13話 変な声
「勉強ってほど難しくないですけど、それアリだと思いますよ。ここの人たちはよく怪我して帰ってきますから。」
スイはそう言うと入口の方を指さす。
「いや~……今日も狩った狩った。酒だ酒」
「の前に手当てだバカ。あまりはしゃぐなよ」
三十ぐらいの男二人がアイネのように服に血を付けて話している。
いつの間にかクエストに出ていた者達が何人か帰ってきていたらしい。
「ね?」
なるほど、確かに薬草を使えればこのギルドでも役に立てそうだ。
そんな事を考えているとアイネがいいことを思いついたと言わんばかりに笑顔で腕を突き出してくる。
「じゃあ新入りさん。せっかくだからウチで練習してみるっす。ほら」
「え、あぁ……」
アイネが自分で手当したところはかなり傷が治っていたがまだ手当てをした場所は少ない。
アイネはまだ傷が残っている部分を指さして、そこを治せとアピールしている。
スイは俺にタオルを手渡すとアイネの傷を指さした。どうやら教えてくれるようだ。
「傷口をこうしてふいて……薬草のここをもって……そう……」
すでに水洗いをしているためタオルでは血をふき取る作業がメインになる。
後は綺麗にした傷口に薬草を押しあてるだけだが、妙にくるくると曲がった形をしていてやりにくい。
スイはお手本だと言わんばかりに曲がった方向とは逆の方向に薬草を曲げ、両端を片手でおさえてアイネの傷口に当てるような仕草をした。
俺も見様見真似で薬草を折り曲げ、親指と人差し指で左端を、薬指と小指で右端を押さえるとそのままアイネの傷口に薬草を当てる。
──それにしても、華奢な体だなぁ。
腕も細く、手も小さく。
あまり体格が見える服装ではないがアイネの体は割とスレンダーな方だと思う。
これでどうやってあのムカデを倒したのだろうか。
そんな事を疑問に思っていると……
「んあぁ……あっ!」
アイネがびくんと体を震わせた。
反射的に俺は薬草を離す。
──やり方をまずったか……?
「すいません。痛かったですか?」
「ち、違うッす。続けてほしいっす」
少し不安になるが、そういわれたら続けるしかない。
俺は再び傷口に薬草を当てる。すると再び緑色の淡い光が輝き始め──
「あっ、んぅ……あぁっ!」
「ちょっ、ちょっとアイネ、変な声出さないでっ」
スイは少し顔を赤らめながらそう言い放つ。
アイネの出す声は妙に色っぽい。何か、別の行為を連想させるような──
だがどうも生理的な反応らしくアイネにも抑えることは困難なようだった。
「も、申し訳ないっす。人に薬草つけられるのって初めてだから……ひあっ」
「おいなんだアイネ。色っぽい声あげて。お前もそんな声が出せるようになったんだなぁ」
と、違うテーブルに座っている四十ぐらいの獣人族がちゃかすようにアイネに話しかけてきた。
それに対し、その耳と尾をぴんと立てて、獣人族をきっと睨むアイネ。
「ち、違うッすよ……ウチは……あぁっ」
しかしその表情はすぐに恍惚な表情になる。
アイネが自分で薬草を当てている時はこんな妙な声はあげなかったのだが。
──何が起きている……?
本当に続けていいものか。
アイネに恥をかかせているだけではないのか。
「や、やめましょうか……」
色んな考えが頭の中をよぎり、アイネの腕に触るのが恥ずかしくなってきた。
俺も若干顔を赤くなっているのを感じたので薬草を離そうとする。
「いや、つ、続けるっす……これも勉強っす……それに、きもちいぃ……」
──気持ちいいってなんだよ! 俺はつっこまないぞ!
邪念を取り払い、傷口をじっと見る。
「あぁっ、うっ……あぁん……」
「アイネ!」
スイは鋭い声をあげながらアイネの頭を軽くたたく。
「いたっ、怪我人にひどいっすぅ……」
「変な声出さないでって、言ってるでしょっ。が、我慢しなさいっ」
「あぅ……」
若干涙目になりながらアイネはしょぼんと項垂れる。
猫耳もそれにあわせてぺたんと垂れるのが妙に可愛らしい。
「おねがい。こっちも、やって……」
と、アイネは椅子に右足を乗せるとズボンを膝下までめくり俺にふくらはぎを見せてきた。
その部分も傷がついている。
……だがなんだろう、妙に艶めかしさを感じてしまう。
口調も変わってきているし、ポーズもなんだか蠱惑的だ。
──落ち着け、これは手当てだ、勉強なんだ……!
必死にそう自分に言い聞かせる。
一度、深呼吸をすると俺は新たな薬草を手に持った。
「ん、くぅ……ぐ、んんっ……んぁっ……」
口に手を当てて懸命に声を押し殺すアイネ。
なんかさっきより艶のある声になった気がしないでもない。
だがスイも自分で我慢しろと言った手前それをやめろとも言いにくそうだ。
「あぁ……人にやってもらうとこんなに気持ちいぃんだ……ねぇ、これからはウチの手当て、君がやって……?」
目をとろんとさせたまま緩んだ口元を僅かにあげ赤面しながらそういうアイネが妙に煽情的に感じてしまったせいで。
俺はその夜、寝付くのに時間がかかったのは言うまでもない。