135話 暇つぶし
「さて、戻ってきた訳だけどさ。どうするの? これから」
馬車を置いた場所に転移するや否や、トワがそう話しかけてきた。
「そうですね……馬車ごと転移魔法ですぐに帰ってもいいんですけど……はぁ……」
スイの表情は暗い。当初の目標を達した人間の顔とは思えなかった。
心配になって声をかけてみる。
「大丈夫か? 随分、疲れてるようだけど……」
「えぇ、まぁ……」
力なく笑いながら俺を見上げるスイ。
「なんというか、気持ち悪くなってきて……全部、あの人に振り回されていただけだったなんて……なんか私、バカみたい……」
そう言いながらスイは重くため息をつく。
スイがここまで露骨に嫌悪の感情を表すのは初めてみた気がする。
それについては仕方ないとは思うが──こんな暗い表情で帰るのもなにか違うだろう。
数秒の間を置いて俺はスイに声をかける。
「そんなこというなって。スイは今日、勝てたんだ。かっこよかったぞ。本当に」
「えっ……?」
「ちゃんと自分の力でサラマンダーを倒したんだ。もっと誇っていいんじゃないかな。自分は強いんだって。そのためにスイに戦ってもらったんだし」
「…………」
しばらくの間、スイはきょとんとした顔で俺を見つめた。
まるで自分の事を言われていると認識していないようなその表情に、変なことを言ったのかと少し不安になる。
と、その感情が出ていたせいだろうか。
「……ふふっ、貴方には負けますけどね? なんですかあの強さは。私があんなに苦戦した相手を二匹も瞬殺するなんて」
「いや、それは……」
スイがわざとらしく、くすりと笑う。
するとアイネとトワも追い打ちをかけるように話しかけてきた。
「うんうん。流石だよねっ、かっこよかったよ。リーダー君」
「そっすねーっ! 本当にかっこよかったっすよ。見てて気持ちよかったっす」
「いや、そうじゃなくて……スイが……えっと……」
何故か俺が褒め殺しにされるという状況がくすぐったくて居心地が悪い。
しかし、ついさっき自分がスイに対して言った言葉も似たようなものだけに止めろとも言えず、どうしていいか分からずにどもってしまった。
そんな俺に助け舟を出すようにスイが笑う。
「大丈夫、分かってますよ。ごめんなさい。ちょっと、からかいたくなっただけです」
「う……」
「ふふっ、リーダーは照れ屋っすねー。あんなに強いのに」
「と、ともかくっ……!」
わざとらしいのは百も承知だが。
ニヤニヤと笑うアイネの言葉を断ち切って俺は声をあげる。
「話を戻そうぜ。これからどうするんだ。すぐに報告にいくのか?」
「あ、じゃあボクが転移させてあげようか?」
「うーん……別にそれでもいいのですが。転移で戻ったら逃げ帰ったとしか思えないような時間帯に帰ることに……」
スイが頬を軽くかきながら苦々しく笑う。
確かに片道半日程度かかる場所にまで行っておいて昼間にギルドに報告しに行ったら何か言われるかもしれない。
あの帰れコールを二度も見るのはごめんだった。
「あらら。じゃあ時間でも潰しとく?」
「そうですね……あっ」
と、スイが何かを思い出したように手をぱちんと叩く。
「そういえばリーダーの召喚獣達。活用方法を探していましたね?」
「ん、あぁ……」
「せっかくだから少し練習してみませんか。ほら──」
俺の腰に視線を移すスイ。
──そっか、そういえば召喚獣に乗れないか、なんて話をしたっけ……
「おっ、またあのグリフォンに乗れるんすか?」
アイネが目を輝かせながら俺を見上げてきた。
どうもアイネはキンググリフォンがお気に入りらしい。
昨日の様子を見るにどうも気持ちは一方通行のようだが──
「まぁ呼んでみるか……」
ウェストポーチからクリスタルを取り出してソウルサモンを使う。
現れるのは白銀の翼を持つディーヴァペガサスと黒金の翼を持つキンググリフォン。
「やっほーっ、グリフォンさんっ!」
召喚されたグリフォンにいきなり近づくアイネ。
少しだけ恨めしそうに俺のことを見上げてくるキンググリフォンに思わず苦笑いを返す。
「また乗せてほし……あっ、そんな逃げないでよっ! まってー!!」
どうもアイネはあまり好かれていないらしい。
キンググリフォンが背を向けて逃げ出している。
──キングなんだよな? アイツ?
雄々しい見た目とは裏腹にこそこそと逃げていくキンググリフォンを見て何とも言えない気持ちになった。
「……アイネはまぁ、いいとして」
そんなアイネ達を尻目にため息をつくスイ。
その後、軽く咳払いをするとスイはペガサスの方に視線を移した。
「ペガサス……神々しいですね。こんなに美しい馬がいるなんて……」
そこではっとしたように言葉を止めるとスイは馬車の方にふり返る。
「あっ……馬車馬達に失礼でしたかね」
そう言いながら苦笑いを見せるスイ。
今回の馬車馬達は肝が据わっているらしく俺が召喚獣を出しても驚いたりせず静かなままだった。
だがどうもペガサスのことは気になるらしくじっとこちらの方を見つめている。
同じ馬から見てもペガサスは魅力的に見えるのだろうか。
「まぁそれは大丈夫だろ。それよりスイ。ペガサスが気になるなら乗ってみたらどうだ?」
「えっ……」
俺の言葉にスイがきょとんとした顔を見せる。
「いいんですか? でも、スレイプニルと違って騎乗道具も無いし、そもそも私は召喚主じゃないし……」
「いや。スイに似合うんじゃないかなって思って呼んだんだけど」
女剣士と天馬はファンタジーではありがちな組み合わせだと思う。
ペガサスはスイと触れ合わせるつもりで召喚したものだった。
「確かに。スイちゃんとペガサスなら絵になるとおもうよー」
「そ、そうですかね……」
少し照れくさそうにもじもじとするスイ。どうやらまんざらでもないらしい。
「乗るだけ試してみたらどうだ?」
「……受け入れてくれるでしょうか」
ちらりとペガサスの方を見るスイ。
人間の言葉を理解しているのだろうか。ペガサスは小さく頷くとスイの方に近寄ってきた。
「アハハっ、くれるみたいだねっ」
「ん……じゃあちょっと失礼します……」
スイは一度、ペガサスに軽くお辞儀をすると横側に移動した。
「やっ」
小さく掛け声をあげてその体をふわりと宙に浮かせる。
吸い込まれるようにペガサスの背中に跨るスイ。
「うん。乗り心地は普通の馬と変わらないですね」
ペガサスの鬣を軽く撫でながら優しく笑うスイ。
青の髪と藍色のマントをなびかせながらペガサスに体を預ける美少女。
自分が思っていたよりも遥かにペガサスにのるスイの姿は絵になっていた。
そんな俺の視線に気づいたのか、スイが困ったように笑いながら話しかけてくる。
「えと、どうしました?」
「いや……ペガサスに乗ったスイ、綺麗だなって……」
「え?」
俺の言葉にスイが目を丸くした。
──やば……
スイに見惚れていたせいで変にストレートに言葉が出てきしまった。
しかし撤回する訳にもいかず、思考が停止してしまう。
「そ、そうですか……えっと……」
スイもどう返していいのか分からないようだ。
少し顔を赤らめて俺から視線をそらす。少し気まずい沈黙が辺りを支配した。
「あれぇ、どうしたの? なんで黙っちゃってるの?」