146話 過去の自分
「たしかに。リーダーにも元の世界の生活がありますよね。家族とか……」
「じゃあっ! リーダーはやっぱり帰りたいって──」
「そうでもない」
否定――というより拒絶と言った方がいいのだろうか。
自分の部屋の光景。かけられた怒声。じわじわとにじりよる虚無感。
過去の記憶と感情……それが頭をよぎった。
「俺は元の世界で何もできなかったから……むしろ帰りたくないとすら思ってる。家族だって俺がいなくなって嬉しがっているはずだ」
「……どういう意味ですか?」
怪訝な顔で聞き返してくるスイ。
──やはり、このことも話さなければいけないか……
俺は一体何者かという話をする時に、今まで俺が何をしていたかを語ることは避けられないだろう。
だからこの事も話さなければならないと覚悟はしていた。
しかし、いざそれを口にしようとすると気分が落ち込んでくる。
とはいえいつまでも俯いている訳にはいかない。
なんとか顔をあげて俺は言葉を繋いでいった。
「そのままの意味だよ。なんていうか……俺、元の世界では色々失敗してさ。ずっと自分の部屋に引きこもっていたんだ。ロクでもない生活していたよ」
「失敗……?」
「色々かな。人間関係とか、就職とか、生活とか。普通なら誰もが乗り越えるような程度の壁だよ。でも俺は乗り越えられなかった」
ふと、俺が欠けていると言われた言葉を思い出す。
コミュニケーション能力。やる気。向上心。忍耐力。
「何やってもうまくいかなかったから……いつからか逃げることしかしなくなった。本当の俺はもっと年をとってるしこんな顔でもない。いつも誰かに迷惑かけることしかできない、クズ人間で……誰とも関わることもなく、親の足をひっぱることしかできなかった……ずっと、逃げてたんだ……」
俺の言葉にスイ達は何も言葉を返さない。
唇をぎゅっと一文字に結んだその顔は意図的に感情を殺しているように見える。
──また言われるのだろうか……
甘えるな。努力しろ。考えろ。怠けるな。やる気を示せ。結果を出せ。
頭の中でそれらのワードが幻聴のように響いてきた。
「えっと。ごめん……隠してた訳じゃないんだけど……どう言っていいか分からなくて……はは……」
どこか申し訳ない気持ちになる。
二人とも──特にアイネは明確に好意を伝えてくれた相手だ。
それに誇らしく応えられるものを積み上げてこなかった自分の過去を今更ながらに後悔した。
「なるほど。だからですか。貴方が私にサラマンダーを任せてくれたのは。あの時、私の気持ちに気づいてくれたのは」
「……?」
ふと、かけられたスイの声はとても優しいものだった。
まるで幼子をあやす時にみせるようなほほ笑みを見せる彼女に、俺は言葉を失う。
「私もサラマンダーと戦うことから『逃げて』いたから」
「それは……」
スイの場合、逃げていたという表現が適切なのかは分からない。
だが、彼女の言葉や態度が俺の過去を思い出させたことは確かだった。
その通りだとも違うともいえない微妙なライン。
そのせいで首を傾げている俺に畳み掛けるようにスイが言葉を続ける。
「それなら、貴方の逃げた経験は立派に活きているのではないでしょうか?」
「えっ……?」
「貴方のその経験が無かったら私はサラマンダーに勝てなかったと思います。貴方がいなかったら、今頃あの人と無理矢理付き合うことになっていたかもしれません。少なくとも私にとって、貴方の過去は意味あるものだった。だから──」
一呼吸おいて俺の目をじっと見つめるスイ。
「今の貴方を作った貴方の過去。私はそれを尊敬したいと思います。例えそれで迷惑を受けた人がいたとしても……です」
──尊敬?
全く予想していなかったその単語に唖然とする。
「ウ、ウチもっ」
と、アイネが慌てたように口を挟んできた。
「ウチも同じ気持ちっす。よく分からないけど……た、多分……間っていうか、運が悪かったんすよ。リーダーはっ」
手をあたふたとさせながら俺に詰め寄るアイネ。
驚いてその姿を見つめ返すと、アイネはぎゅっと俺の手を握りしめてきた。
「だって、命を懸けて誰かを――ウチを守ろうとしてくれた人がクズ人間なんて、そんなこと絶対あるはずないっ!」
「…………」
そのあまりに真っ直ぐな目に俺は気圧されていた。
アイネだけじゃない。スイもトワも真剣な顔で俺の事を見つめている。
「そうか。ありがとな……」
「んっ……」
「にゃはは……」
情けないという感情はある。
だがそれ以上に彼女達の心遣いが心にしみた。
何もできなかった、誰からも認められなかった俺の過去を認めてくれる――
「あ……」
自分でも気づかないうちに、俺はスイとアイネの頭を撫でていた。
彼女達に安らぎを与える、というよりかは自分が安らぎを求めるために。
そんな自分勝手な感情を向けても、二人は嫌な顔一つ見せず、照れ臭そうに笑ってくれた。
「……ごめんごめん。なんか俺、すぐ暗くなる癖があるみたいでさ。もっと明るい話をしようか」
元の世界のことを愚痴るより彼女達が楽しいと思うような会話がしたい。してあげたい。
そう考えて出てきた声は無理に明るく作ったのがみえみえな、へたくそなものだった。
それでも二人は満面の笑みでこたえてくれる。
「そっすよ! なんたって祝勝会なんすからっ! ねっ!」
「そうですね。なんかして遊びましょうか」
「あ! あの手遊びはもうやらないっすから。先輩、超弱いしもう飽きたっす!」
「よ、弱くないよっ! アイネが卑怯なことするだけだってっ!」
──わざとなのか……?
そう疑いたくなる程唐突に、だがごく自然にもみくちゃになって、いつもの言い争いを始める二人。
そんな二人の様子を見ていると先ほどまでの暗い気持ちも薄まっていく。
「……そっか。やっぱり、そういう人だったんだね」
ふと、いつの間にか俺の肩に乗っていたトワが呟くようにそう言ってきた。
「トワ……?」
「ううん。ごめんごめん。ちょっと楽しみになってきたっていうか……」
ふっと笑うとトワは俺の事を見上げてくる。
「ふふっ。これからもよろしくね。君の力の振い方、存分に見せてもらうから」
期待に満ちたようなきらきらしたトワの目つき。
その意味は分からなかったが、俺はその言葉に強く頷いた。
ようやく3章が終了しました。
シュルージュに来るまでも来てからも展開が遅くて、胸糞展開もあって……
ここまで読んでくれてありがとうございます。
まだまだストックは3割も出していないので、更新は続けていきます!