123話 剣と炎
その巨体から、その速度で、その短足から――
そのような動きが、そして攻撃がくるなんて誰が予想できただろう。
腹部を上にしながら横の棘をスイに叩きつけるサラマンダー。
さながらブレイクダンスのような回転技だ。
……当然、それをスイが回避できるはずがない。
「んがっ──!」
スイの体が後方へ一直線に弾き飛ぶ。
俺達が隠れている岩盤とは九十度ぐらい異なる角度へ飛ばされたその体は別の岩へと叩きつけられる。
破裂する岩。ボールのように空中に弾け飛ぶスイの体。
体をねじりながら着地したサラマンダーが、意地悪く笑っているように見えた。
──あいつ、誘っていたのか……!
思わず唇をかみしめる。
体勢を崩したと見せかけて、攻撃の予備動作を悟られないようにしていたのだ。
ゲームとは異なる、現実の生物だからこそ生まれる戦いの戦略。
それが本能によるものなのか、知性によるものなのか──或いはただ、手を抜いていただけなのか。あの瞳の輝きからは察することはできない。
とにかく分かるのは、単調な攻撃を繰り返すだけのゲームとは違うということ。
「せ、先輩っ!」
アイネが悲痛な叫び声をあげる。
普通ならあの一撃で即死だ。無理は無い。
だが、それにより──
「あっ、こっちに気づいた……!?」
サラマンダーの黄色の瞳が完全にこちらをとらえた。
トワのひきつった声がきこえてくる。
「や、やばっ──」
慌ててアイネが口に手を当てるが……もう遅い。
サラマンダーは完全に俺達のことを認識している。
もっとも、それは同時にスイに対して隙を作る要因にもなった。
「づっ……このっ……ペインインデュア……!」
スイが空中で歯を食いしばる。
彼女の体が一瞬、赤い光に包まれた。
そのまま体を強引にねじって体勢を立て直すスイ。
口からは血が滲み出ている。
ゲームでは、大ダメージを受けるとステータスに一定時間ペナルティがかかるというシステムがあった。
ペインインデュアは、そのダメージを受けた事によるステータス低下を解除し、自分の防御力を上げ、さらにはノックバックを軽減する剣士のスキル。
痛みによる体の鈍さを強引に回復し、血をガントレットの甲でぬぐう。
刹那の間を置きサラマンダーを睨みなおすとスイは大地を蹴った。
「やああああっ!」
サラマンダーに向かって突進をしかけるスイ。
そのスピードは最初のそれと殆ど変らない。
迎え撃つサラマンダー。再び右腕を折り曲げ攻撃の体勢に入る。
こちらに気づいたとはいえ、スイを倒すことを優先しているということだろう。
「っ……!」
だが、流石に全く同じ攻撃を二度連続で食らうほどスイも間抜けではない。
サラマンダーが後ろ脚を持ち上げて体をひねり、体全体を回転させて尾を叩きつけようとした、その瞬間に――スライディングを使ってサラマンダーの下に滑り込む。
「えっ……あぶな……!」
アイネの声か、トワの声か。どちらかが息をのむ音が聞こえた。
サラマンダーの背中にはいくつもの棘がある。スライディングで下をとろうにもその棘にぶつかる可能性は高い。
しかしスイに躊躇は無い。おそらく彼女には攻撃の軌道が見えていたのだろう。
それを証明するかのようにスイの体はサラマンダーの下を通り過ぎる。
「な、なんすか今の動き……何が……」
アイネが恐怖したように呟く。
もう一度体をねじり、着地するサラマンダー。体勢を立て直すスイ。
両者の距離はすれ違ったせいで微妙に離れている。スイにとっては不利な距離だ。
「ぐっ……」
それを最も強く自覚しているのは他ならぬスイであろう。
左手でスカートからポーションを取り出し、口をつける。
それを隙と捉えたのかサラマンダーが息を吸いあげた。
──来るっ!
あのモーションはゲームでも見た事がある。
だから俺は予想できた。その直後に、サラマンダーの口から放たれる炎の軌道が。
ファイアブレス──その名の通り、炎を吐いて前方の敵を焼き尽くす炎属性の魔物が使う代表的なスキルだ。
「ブレイズラッシュ!」
その炎を回避することなく、真っ向からスイは迎撃する。
剣を地面に叩きつけ、気による炎を一直線に発生させた。
だがその炎は難なくサラマンダーのファイアブレスに競り負けてしまう。
「やはり、そう──ですよねっ!」
俺から見てサラマンダーとスイは横に並ぶ形で対峙している。
だから俺は理解できた。スイの狙いが炎の相殺にある事ではないことに。
競り負けたとはいえ、スイの炎はファイアブレスの勢いを減殺している。
その炎は一直線の軌道から横へと拡散し壁となってスイの姿を覆い隠す。
……そう、隠すのだ。
「ソードアサルトッ……!」
一度俺と戦った時にその戦略は目にしていた。だからすぐに予想がつく。
スイはこの炎を隠れ蓑に位置をずらし、サラマンダーの不意を突くのが狙いなのだと。
「やああああっ!!」
エネルギーが弱まったファイアブレスを貫きながらスイが駆ける。
身を焼かれることを躊躇せず炎の壁に突進していくスイ。
ペインインデュアで強引に突破するつもりなのだろう。
その覚悟や勝利への執念が空気の振動と共に痛い程伝わってくる。
……だが、彼女は……そして俺も、肝心な事に気付いていなかった。
スイの戦略は、そっくりそのまま──サラマンダーにも当てはまるということを。