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122話 開幕

 緊張の走ったスイの顔を見て、心臓が震えるのを感じる。

 当然だが、この世界ではゲームとは異なりカメラ視点を変えるなんて芸当はできない。

 こちらだけ一方的に敵を視認する事は不可能だ。


 ──どうか気づかれませんように……


 気配というものがどうやったら消せるのかは分からない。

 少なくとも俺にできるのは歩く音、呼吸の音をできるだけ消すように努力することだ。

 おそるおそる、岩盤の端から顔を出す。



 ──でかいな。



 どのような姿を持った魔物なのか俺は事前に知っている。

 それでも喉が鳴るのを抑えられない。

 口からむき出しになっている牙。人間が両腕を使っても抱きかかえることができそうにない太さの腕。

 そこから背中にかけて、たてがみのように生えた無数の棘。赤黒い鱗で覆われた全身からは呼吸の度に炎が漏れ出している。

 大きさはゴールデンセンチピードより小さくは感じる。だが人間の体と比べれば巨大と形容せざるを得ない。


「…………」


 その雄々しさに気圧される。

 捕食する相手を探しているかのように不気味に輝く黄色の瞳。


「大丈夫か?」


 ここまで来ておいて今更なのだが。

 あの巨体にこの華奢な少女を立ち向かわせていいのかと疑問が浮かぶ。

 世界が異なるとはいえ、とても人間が立ち向かえるような相手には思えない。

 クマが出たとか、そんなレベルではないのだ。


「……はい」


 だがスイの表情は揺らいでいない。それを見て少し自己嫌悪した。

 簡単に決意がブレてしまう自分を叱咤し、呼吸を整える。


「好きなタイミングで行けばいい。大丈夫だから……」


 そんな俺を見てスイがくすりと笑う。


「ふふっ、あんまり説得力無い顔してますね」

「そ、そうかな……」

「貴方の方が緊張しているみたいですよ」

「う……」


 対照的にスイはかなりリラックスしているように見える。

 こういうのは彼女と俺との経験の差というものだろう。


「私が死にそうになったら助けてくださいね?」

「変なこと言うなって……」

「はい。ごめんなさい」


 意地悪く笑みを見せるスイ。


 ──全く、かなわないなぁ……


 この状況で俺をからかう余裕があるなんて、やはりこの子は大物だ。

 或いは敢えてそうすることで自分の緊張を和らげているのかもしれないが。

 ふっ、と鼻からため息が出る。

 そんな俺の様子を見て安心してくれたのだろうか。

 スイは強くニッと笑うと剣を抜く。


「では──行きますっ!」


 スイが岩盤から身を投げ出す。

 瞬時に腰を下げてチャージの構え。


「ソードアサルトッ!」


 右足で地を蹴る。

 バネのように彼女の全身がその場から弾き飛ぶ。

 右手に剣を持ち、サラマンダーの後方へ突撃。


「仕掛けたんすか!?」

「あぁ──」


 背後からかかるアイネの声。興味津々といった声色だ。

 この岩盤からサラマンダーまでの距離は十メートル以上確保できているようにみえる。

 戦闘を開始した今ならアイネをこちらに呼んでもスイの指示に反しないのではないか。

 そう考えて、振り返らずに手招きをする。


「アイネ。大丈夫そうだ。こっちに来な」

「お、オッケーっす」


 おそるおそる、といった感じでアイネが近づいてきた。

 サラマンダーは俺達の方に気づいていない。

 スイの向ける覇気が、殺気が、それを許していない。


「やっ、はああっ!」


 先制したのはスイだった。

 ソードアサルトによる突進から繰り出される一撃。



 ――グオオオオオオオオオオッ!



 炎と共に繰り出されるサラマンダーの咆哮。

 口から漏れ出す炎を回避して、スイはサラマンダーの側面に回り込む。


「はぁっ!」


 瞬時に体を回転させてサラマンダーの前脚に切り込みをいれて横っ飛び。

 そのままサラマンダーの横腹を突き、着地をするとさらに体を回転させて剣を横に払う。

 金属がぶつかり合うような音と共にはじかれるスイの剣。

 しかし、彼女がひるんだ様子は無い。

 剣を振り上げ一撃、追撃を入れる。


「シッ……」


 サラマンダーが体をスイの方向へ合わせようとするタイミングで更に横っ飛び。

 下手に距離をとらず、サラマンダーの懐にとびこむような形だ。


「もう、始まってる……」


 アイネの震えた声が聞こえてきた。

 ふり返らずとも、その声色でアイネの恐怖が伝わってくる。


「やあああっ!」


 スイの連撃は止まらない。

 サラマンダーの視界に入らないような位置で執拗にサラマンダーの横に張り付いている。


「あれ、意外にスイちゃんが攻めまくりじゃない?」


 トワが拍子抜けした、といった感じの声をあげながら俺の肩に座った。

 アイネも同じような声で返事を返す。


「そっすね。結構一方的に攻めているように見えるっす……速すぎて良く分からないけど……」


 はやくも、サラマンダーの右前脚についた棘が欠けはじめている。

 頭をスイの方向に向けようと右前脚を持ち上げた瞬間を狙い、その場所を蹴るスイ。

 ぐぐっと右前脚を折り曲げるサラマンダー。

 そこにスイが突きで攻撃をしかける。

 どうも、同じ部位を集中攻撃して崩す作戦らしい。


 だが──



「なっ!?」



 その攻撃は通らなかった。

 後脚を僅かに持ち上げて全身を右前脚で支える。

 直後、サラマンダーの巨体が空を舞った。

 スイの剣は風を切るだけで終わってしまう。


 ──なんだ、あの動きは……!?


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