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140話 祝勝の大部屋

「あっ、おかえりなさーい♪ 待ってたよ♪」

「お、おかえりなさいませ~……♪」


 シャルル亭の扉を開けると真っ先にミハが笑顔を向けてきてくれた。

 その横では、昨日スイに対し嫌味を言ってきた受付嬢が物凄くぎこちない笑顔を浮かべている。


 ──何かされたのだろうか?


 気にはなったが敢えてそれをスルーして周囲を見渡す。

 時間帯がやや早めのせいだろうか。周囲には昨日のように冒険者の姿は無い。

 昨日見せたミハの態度が原因ではないことを祈りつつ俺は軽く頭をさげて会釈する。


「お疲れ様。ちゃんと戻ってきてくれてよかったよお♪ 今日もお泊りかな?」


 甘ったるい声で受付カウンターの向こうから話しかけてくるミハ。

 それに対しスイは首を縦に振りながらギルドカードを手渡した。


「ありがとうございます。部屋を三つお願いできますか」

「うんうん。ちょっとまってねー♪ えっと……」


 それを受け取るとミハは手元にあるノートに目を通していく。

 ペラペラとページをめくるミハはちらちらとスイの顔色をうかがっているようにも見えた。

 そんなミハの態度から察したようにアイネが声をあげる。


「あ、先輩、サラマンダーに勝ったんすよ」

「えっ!?」

「っ!?」


 カウンターにバン、と手をついて立ち上がるミハ。

 ぐいっと上半身を前に倒してスイに顔を近づける。


「ほんと? ほんとなの!?」

「え、あ……まぁ……」

「へええっ! すごいじゃん♪ なんか不安そうにしてたから心配してたんだけど……よかった、よかったっ♪」


 少し引き気味のスイの手を握りしめ、ミハはこちらが恥ずかしくなるぐらい喜んでいる。 

 すると、何かに気づいたようにはっとした表情でミハは手をぱちんと叩いた。


「じゃあ今日は大部屋をサービスするよ。存分に祝勝会しちゃって♪」

「え、いや……私達、三人いますから、その……」

「祝勝会! いいじゃないっすか、やりましょーよ先輩っ!」

「え、でもっ……」

「うんうん。大丈夫だよ。防音対策はバッチリだから存分にヤッちゃって♪ きゃははっ♪」


 親指をぐいっと立てて、真っ白な歯を見せつけるように満面の笑顔を見せるミハ。

 

 ──なんか、変な意味に聞こえるのは気のせいか……?


「ってことで。ほら、案内してあげて♪」


 と、ミハが横で唖然としている受付嬢の背中を軽く叩く。

 すると受付嬢はどこか怯えたように体を震わせて、俺達の方に視線を移した。


「かしこまりました。こちらへ……」




 †



「うっはー! でっかい部屋!」


 階段をのぼり、案内された部屋は高級ホテルの一室のような場所だった。

 きらびやかに飾られた装飾と軽い運動ならのびのびとできそうな広さ。

 貴族が住む部屋といっても納得できるような豪華な部屋に息をのむ。

 そして一際目立つのは奥に置かれた大きな円形の一つのベッド。


 ──ん、一つ?


「……え、なんですかこれ。ベッドが一つ? え?」


 俺と同じ疑問を抱いたのかスイがやや顔を赤らめながら声をうわずらせる。

 他方、アイネとトワは無邪気な笑みをみせながらはしゃいでいた。


「やった! 今日は皆と一緒に寝られるんすね!」

「アハハッ、楽しみだねー!」

「いやっ、ちょっ、ちょっとまって……どういう……」

「もぅ。今更じゃないっすか。ウチら全員、テントの中で一緒に寝たことだってあるのに」

「でっ、でもっ!」


 両手をあたふたとさせるスイに呆れた顔をみせるアイネ。

 とはいえ、この点については流石に俺もスイを支持せざるを得ない。


「部屋の変更、お願いするか?」


 そう提案すると、スイは目を伏せてもじもじとしはじめた。


「いえ、別にそれは……せっかくの気遣いですし、このままでもいいんですけど……」

「そ、そう……?」


 予想とは違った反応に戸惑い言葉が続かない。

 

 ──とりあえず、信頼してくれているということなのか?


「それにしても祝勝会って何やるの?」

「うーん……? 美味しいごはんをたべるとか?」

「へーっ! どんなの?」

「うーん、材料があればウチが作れるんすけど。ここの人が出してくれるのかなー」


 そんな俺達を無視してアイネとトワはベッドの近くではしゃいでいる。

 するとスイも諦めがついたのか、小さくため息をつくと二人の方へと近づいて行った。


「お酒を飲むとかでしょうか? 師匠はそうしていましたよね」


 ──ん、酒?


「いや、まて。酒はやめよう。スイ」


 スイ。酒。この二つの単語から呼び起こされる記憶は決して良いものではない。

 ほぼ無意識に俺はスイの肩をつかんでいた。


「そうっすよ! 絶対ロクなことにならないっす! もう介護するのはいやっすからねっ」

「う……」


 畳み掛けるように重ねられるアイネの言葉にスイがしゅんと肩を落とす。

 その姿を見て少し罪悪感を掻き立てられてしまった俺は話題をそらしてみることにした。


「まぁそんな無理にはしゃがなくてもいいんじゃないかな。今日は疲れただろ。さっさと寝るのもありじゃないか?」

「んー、ちょっとつまんないけどそれもいっか。お風呂はどこにあるの?」


 俺の言葉にトワが少し唇をとがらせながらも周囲を見渡しはじめる。

 俺もそれにならうと、すぐにそれらしき扉を見つけることができた。

 スイがそこに近づきノブに手をかける。


「こっちですかね。この部屋を利用したことは無いのでよく分からな──」


 そこまで言うとスイは息をつまらせた。

 そんな彼女の態度にアイネは怪訝な表情を見せながら扉の中を覗き込む。


「うわああっ! ひっろおおおいっ!!」


 直後、アイネの声が扉の中から響いてきた。

 後を追ってみると、俺も目に飛び込んできた光景に思わず息をのむ。


「確かに凄いな……」


 四畳ほどの広さの更衣室の向こう側には見た事もないような広さの浴場が広がっていた。

 とても個室についているような風呂ではなく大浴場と言っていいだろう。

 室内ではあるが露天風呂にいるような錯覚を覚えるような風流な岩風呂だ。


「いいところじゃん。これなら皆で入れるねっ!」

「いっ──!?」


 後ろの方からトワのはしゃぐ声とスイのひきつった声がきこえてきた。

 ふり返る前から彼女達がどのような顔をしているのか目に浮かぶ。


「ふざけたこと言うなって。どうする、今すぐ入るのか?」

「そうですね。先にご飯食べてもいいんですけど……」


 ちらちらと風呂場の方に視線を移すスイ。

 やはり彼女もこの空間が気になるらしい。

 と、アイネがぽんと俺とスイの肩を叩いて両手を上につきあげた。


「なら──皆で一緒に入りましょっ!」




 ――え、風呂に?

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