというか、ネ……?」
「そうですか。そこはご自由にしてください。興味無いので」
スイが冷え切った声でそれを遮った。
ポルタンは少し拍子抜けしたといった感じで数秒ほど唖然とする。
「そ、そう言ってくれるとネ。助かるネ、ホント、ネ……いやっ、クエストはネ、達成扱いにするし報酬も払うからネ。そこは安心してほしいの。うん」
「そうですか。助かります」
軽く頭をさげるスイ。それを見て話を変えるチャンスだと思ったのだろう。
ポルタンは改めて俺の方に視線を移してきた。
「そ、それでネ……彼はネ、一体どういう人なのかをネ、知りた──」
「私の友達です。サラマンダー討伐に協力してくれるように依頼しただけです」
俺をかばおうとしてくれているのだろうか。
ポルタンの視線をひきつけるようにスイが彼の言葉を遮る。
「い、いやネ。そうじゃなくて、もっとなんというかほら……ネ? 一応ネ、冒険者ギルド全体がネ、把握してるレベル100以上のネ、召喚術師はライル君しかいないの。うん。彼の希望でダブルクラスっていう情報は隠してたけどネ。冒険者登録されている人でネ、そんなレベルの人なんてネ、数える人しかいないの。うん……それだけネ、そのレベルの人は貴重な戦力になるの。うん」
「…………」
スイの睨むような視線に、ポルタンがすがるように俺のことを見つめてくる。
「だ、だからネ。君の事も登録させてもらってネ、その、どういうネ、人なのかをネ、知りたいなとネ。そういうことなの。うん」
「知ってどうするつもりですか?」
ライルに向けたもの程ではないが、スイの声は冷え切っている。
静かに弾劾するようなその声色にポルタンは完全に怯えているようだった。
おそるおそると言った感じでスイの事をちらちら見ている。
「彼のレベルを知ってどうするつもりなのですか? 戦力にするとはどういう意味ですか?」
「えっ……そ、それはネ。上の人が決めるからネ、私は分からないの。うん」
それを聞いてスイは大きなため息をついた。
上司の顔を伺いながら話す平社員のように、ポルタンがへこへこと言葉を続ける。
「で、でもネ。く、国から戦力をよこせってネ、言われててネ……でも、ライル君を渡すとネ、住民に向ける顔もないというか、ネ……だ、だからネ。その、君にネ、冒険者登録をしてほし──」
「最悪じゃないっすか」