12話 薬草の使い方
日も落ちてきた頃。俺はギルドの受付場にまで戻ってきた。
別にアーロンに用がある訳ではないがここを紹介してくれたスイにお礼ぐらい言おうと考えたのだ。
しかし、彼女がどこにいったのか分かるはずもなく俺はぶらぶらとトーラを歩き回ることしかできず。結局、収穫も無いままギルドへと戻ることになってしまった。
「はぁ、歩くと意外に広いな。トーラも……」
木でできた空きテーブルに着くと俺はため息を漏らす。
ゲームでは一つのマップのはしからはしまで移動するのに三分もかからない。トーラのような小さな村なら一分もかからないと記憶している。
だが、実際に歩いてみると当然だがそんなものでは横断できない。その村の中から手がかりもなく女の子一人を探すなんて無謀だった。
ぼーっとギルドの中を見つめる。
──今日は本当にいろいろな事があったな……
スイと馬車にのり、ギルドで仕事をし、トワという妖精に出会う。
生きてきた中でこう目まぐるしく続けて動いたことがあっただろうか。
普段淡々とゲームばかりしていたからか本当に子どもの頃の記憶というのは薄れて消えてしまっている。
生まれた時からずっとゲームをやっていたような錯覚にすら陥る時もある。
──我ながら末期だな……
「んあぁ~、つっかれたっす~」
と、十分ぐらいたったころ。聞いた覚えのある声が俺の耳に届いてきた。
声の方に視線を移すと、そこには右腕から血を流したアイネがいた。
──って、血!?
「少し張り切り過ぎだよ。ちゃんと一体ずつ処理していかないと。私だって守りきれないよ……」
アイネの後を追うようにスイがギルドの中に入ってくる。
どうもスイは、アイネに対してはくだけた口調になるらしい。
普通の女の子みたいな一面を見ることができた気がして少し新鮮だった。
「んだってぇ。先輩があんまりじゃんじゃん敵倒すから。ウチだって強くなったんだって、知ってほしいっす。それにウチ、別に守られる必要なんて……」
「あんな無理しなくたって十分伝わるよ。ほら、私が納品してくるからアイネは──あれ?」
受付の方に歩き出そうとするスイが俺の視線に気づく。
するとスイはぺこりとお辞儀をさせ俺の方に近づいてきた。
「お、新入りさん! どっすか、仕事はできました?」
その後をアイネがばたばたと走って追いかけてくる。
……服に血がついたまま。
「はい。丁寧に教えてくれたので助かりました」
そう返す俺によくがんばったねー、と笑うアイネ。
こうも労われると少し気恥ずかしい。明らかにアイネの方が大変な仕事をしてそうなのに。
「ふふ、そうですか。無事に生活ができそうでよかったです」
スイも俺の言葉に満足したのか安心したように笑みを見せる。
──と、まずい。お礼を言わなければ。
俺は本来の目的を思い出し一度立ち上がってお辞儀をした。
「スイさん、今回は本当にお世話になりました。命を助けてくれた上に仕事までつかせてくれて……」
「え? そっ、そんな頭下げないでくださいよ。恐縮しちゃいます……」
照れ臭そうに笑うスイ。
まぁスイはお礼を言われるのが苦手そうだしこのへんでいいだろう。
俺はアイネの方に視線を映した。
「あの、アイネさんは……大丈夫なんですか?」
「ほえ? 何が?」
自分に話題がふられるとは思ってなかったのか、素っ頓狂な声をあげるアイネ。
だが俺の常識からすればその出血はそんな反応ですませることができるようなものではなかった。
アイネの服のひらいた袖は真っ赤に染まっている。
──こんな血を出しておいて、なんでそんな顔ができるんだ?
「いや、血。どう見てもやばそうですけど……」
「あぁ。早くしないと床が汚れちゃうっすね。薬草つけないと」
そう言いながら、まるで他人事のように笑うアイネ。
「そ、そういう問題じゃないでしょう! こんな血だらけになって……」
「そうだよ。いくら簡単に治せるからって、傷を放置するのはよくないよ」
アイネを心配する俺に、スイも同調する。
だが俺の方がスイの言葉に同調できない部分があった。
「簡単……? こんなに血だらけなのに、簡単に治るんですか?」
「大げさっすよ。見た目と違って傷自体はたいしたことないっす。応急手当はしてるから血はもう止まりかけてるし。薬草使って終わりっすよ」
「いや、そんなバカな……」
改めてアイネを見る。
自分がこんな怪我をしたら痛みに耐えられなくて気絶するんじゃないだろうか。
顔から血の気がひいていくのを感じる。
と、俺を心配させようとしたのだろう。スイは優しく笑いながら口を開く。
「ふふっ、討伐クエストに出るとこのぐらいの傷は普通につくものなんですよ。それに薬草ですぐに傷も消えますから」
しかしそれは逆効果だった。
「こんな血だらけになるのが、普通なのか……」
思わず、そう呟く。
服に大量の血をつけても十代半ばの少女が笑顔でいるのが普通になる世界。それが物凄く異常にみえたのだ。
まぁアイネはこうみえてギルドのエースらしいので、こういう怪我を負うのかもしれないが。
改めて、昨日アーマーセンチピードに襲われた事を思い出す。
──たまたまスイに助けられたから良いものの、やはりこの世界は恐ろしいところだ……
「あはははは、ホント大げさすぎっすよ」
「大げさって……でも、スイさんは……」
アイネの言葉に俺はスイに視線を移す。
スイはアイネとは対照的に来ている装備に血など全くついていない。
それを見てアイネは、はぁとため息をついた。
「あー、先輩は別格すね。この辺りの魔物じゃ勝負にならないっす……」
無言で苦笑いしつつも頷くスイ。ここで俺はゲームのことを思い出す。
レベル95ならトーラの周りに出てくる魔物は確かに勝負にならないだろう。ボスモンスターでもレベルは70ぐらいだった記憶がある。
しかしレベル50なら魔物の数によってはかなり体力を削られるかもしれない。
ダメージ計算機をいじっている時にプレイヤーレベルの欄に100未満の数値を設定したことなど殆ど無いからなんとも言えないが。
「あーもー……わかった、わかった。すぐに手当するっすよ。ほんと心配性な新入りさんっすねぇ」
俺の視線に耐えられなくなったのだろう。
アイネは両手をあげて呆れたように笑みを見せる。
「すいません……」
「いいっすよ。心配してくれてありがとっす。ちょっと恥ずかしいっすけどね……」
わずかに顔を赤らめるアイネ。過剰にじろじろ見過ぎたかもしれない。
「じゃあ私、薬草貰ってくるから。アイネは座ってて。ついでに納品もしてきていい?」
「うっす。お願いしまっす」
スイはこくりと頷いて受付の方に歩き始めた。
スイの性格ならすぐに薬草をとってくると思ったが……
やはりアイネの怪我は本当にたいしたことがないらしい。この世界では、の話しだが。
「先輩。ホント素敵っすよねぇ……スターの色気が出てるっす……」
ふと、アイネがスイの後ろ姿を見つめながらそんな話題を振ってきた。
そういえばスイはここに寄るのは久しぶりだと言っていた。妹弟子として色々思うところがあるのだろう。
「ハハ、確かに凄くかっこいいですよね」
だが俺の目から見てもスイは確かにかっこよかった。
色気、という表現が適切だとは思わなかったが。
マントを翻し歩く姿はとても様になっている。
「新入りさんは先輩に助けてもらったんすよね。てことは先輩が戦ってる所、見た事あるってことっすか?」
「はい。アーマーセンチピードから守ってくれて。夜だったのでよく見えなかったんですが瞬殺でしたね」
「アハハ、あれぐらいならウチも倒せるっすよ。先輩の強さはそんなもんじゃないっす」
人差し指をふりながらアイネはニヤニヤと笑みを浮かべる。
アーマーセンチピードのレベルは30ぐらいだっただろうか。
ゲームでは、そのぐらいのレベルの敵は俺にとって狩りの対象外だからよくは覚えていないが……まぁ大きく違うということはないはずだ。
そうだとすると、確かにアイネでも余裕だろう。
そんな事を考えているうちにスイが俺達のいるテーブルに帰ってきた。
水をいれた大きなボウルと、タオルと薬草を入れた小さなボウルを両手で持っている。
「もらってきたよ。はい。自分でつけられるよね?」
「あざーす」
アイネはそういうと袖をまくり傷口を水で洗い始める。
……思わず目をそらした。道で転んですりむいたってレベルではない痛々しさだ。
だが、その後にアイネが薬草を傷口にそえるのを見て俺は逆にじっとアイネの腕を見てしまう。
「薬草を使う所をみたのは初めてっすか? ほら、傷が消えてくでしょ」
服についた血こそ消えないがその効果は確かなようだ。
薬草が緑色に淡く光りそれに呼応するように痛々しい傷がじわじわと消えていく。
──薬というより魔法のような感じだなぁ……
「おぉー……すげぇ……」
「あっははは、いいリアクションするっすねぇ」
「新鮮な反応ですよね。馬車に乗ったときもそうでしたけど」
俺の反応に、くすくすと笑う二人。
俺は少し気恥ずかしくなって頬をかいた。
「俺、こういう傷ってポーションかヒールで治すものかと思ってました。薬草でもここまで効くんですね……」
薬草は回復アイテムの一種だ。
しかし効果はそこまで高くなく普通であれば薬草を調合しポーションを作成するか、買うか、又は普通に回復スキルを使う。
ゲームではそのまま使うなんてこと、普通はしないのだ。
「まぁ本当でしたらそれらを使うのが一番なんですが調薬師や修道士さんはこのギルドにはいないので薬草をそのまま使うしかないんですよね。それでもこの周りには薬草がたくさん生える場所がありますし、使い方も簡単なので困らないみたいです」
「そこらへんは先輩がいなくなった時から同じっすね。相変わらずの過疎村っす」
へへへ、と苦笑しながらアイネは別の薬草を取り出し、もう一度傷口につける。
やはり一個の薬草で治せる傷の量は限られているらしい。
ゲームでも一個の薬草の回復量なんてたかが知れていた。
「……まぁでも背中とかをやられると大変っすけどね。手が届かないから床に置いてこすりつけるとか、よくやるっす」
その時のことを思い出したのか苦々しくアイネは笑う。
俺も想像してみたが確かに一人では相当やりにくそうだ。
──それならば俺も簡単な手当てができるようになったほうが良いんじゃないか?
そう思って、俺は二人に問いかける。
「へぇ、じゃあ俺も薬草が使えるように勉強した方がいいですかね」