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124話 一方的

「なっ……!」


 炎の壁を突破した先にサラマンダーの姿は無い。

 

 ……その理由は単純だ。

 サラマンダーもまた炎で自身の姿が隠れたことをきっかけにスイと同じ行動をとっていた。それだけだ。

 むしろ赤黒いその体が炎の色に見事に適合している分、その行動はサラマンダーがとった方が効果的だった。

 何もないと思っていた所からサラマンダーの尾が伸びる。


「う、ぐっ……!?」


 尾から派生する無数の棘が、炎が、スイを襲う。

 とっさに剣をかまえてそれを受けるスイ。

 ペインインデュアの効果でノックバックが弱まるが、スイの体は後方へとはじかれた。

 必死に両足で地面との摩擦を発生させ踏みとどまるスイ。

 同時にスイとサラマンダーが放った炎が周囲から消滅した。


「このっ……!」


 スイが二つ目のポーションを取り出す。

 急いで口に瓶を当てそれを飲み干すと剣を両手で構えなおした。

 そこにサラマンダーの追撃が仕掛けられる。


「くっ……!」


 前脚を振り上げたと思ったら全身の体重をかけてスイを踏みつぶそうとする。

 バックステップで回避するスイ。

 体を急激に半回転させて尾を振り回すサラマンダー。


「やあああああっ!!」


 その尾に向かってスイが剣を左下から振り上げる。

 尾の軌道を上にそらし、隙を見せたサラマンダーに背後から突進するスイ。

 しかしサラマンダーはまたもや素早く体を半回転させてスイの方向にふり返る。

 そのまま振り上げられるサラマンダーの前脚。それをスイが剣で受け止める。


「づっ……!?」


 またもや後方にはじかれるスイ。突進するサラマンダー。

 横に転がり込んでギリギリでそれを回避する。



「ちょっ、これやばくない!? もうなんかよく分かんないけど……大丈夫なの?」


 トワがぐいぐいと俺のコートの襟を引っ張ってきた。

 ……無理もない。お世辞にもスイが優勢とは言えない状況だ。



 ──でも、ここまでスイが押されているのは何故だ?



 レベル5の差はあれ、さっきからスイが競り負けすぎている気がする。

 基本的なステータスでサラマンダーが格上なのは分かってはいたが違和感がぬぐいきれない。



「ウチ……動きが全然分からない……」



 と、横にいるアイネの震えた声で俺はその思考を止められる。

 みれば、アイネが顔をひきつらせながらスイとサラマンダーの攻防を見守っていた。


「こ、こんなに差があるなんて……」


 胸元をぎゅっと握りしめるアイネ。


「やっぱ、先輩とウチじゃ違うんだ……天と地ほども……」


 スイが押されている。その状況はアイネにも理解はできているはずだ。

 だが、もしアイネがサラマンダーと戦っていたとしたら──その結果は言うまでもない。


 ──難しいな……


 こういう問題はたった一回の出来事で解決できるほど単純なものじゃない。

 でも、アイネが自信なさげな顔を浮かべるのを放置することはできなかった。


「凄いよな。スイは」


 アイネがこうしてスイとサラマンダーとの戦いを見る意味はアイネの自信を奪うことにある訳ではない。というか、そうであってはならない。

 そう思うと、考えるより前に声が出ていた。


「え……?」


 きょとんとした顔で俺を見上げてくるアイネ。

 視線を合わすのが照れ臭いこともあって俺はスイの姿を見つめながら言葉を続ける。


「あんな攻撃に耐えているんだから。凄いヤツだよ」

「……うん」

「……でもな、アイネ」

「んっ……」


 勇気を出してアイネの頭に軽く手を置く。

 なんとなくそうして欲しそうな表情をしていたからだ。

 それが自惚れではないと、アイネが気持ちよさそうに少し目を細めた事で確信する。


「昨日、アイネが戦っているのを見た時、俺は同じことを思ってたぞ」

「…………」


 ──キザに過ぎただろうか。


 沈黙するアイネを見て少し後悔する。

 そんな俺に対してアイネは数秒の間を置き、苦笑いを返してきた。


「……お世辞、うまいっすね?」

「そうきこえるか?」

「ううん。ありがとう……」


 そう言いながらアイネは頭に置いた手を払って俺の右腕に抱き着いてきた。

 柔らかなアイネの体の感触で緊張が緩まないように、敢えて意識的にスイの方を見る。



「ちょっとちょっと! イチャイチャしてる場合じゃないよ! 本当にスイちゃん、やばいって!」



 言われるまでもなく俺はスイからは視線を外していない。

 攻撃を何度か受け続け、スイは岩を背にしてサラマンダーに詰め寄られている。

 トドメを刺すと言わんばかりに前脚を振り上げて襲い掛かるサラマンダー。

 確かにトワの言う通りスイが追い詰められている状況に見えるだろう。


「いや、あれは──」


 念のため、練気・全を使っておく。すぐにでも無影縮地を使えるようにするためだ。

 だが、スイのとった構えから、あれがただ追い詰められた訳ではないと考えることができた。


「フォースピアーシング!」


 背後の岩を蹴ってサラマンダーに突進するスイ。

 油断を誘い、大振りの攻撃がきたところで岩を利用しカウンターをしかける。

 それがスイの狙いだった。そして、その狙いは確かに成功した。


「えっ……」


 サラマンダーの腹部を青白い光が貫く。

だが、スイの表情に明るさは無い。

 むしろ──



「づあああああっ!」



 突如として響くスイの悲鳴。

 サラマンダーはスイの攻撃に全く怯むことなく、その腕をスイに向かって振り下ろしてきた。

 攻撃を放った直後にきたそれを回避すること叶わず、スイは岩にその身体を叩きつけられる。



 ──あの状況から一方的に競り負けた……?



 なんとか剣をサラマンダーの手と自分の体の中に挟みこみ、その爪から逃れるスイ。

 だがそこをサラマンダーの牙が襲う。


「う、うあああああああああああっ!!」


 右腕を牙に貫かれたスイが絶叫する。


「スイ!」

「スイちゃんっ!」

「う、づあああっ……! このっ……!!」


 背中を反らして苦痛にあえぐスイ。

 だがスイは悲鳴をあげながらも必死に抵抗を試みる。

 剣を左手に持ち替えてサラマンダーの口の中めがけて剣を突く。


「ペインインデュアアアアアアアッ!!」


 再び赤い光がスイの体を包んだ。

 自らの腕を貫く牙のはえた場所めがけてスイが剣を突き立てる。

 柄でサラマンダーが口を閉ざすのを防ぎ、強引に右腕を振り上げるスイ。

 その腕から飛び散る血がスイの顔を濡らす。


「やああああああああっ!!」


 その掛け声は悲鳴というか、泣き声に近いものだった。

 牙から腕を抜いた瞬間にスイがサラマンダーの顔に蹴りをいれる。


「うあああああああああああっ!!!」


 血だらけになりながら激昂して剣を振り回すスイ。

 その姿はもはや剣士というより狂戦士と言った方が良いかもしれない。

 或いは消えかけた炎が最後に勢いを増す時のような──


「せ、先輩……?」


 アイネが全身を震わせながら声をあげる。なんとか絞り出したというようなものだった。

 苦痛に顔をゆがめながら、がむしゃらに剣を振り回すスイには優雅さの欠片も無い。

 それでもスイはサラマンダーの顔を切りつけて一度距離を置くことに成功する。 

 だがそれはサラマンダーにとっては計算の内だったようだ。

 息を吸い込む音が聞こえてくる。



 ──ファイアブレスが、くる!



「う……あっ……!」


 その攻撃の様子に気づいたスイは急いで横に飛ぼうとする。

 しかし、それよりも前にサラマンダーの炎がスイを襲う。

 ポーションも飲む時間も無い。


「せんぱ──!」


 アイネが声をかけようとした瞬間、俺は岩盤から身を乗り出した。

 即座に無影縮地を使いスイの隣まで移動する。


「リー……!?」


 時間が無い。

 何かを言いかけようとしたスイの腰を片手で持ち上げた。


「ひゃっ!?」


 そのまま強引にスイを肩に担いで一気に横に駆ける。

 ごうごう、と後ろで炎が放たれる音が聞こえるが振り返らない。


「ヒール!」


 イメージする余裕が無いので魔法名を声に出す。

 そのまま腕に集まる魔力の流れをスイに放った。


「づっ……うっ……」


 エメラルドグリーンの光がスイの体を包むのを確認して俺はスイを地面におろした。

 サラマンダーとの距離がとれていること、サラマンダーがアイネ達に近づいていないことを急いで確認する。


「ぜっ……! はーっ……ぐっ……はっ……」


 傷は治癒できているはずだがスイの呼吸は荒れたままだった。

 MP──いや、気力の消費が大きいのだろうか。

 剣を杖のように地面に突き刺して呼吸を整えるスイ。


 ……思わず一瞬目をそらしてしまった。

 傷は治癒されているとはいえ、サラマンダーの牙で破壊されたガントレットと血がついたその顔はあまりに痛々しい。


「大丈夫か……?」


 気を取り直してスイに声をかける。

 上半身を起こして俺と視線を合わすスイ。


「リーダー……」


 だがそれも一瞬のことで、ギリリと歯を食いしばりスイは視線をそらす。


「ごめんなさい……やはり、勝てそうにないです……」


 剣を握りしめる両手が僅かに震えている。

 自虐的にため息をつくスイ。


「結局、皆の言う通りで……私は……」


 強く瞑った目から僅かにこぼれる涙。

 それに気づかない振りをして、俺はスイの前に立つ。



「いや。そうでもないぞ」


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