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14話 オムライス

 この世界にきて三日目の朝はかなり良い目覚めだった。

 小鳥のさえずりで自然に意識を取り戻し、部屋の窓から差し込む太陽光が俺の体を覚醒させる。

 前の世界では昼夜が逆転するなんてことはざらにあったし、こうも健康的な目覚めは珍しい。

 この世界と前にいた世界の体はやはり完全に別物と考えるべきなのかもしれない。


 昨日、寝る前に風呂に入った時に改めて気づいたことだが俺の体格はしっかりと引き締まったものになっていた。マッチョとまではいかないが健康的な男性の肉体とは言えるだろう。

 身長も180センチ弱はある。顔はイケメンで髪の毛も綺麗にまとまっている。無駄な毛も体には無い。

 強い精神や心を得るにはまず体を鍛えること、とはよく言ったものだ。前の世界に居た時のような気だるさも感じない。

 俺は魔術師のコートを羽織る。手袋は──とりあえずしておくか。置いておくと、なくしそうだし。


 昨日アイネを薬草で手当てした後、寝る前に俺はアインベルと会った。

 アインベルによれば朝起きたら受付の所に集合、とのこと。

 そこで食事をもらった後は新しい仕事をするらしい。


「さて、いくか……」


 仕事のために部屋の扉を開ける。

 その行為が苦痛に感じなかったのは俺にとって今日が初めてだった。

 今日も何か面白いことがおきないかな──




 †




 太陽が傾き始めた夕方に俺は労働から解放された。

 今日の仕事は簡単な料理を覚えるもので俺でも理解はできるものだった。

 さすがにレンジでチンするだけ、とまではいかないが既に材料はある程度加工されている。

 肉はあらかじめ設定された通りに焼けばいいし、野菜は指示通りにもりつければいい。

 この世界の料理も基本的には日本で見慣れたものが多い。


 それにしても、と俺は食堂をぶらりと見渡す。

 俺に先ほど仕事を教えてくれた人たちは全員帰ってしまっている。

 残業なるものはないらしく完全な交代制だった。

 それでいて生活が保障され給料が出る。職場でえばってくるような先輩も今日みた感じではいない。

 もしかしたらこのギルドを物凄いホワイト企業なのではないか。


──いや、むしろこれが普通なのか? ……さすがにそれはないか。バイトみたいな感覚だしなぁ。


 少なくとも正社員のような位置づけではないだろう。安泰だとは思わないように頑張らないといけない。

 そう考え、俺は仕事終わりに練習用の素材を使って料理の復習をすることにしていた。


「……しかし、これは微妙だな」


 皿に盛られたオムライスを見て俺は一つため息をする。

 そこに盛られているのは不格好になったタマゴに包まれたケチャップライス。

 いわゆる、オムライスと呼ばれる料理だ。何の卵が使われているかは分からないが……

 とはいえ、初心者用の料理としてはそれなりに見慣れていることは日本と変わらないようだ。

 故に俺もチャレンジしてみたのだが、うまくいくはずもなく、そこにはまさに失敗作と言わんばかりの不格好なオムライスが一つ。

 これでもいくつか作ったオムライスの中では最高傑作なのが悲しい。


「お、料理っすか?」


 背後から聞こえる少女の声。俺はすぐにアイネだと理解する。


「こんにちは。今日はもうあがりですか?」

「そっすねー。先輩がもうやめておけって」

「また変に怪我されたら困りますからね……あの後、ちょっと騒ぎになったじゃないですか」


 振り返るとそこにはスイもいた。

 視線が合うとスイは俺ににこりとほほ笑んで会釈する。


「うぅ、先輩もやってみればいいんす。今度ウチが薬草使ってあげますよ。人に使われるとほんとにきもちよくて……」

「そ、その話はもういいから……」


 少し上ずった声で言葉を遮るスイ。

 昨日の手当てのアイネの喘ぎ声は受付の中にかなり響いていたらしく実は俺もアインベルにこっそり注意されていた。

 次はお前の部屋の中で二人っきりの時にやれと──それはそれで別の問題が発生すると思うんだけどなぁ。


「ところで、それはオムライスですね。貴方が?」

「あっははは、見事に形が崩れてるっすねー」


 俺の前に置いてあるオムライスを見て二人が苦笑する。

 まぁ無理もない。誰がどうみたって失敗作の見た目しかしていないのだから。


「料理なんてしたことないんですよね……基本的な料理だとはきいたんですけど……」

「それで練習っすか。仕事終わってるのに真面目っすねー。どれどれ」


 アイネは食堂のテーブルに置いてあるスプーンをとると一口オムライスを口に送る。

 すると意外に、その表情は明るいものへと変化した。


「うん、味は全然大丈夫っすね。言われた通りに、忠実に作りましたって感じがするっす」

「へ、へー……」


 それを聞いてスイはあさっての方向をみる。

 一体どうしたのだろう。そう思って俺がスイに視線を送っていると──


「うへへ、先輩は料理『は』上手じゃないっすからねー」


 口に手をあててニヤニヤとほほ笑むアイネ。

 そういうことか、と俺もそれには苦笑い。

 しかし、すぐにスイは両手を胸の前でばたばたと動かしながら反論を仕掛けてきた。


「ちょっと。誤解させるような言い方しないで。私も普通に料理はできます」

「へー……ソウナンスカ」


 いかにもわざとらしく、棒読みで答えるアイネ。

 それを見てスイはうっ、と一度ひるむもすぐに俺の方に視線を移し、身を乗り出してきた。


「本当ですよ? 一人で旅してる時にいろいろ学んだのですから」

「いや俺は疑ってないですよ。りんごも綺麗にむけてたじゃないですか」


 ──いったい何でむいたのか知らないけど。


「ほー、じゃあ一緒に作るっすか」


 それを聞いて挑発的にアイネがスイに視線を送る。

 どうやら相当自信があるらしい。


「うっ……いいよ、一緒に作ろう……」


 しかしここで引き下がっては料理が下手だという結論になってしまう空気がすでにできてしまっている。

 スイは自分の名誉のため、その挑戦を受けるしかなかった。

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