130話 意趣返し
「ソードアサルトッ!」
青い刀身が払われた時には既にライルは俺の直前にまで距離を詰めていた。
突進の勢いを利用してその剣を俺の肩に向かって振り下ろす。
「あっ!?」
「リ、リーダーッ!」
背後から聞こえてくる悲鳴を無視し特に回避することもなくその攻撃を受ける。
属性付与の効果で発生した氷が俺の肩を埋め尽くす。
だが、軽く体を動かしただけで、やはり簡単にその氷は砕け散った。
「なっ、なんだとっ――!?」
完全に直撃した自分の攻撃がそうなるとは思っていなかったのか。
その光景を目にするのは二度目であるはずなのにライルは驚愕を隠しきれていない。
「さすが英雄様。凄い迫力だな。でも……『擁護のしようもなく弱い』」
「キサマッ──!」
俺の肩から剣をひいてライルは体勢を立て直す。
「なめるなぁっ!」
縦に払われる剣を左右に体をずらして回避する。
四、五回その攻撃を回避すると──
「大方、防具の効果か何かで防いだのだろうが……二度、まぐれが通ると思うなよっ!」
ライルの剣の周りに竜巻のような風が発生した。
かなり至近距離であるにもかかわらず、ライルは見せつけるように腕を後方に下げる。
「ソニックスレイヤー!」
そのまま剣を横に大きく払う。
先に見せた縦の軌道とは全く異なる剣の動き。
──なるほど、通常攻撃は当てるつもりが無かったのか……
ライルが剣を払ってから俺の体に剣が触れるまでのわずかな時間においても、圧倒的なレベルを誇る俺の肉体は熟考を可能にしている。
ライルは敢えて同じような剣の軌道を見せつける事で横払いに対する注意を反らそうとしたのだろう。
そこに叩き込まれる剣士のスキル、ソニックスレイヤー。このスキルは、射程も通常攻撃と変わらず、爆発的な威力こそないものの、このスキルは防具の効果やスキルによるダメージ軽減を無視する効果がある。
俺がダメージを受けていない理由をレベル差だと考えていないのなら有効な選択だ。
……だが、武器を用いた近接技に対してはカウンターを仕掛けることが可能だ。
そしてそのスキルは一度見ているおかげで、瞬時にイメージができるものだった。
「ッ──!」
ライルの剣を右手でつかむ。というか、つまむ。
通常の人間であれば目で追うことすらできないスピードで襲い掛かる剣も、人差し指と中指をかるくはさむだけでその動きを止めてくれた。
「な、なにぃぃぃいいっ!?」
その瞬間、俺が直前に使用した練気・全によって発生した青白い光が腕から拡散する。
それは縄のような形状になりライルの体を一気に縛り上げた。
直後、ストラの困惑に満ちた声が響く。
「ラ、ライル様っ!?」
「な、なんだ……これはっ……!?」
強風が吹き荒れるような音が鳴り終わるとライルの苦しそうな声が聞こえてきた。
「貴様っ──何をしたっ!!」
何度目か分からない驚愕に満ちた表情。
こうも派手にリアクションをしてくれると少し面白くなってくる。
だが笑うような場面ではない事は分かるので、努めて淡々とそれに答えた。
「『気功縛・白刃取り』。知らないのか?」
「ふざ――っ! 気功縛だと! それは拳闘士の――いやっ、スキル名すら詠唱せずにスキルが使えるものかっ! 何のチャージもしてなかっただろうっ! お前、一体何を──」
「へぇ。魔法以外にもスキル名って詠唱が必要なのか。……あぁ、呼び方の違いか?」
ゲームでは魔法の準備時間は詠唱、物理スキルの準備時間はチャージ、と呼んでいた。
対してこちらでは物理スキルでも『スキル名』を言うのは詠唱と呼ぶらしい。
──まぁ、どちらも同じようにゲージがたまっていくエフェクトが出るだけだったし特に意味は無いんだろうけどな……
「ふ、ふざけてるのかっ!?」
ゲームの知識とライルの言動を照らし合わせていただけなのだが彼にはそう見えたらしい。この世界で常識的なことを敢えて確認しているのだから無理はないかもしれないが。
とにかく、これ以上戦闘を長引かせるつもりはない。
「別に。とりあえず、これで勝負は終わりだ」
淡々と言い放った後、俺はライルに向かって拳を振り上げる。
――それにいち早く反応したのはストラだった。
「いけないっ! ハーフライフレジストッ!!」
俺の具現化した気力の縄に縛られ無防備を晒すライルに対し、ストラが叫ぶ。
手に持ったスクロールが輝き、それに反応するようにライルの体を光が包み込んだ。
「ぬっ、ぐあああああああっ!?」
構わずライルの腹に拳をねじ込ませる。
「ラ、ライル様っ!」
拳を受けてライルの体が後方へ一直線に吹っ飛ばされる。
「がはっ──!?」
十五メートル程の後ろの岩にクレーターが出来上がった瞬間、ライルの口から血がこぼれてきた。
ストラが使ったスクロール──ハーフライフレジストは戦闘不能になるダメージを受けた時に体力を半分にして対象を生き残らせる支援魔法だ。無傷の時にしか発動しないという厳しい条件があるため使いにくく、人気はかなり低い。
むしろ加減しなくても命を奪う危険が無くなっただけ、ありがたいというものだ。
──でも、俺の攻撃の威力を瞬時に察したってことか……?
慌ててライルの方へかけよるストラの姿を見ながら俺は内心で感心していた。
「ぐはっ……な、なんだっ! アイツは魔術師じゃなかったのか……? まさか拳闘士とのダブルクラス……いやっ……そもそも何故、ただのパンチでこんなっ……いくら練気の効果でもっ……ぐふっ」
一度、地面に倒れこみ膝をつくライル。
だがすぐに体を起こして俺のことを睨みつけてきた。
そんなライルにアイネが煽るように話しかける。
「だから言ったっすよね。今回は最強の助っ人がいるって」
「何……?」
「ちゃんときいてなかったんすか? 最強は彼っすよ」
そう言いながら俺を指さすアイネ。
口からこぼれる血をぬぐうライルの眉間にしわが集まる。
「ふ、ふざけるなっ……僕のレベルは108だぞ? それがなぜ……ぐっ! くそおおおおっ!!」
ライルの足元はかなりふらついている。
大ダメージを受けたことによるペナルティのせいか。
──まぁ、ゲームでなくてもあんな叩きつけられ方したらそうなるよな……
若干ライルが心配になる。流石に人殺しなんて俺はしたくない。
そんな事を考える俺をよそに、トワもライルへ追い打ちをかけていく。
「単純な話じゃない? 彼の方が、レベルが高いってことだよ」
「上には上がいる。そういうことっす」
「ふざけるな……! 僕は、僕は英雄だぞっ……!!」
「彼は私より──そして、貴方より強いですよ。遥かに」
スイの冷たい言葉がライルに刺さる。
その顔でライルの表情が一気に屈辱の色へと変化した。
「ぐっ、スイィィッ!」
「ライル様……」
「来るな愚図っ! 立つことぐらい一人でできるっ!!」
──こいつ、まだやる気か?
自分を支えようとするストラを突き飛ばすライルを見て俺は呆れ半分、驚き半分で息をつく。
そんな俺の態度を挑発と見たのかライルの声は更に荒立ちはじめた。
「調子にのるなよっ! ダブルクラスがお前だけだと思うなっ!!」
そう言いながらライルはベルトにかけてあった袋から紫色のクリスタルを取り出した。
そしてそのクリスタルを頭の前に掲げながら、俺が今まで聞いたことのない言葉をつぶやき始める。
「■■ ■■■……■■■ ■■……」
「えっ……これって……うそっ!?」