129話 決意の証
──待っててくれって言ったんだけどな……
流石にあの一言だけでは彼女達を納得させることはできなかったのだろう。
自分の言葉足らずさに我ながら苦笑する。
その横ではトワが頭の後ろで手を組みながらふわふわと飛んでいた。
「昨日感じた変な臭いを追ってきたら……まぁ予想通りだったね」
「……リーダーに、何をしようとしているんですか?」
スイが剣の柄に手を当ててライルを睨む。
その視線を受けてライルは舌打ちをすると剣を振り下ろした。
「ふん。サラマンダーに勝ったようじゃないか。おめでとう」
剣を鞘にしまい、わざとらしくぱちぱちと手を叩くライル。
それに対しスイは無言で頭を下げて答える。
そんな一触即発の空気の中、トワが俺の方に飛んできながら話しかけてきた。
「ライルと……ストラ、だっけ? 随分と見た目を変えたんだね」
ライルと女性に視線を交互にやりながらそう言い放つトワ。
──え、ストラって……
その言葉に給仕服の女性を改めて見る。
昨日シュルージュギルドで出会ったストラという女性と目の前の女性は雰囲気がまるで違う。
肌の色、髪の長さや色、服装。そして何よりあの妖艶な雰囲気の無さ。
とても目の前の女性と同一人物とは思えなかったのだが──
「……何故、分かったのですか?」
あっさりと、その女性はトワの言葉を肯定した。
それほどまでにトワの声色は確信に満ちたものだった。
「昨日も言ったでしょ。ボク、人の悪意には敏感だから。シュルージュの人達の中でも、特にキミの悪意は明確だったからね。化粧品なんかじゃそのにおいはごまかせないよ」
「…………」
ストラがむっと顔をしかめる。
当然ながら昨日の状況を見ていないスイとライルは意味が分からないようで怪訝な表情を見せていた。
「におい? どういうことですか?」
「えっと、なんつーか……ウチにも良く分からないっす……」
スイの問いかけにアイネは苦笑する。
続けてスイがこちらにも視線を投げかけてきたが多分俺はアイネと同じような表情を返したのだろう。
スイは特に何もきいてくることなく首を傾げていた。
そんな彼女にトワが話しかける。
「スイちゃん、あの女の人に見覚えある?」
「え、いや……特には……」
質問の意図が分からなかったようでスイは困り顔をトワに返した。
「ふーん。でも結構恨まれているみたいだよ」
「えっ……?」
トワの言葉に改めてストラを見つめるスイ。
「…………」
だがストラは無表情のままだった。
……いや、正確には無表情を作っていたというべきか。
自分の内心を悟らせないように敢えて無言を押し通しているように見える。
「まぁいいや。本題はライルの方だと思うし。ね?」
そんなストラを追及しても意味が無いと察したのだろう。
トワの目配せを受けて俺は改めてライルに話しかけた。
「ライル。アンタ、スイを罠にはめただろ」
「は?」
案の定、苛立った声を返してくるライル。
──まぁいい。しらを切るなら追い詰めてやるだけだ。
「サラマンダー討伐の依頼はライルの紹介で受けたんだよな?」
「え、えぇ……」
スイがおずおずと頷くのを見て俺は言葉を続ける。
「そのサラマンダーは魔物じゃなく召喚獣だった。どう考えても仕組まれてるとしか思えないだろ。つまりアンタはスイを負けさせる事が狙いだったわけだ」
「ハッ、そんなこと僕が──」
「そうやってスイを追い詰めて手を差し伸べて、スイが付き合うのを断れないようにしたんだろ。スイが犯罪者の娘だってバラしたのもアンタじゃないのか?」
「キサマッ……」
俺の言葉にライルの顔が赤くなっていく。
そんな彼に対し煽るように言葉を続けた。
「どうやら剣の才能はあっても、脚本家の才能は無いみたいだな? お客さんの──スイの心が全然つかめていないじゃないか」
「…………」
ブチッと音が聞こえてきたような気がした。
やけに静かに剣を再び鞘から抜くライル。
「君さぁ……呆れる程に無礼だよね」
ため息を一つついて、ライルは俺の事を睨んできた。
まぁ仕方ないだろう。流石に今回は自分が無礼な行動をとっていることぐらい自覚している。
だからその言葉に対しては何も言い返せない。
――もとより、言い返すつもりもない。
「勝手な憶測でそこまで貶してくれたんだ。当然、無傷で帰れるとは思っていないよね?」
その怒り方は今までライルが見せてきたものとは別格だった。
明確な殺意を放つその目は、魔物と対峙した時のスイのそれと同様の色をしている。
「死になよ。君は……目障りだ」
……一言。
静かにそう言うと、彼は大地を蹴った。
彼のしなやかな肢体が、飛ぶように俺に向かってくる。
――気合を入れろ。
もう、後にはひけない。逃げられない。
俺の背後には皆がいる。スイがいる。
前の時のように呆けてる場合じゃない。
逃げてなんかいられない。
言い訳なんかしてられない。
守らなくては。
戦わなくては。
そのための力は、既に俺の手の中にある。
だったらもう……怯えている場合なんかじゃないっ!
だって俺は――スイのために、この場所に来たのだから!!
「こいっ――ライルッ!!」
拳を握りしめて、襲い掛かるライルをにらみ返す。
……かくして。
底辺無職だった俺は――この異世界で、初めて。
自らの意思で、戦うことを決意した。