143話 誘導尋問
「えっ……そ、そうですか?」
「うん。大胆すぎない?」
「う……まぁ……」
顔を赤らめながらうつむくスイ。
するとアイネが待っていたと言わんばかりに明るい声を張り上げる。
「あははっ、そりゃあ先輩だってリーダーの事好きっすから! ウチからすれば全然意外じゃないっすよ」
「アイネッ!」
「いたっ」
ピコピコハンマーで叩いたような音がなる。
──どんな殴り方をしたらそんな音がなるんだろうなぁ。
と、敢えて言葉の内容に目を瞑っていると――
「だから何度も言ってるでしょ! 私はリーダーのこと、そんなふうに見てないっ! 全然興味無いっ!」
スイが痛烈につっこみをいれてきた。
……少し傷ついたような気がしなくもないがここはスルーをしておく。
そうでもしなければ胸の動悸で吐きそうだった。
「えー、じゃあ先輩は好きな人でもない男の子の背中流すんすか?」
「それはっ……! でも、別に好きとかそういう訳じゃっ!」
「あー、でも先輩ってあれかー。恋愛とか全然興味なさそうっすもんね。ウチの勘違いかな?」
と、急にアイネはわざとらしい棒読みをはじめた。
どうしたものかと振り返るとアイネがニヤニヤと笑っている姿が目に入る。
「え? 人並みに興味はあると思うけど。多分……男ってだけで嫌いになることなんてないはず……」
だがその点について気づいていないのかスイはきょとんとした顔であっさりとそう返す。
トワも同じような表情で相槌をうった。
「別に男嫌いって訳じゃないんでしょ?」
「えぇ。まぁ……」
「でも最後のライルへの態度、めっちゃ怖かったっすよ」
その瞬間。
スイの表情が一気に冷たくなる。
──な、なに考えてんだ……?
アイネもなんとなくライルの話が地雷になっていることは気付いているはずだ。
それを敢えて踏み込んでいくなどらしくもない。
「……アイネ」
露骨に顔を強張らせ、嫌悪感をアピールするスイ。
だがアイネは、それを無視する言い訳をつくるように、スイの手からシャワーをとって俺の背中についた泡を流し始めた。
「あんなに言い寄ってきたライルにあの態度っすからねー。恋愛に興味あったら、あんな冷たい態度とれないっすよ」
「アイネッ」
語気を強めるスイ。
だがアイネは止まらない。
「リーダーも気を付けた方がいいっすよ。変に色目使うとライルみたいに嫌われちゃうかもっ。あははははっ」
「おいおい……」
背中にかけられている水の温度が冷たくなったような錯覚を覚える。
その直後──
「そんなことないっ! 私、リーダーに色目使われても嫌いになんてならないっ!」
その声が物凄く響いたのはここが風呂場だからという理由だけではないだろう。
周囲の空気を裂くような振動が伝わってくる。
──って……何言ってんだ?
「ス、スイちゃん……?」
「リーダーとあの人は全然違うっ! なんでそんなこというのっ」
「えー、でも。先輩、リーダーに興味ないんでしょ? 同じようなもんかなって」
「全然違うっ! だって、だって私──」
くってかかるように眉を吊り上げるスイに対しアイネは煽るように口角をあげる。
その次の瞬間──
「私、リーダーとだったら素敵な恋愛ができるって思ってる!」
今までで一番強く、スイの声が響く。
──ん……?
「――あっ」
全員の注目の中、少しの間鳴り響くエコー。
まぁ仕方ないだろう。ここは風呂場だし……
「へー。そうなんだ?」
「へー。そうなんすか?」
それが終わるとアイネとトワは一気に口角をあげてスイにつめよった。
ここでようやくアイネの言葉が誘導だったことに俺は気付く。
「ハッ……あぁああああっ!? アイネッ!!」
そしてそれはスイも同じようだった。
アイネの肩をつかんで唇を一文字に結ぶ。
「あっはははっ! 先輩、簡単にひっかかるっすね! ……って濡れる濡れるっ!」
「んぐっ……! ご、ごめん……だ、大丈夫……?」
──ひくんだ、そこ……
変なところで律儀なスイに苦笑する。
と、俺の笑みの意味を勘違いしたのかスイは真っ赤になりながら話しかけてきた。
「えっと、分かってますよね? 仮に……仮に、そ、そういう関係になったとしての話しですから。たとえ話ですからっ」
「じゃあ、そういう関係になっちゃえばいいんじゃない?」
「あ、ウチの事忘れちゃだめっすよ。リーダー」
「違うっ! 違うって!!」
横から飛んでくる茶々にスイは思いっきり首を横に振る。
「わ、私は感謝してるんです……リーダー、色々と私のこと考えてくれて……アイネのこともしっかり見ていて……だ、だから……か、感謝の意味でやっている訳で……好きとか、そういうのじゃ……か、勘違いしないでくださいねっ! これはただの、お礼なんですからっ! 別に貴方の事が好きだとか、そんなんじゃないですからっ!」
──え、ツンデレ?
定型文のような台詞に思わず内心でそうつっこんでしまう。
とはいえ、スイの余裕の無さからこれ以上からかうのは止めておいた方がよさそうだ。
そう判断した俺は努めて冷静な声色で返事をする。
「あぁ。分かってる。大丈夫だよ。流石にそこまで自意識過剰じゃないさ」
「えっ……そうですか……?」
「……?」
するとスイは拍子抜けしたような、それでいてどこか寂しそうな視線を返してきた。
その表情の意味が分からず軽く首を傾げているとトワが呆れたように話しかけてきた。
「うわぁ、ひくなー」
「えっ、なんで?」
「なんでも」
「え?」
どういう意味かトワに言外で質問してみるが答えてくれるような様子ではない。
「もー、先輩は変なところで頑固だからなぁ……」
「う……べ、別に頑固とか、そういうんじゃ……うぅ……」
「アハハッ、もうそのへんにしてあげたら?」
「そっすねー。はい。じゃあリーダー、次頭洗うッすよー」
だが、そんな事を気にする余裕もすぐになくなった。
頭にかけられたシャワーが入らないように目をつむる。
──あ、これ気持ちいいな……
前に二人の頭を洗った時に騒いでいた事を思い出しながら、俺はその心地よさに身をゆだねていた。
――もう少しだけ、皆とイチャイチャしたいなら。
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