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126話 炎を伏せて

「やあああっ!」


 迫りくるサラマンダーへ向かってスイが駆ける。

 それを見たサラマンダーが前脚を振り上げる。


「えっ──?」


 スイの剣がその脚で止められる。

 牙を使って追撃をしかけるサラマンダー。


「強いっ……でもっ……!」


 しかし、それは通らなかった。

 剣を弾かれた反動に逆らわず、スイは体をくるりと回転させる。

 そのまま後ろに倒れこむスイ。

 サラマンダーが頭部を前にして空を噛み切った時にはスイはその顎の下にいた。


「フォースピアーシングッ!」


 スイがサラマンダーの顎に、下から剣を突き刺す。

 青白い光がサラマンダーの頭部を貫いた。

 サラマンダーの上半身が大きくのけぞる。



 ゴオオオオオオオオオオオオッ!



 今まで聞いたことのない、苦悶に満ちたサラマンダーの咆哮。

 攻撃した部位も違いもあるだろうが明らかに今までよりも与えたダメージの量が違うことが分かる。


 ──やはり、これならいける……!


 手ごたえを感じた俺はもう一度、無影縮地を使いアイネのいる場所へと戻った。


「え、何をしたんすか? 今」


 元の場所に戻るや否やアイネが怪訝な顔で話しかけてきた。



「……あのサラマンダーは魔物じゃないかもしれない」

「――は?」



 ぽかんと口を開けるアイネ。

 まぁ当然の反応だろう。自分でも変なことを言っている自覚はある。

 だがトワは──


「……ふーん。そっか。そういうことなんだ。だから、さっきから──」

「え、どういうこと? 意味が分からないんすけど」

「今はスイの事を見守ってやろう。話はそれからだ」


 確かなことは今の段階で断言はできない。

 だからアイネの質問に対しては言葉を濁すことしかできなかった。

 俺のはっきりとした答えを返さないという意思表示を感じ取ったのかアイネはスイに視線を移す。


「やぁぁああああっ!」


 上体を起こしたサラマンダーにスイが剣を突き刺そうとする。

 体をよじり左前脚で受け流し、サラマンダーは牙で反撃する。


「そこっ……!」


 それを右方向に跳んで回避したスイが転がり込みながら突きを放つ。

 横方向からの突きを受け痛みに体をよじらせるサラマンダー。

 だがそれと同時に繰り出される尾の反撃がスイの体をとらえる。


「ぐっ……!」


 後ろに押し返されるスイ。

 だがスイは倒れることなくなんとか踏みとどまっている。


「よく見えないけど……な、なんか……ほぼ互角になっている……? 先輩が強くなった……?」


 アイネの言葉通り、スイが優勢とは言えないもののその攻防はほぼ互角だった。

 僅かにスイのダメージ量の方が多そうに見えるが防戦一方という程ではない。


「違う。サラマンダーが弱くなったんだ」

「え……? リーダーが何かしたんすか?」

「俺が何かしたというか、何かされていたというか……」


 支援魔法がかけられていたということは、当然ながら支援魔法をかけたヤツがいるということだ。



 ──誰が、何のために?



 本当はもう、確信に近い感覚がある。

 スイが失敗するようにサラマンダーをけしかけるヤツなんて――そんなことを考えるヤツなんて。

 だがこの場所からではそいつの姿を確認することはできなかった。


「やあああっ!」


 と、スイの掛け声で我に返る。

 目に入ってきたのは自分に襲い掛かるサラマンダーの牙めがけて大きく剣を振りかぶるスイの姿。

 金属がぶつかりあうような高音。空気の震えが目に見える程の衝撃。


「うぅっ……!」


 サラマンダーの牙を剣で受け止めるスイ。

 サラマンダーとスイには──というか、人間には圧倒的な体格差がある。

 そんな相手の一撃を正面から食い止めて、つば競り合いのように牙に剣をぶつけるスイ。


 ──なんか、ヒーローみたいだな……


 自分より格上の相手に正面から戦いを挑む。

 その背中が、翻ったマントが。性別こそ違えど、自分が幼児の頃に憧れたヒーローと重なった。

 

「が、頑張れ先輩っ!」

「そ、そうだよっ! ここで負けちゃだめだよっ!」


 その攻防が勝負どころになることを直感したのだろう。

 気づけば二人は声を目一杯張り上げていた。

 ヒーローショーを応援する子供のように。


「スイ! 頑張れっ!!」


 反射的に俺も声を張り上げる。

 サラマンダーの口から炎が漏れ出す。

 このままでは埒が明かないとふんだのだろう。

 

「づっ……」


 その炎を放置したらこの攻防でスイが競り負けることは──というか、勝負が決まってしまうことは明白だ。

 その危機を明確に認識したのだろう。スイの表情が歪む。

 だが、その目はまだ勝負を捨てていない。


「やあああああああっ!」


 剣を握り直し、腰を低く。左足を一歩踏み込んでサラマンダーの口に顔を近づける。

 炎を文字通り眼前にとらえたスイはその剣を一気に振り上げた。

 目の前の巨体が上へと強引に起こしあげられる。


「クロスプレッシャー!」


 そこにスイが十字斬りを叩き込む。

 剣が通った場所が黒く光り輝き、スイが剣を払った後にその光がサラマンダーの体にのしかかるように進んでいく。

 前脚を地面に着地させたサラマンダーが一歩、後ずさりをした。

 体勢を立て直しても反撃をしてこないサラマンダーを見て察する。


 ──恐怖状態か……?


 クロスプレッシャーは一定確率で相手を恐怖状態にさせる追加効果がある。

 それをこの一撃で引き当てたのは運だけでなくスイの気迫もあってのことか。


「うわっ、うそっ!?」

「先輩……」


 アイネとトワが空を見上げる。

 サラマンダーのその一歩は、スイにとって値千金なものだった。

 高く跳び上がりサラマンダーの上をとる。


「フォース──」


剣を引き、目を細め、サラマンダーに狙いを定めるスイ。


「ピアーシングッ!」


 スイは投げつけるように剣を下に突き出す。

 その剣先から青白い光が伸びる。



ガアアアアアアアアアアアッ!



 その光は、たしかにサラマンダーの背中を貫いた。

 悲鳴のような雄叫びをあげてのたうちまわるサラマンダー。

 衝撃の反動からかスイの体はあさっての方向に飛んでいる。


「これは……先輩の勝ち……?」


 おそるおそるといった感じでアイネが声をあげる。


「いや、まだ……」


 その言葉をすぐに否定した。

 おそらく、全ての意識を攻撃に使ったせいだろう。

 スイは着地に失敗してその体を地面に叩きつける。


「ぐっ、あ……」


 スイの受けた衝撃は相当なものだったのだろう。

 数秒の間、スイは地面から起き上がることはできなかった。


「づ、ぅ……くっ……!」


 体をよろめかせて剣を杖替わりにし、膝を立てる。

 だがその間にサラマンダーは恐怖状態から復帰したらしい。

 痛みにもだえ苦しみながらもなんとか脚を地面に突き立て体勢を立て直しかける。


 ──これは、まずいっ!



「スイ! 頑張れっ! 後少しだ!」



 このままでは先に行動できるのはサラマンダーだと確信して、俺は声を張り上げた。


 ――スイが、いない方向に向かって。


「ぅ、ぐっ……」


 狙い通り、サラマンダーは俺が声をかけた場所を向いた。

 当然、そこにスイの姿は無い。

 慌てて周囲を確認しようとするサラマンダー。


「ソードアサルト!」


 だがもう遅かった。

 スイが完全に体勢を立て直し、攻撃をしかける。

 背後から仕掛けられたそれを回避する手段はサラマンダーには無い。

 スイの剣がサラマンダーを横から切り上げる。


「ヒート……ストライクッ……!」


 絞り出すような声と共にスイが両手で剣を振り上げた。

 その剣が赤く輝く。隙だらけのサラマンダーに放たれる最後の一撃。


「やああああああああああああああっ!」


 その剣がサラマンダーの体を裂く。

 ヒートストライクは剣士の基本技。

 フォースピアーシングのように射程こそ長くはないが威力に関しては基本技の中では群を抜いて高い。


「あ、あっ……!」


 アイネが息をすいこむ音を、地面に走った振動がかき消した。


「……スイの勝ちだ」


 すぐにでもその場に倒れこみそうな少女の姿は。

 今まで見たどんなヒーローよりもかっこよく見えた。




 ――でも。


 多分、ここからが本当の――



「さて……次は、俺が戦う番かな……」



 そうだとしても――まずは傷だらけの英雄に祝福の言葉をかけてやるべきだろう。

 そう思って、俺はスイのもとへ駆け寄った。

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